逃走
聖女との一件があった翌日、ギルドから呼び出しを受けた。あの一件のことでマクシーム院長から話があるようで、アルヴィともども孤児院に来て欲しいとの事だった。
(さすがにこれを無視する訳にも行かないな。しかし夕方か、早めに夕飯を食べてから行こう。)
アルヴィにも事情を話してから、早めの夕飯を食べたあと2人で連れ立って孤児院まで来た。
大きな荷物は邪魔になるし、とりあえず財布代わりの巾着だけを持っている。金庫とかは無いけど魔法を使って厳重に守っているので、ここに入っているのが全財産だ。
孤児院の入り口には院長が立っており、中へ案内してくれた。
院長の先導でとある部屋に着いた。ここは昨日、あの聖女が立っていた場所だ。
そこはいつもの講義室でもあったが唯一違った所があった。
部屋の中に、昨日聖女を先導していた貴族の男がいたからだ。
「こちらはこの街の領主であるロンバード子爵殿だ。君があんな事をしてくれたんでこの人も困ってるんだよ。」
「あ・・・、それは申し訳ありませんでした。」
「あーよいよい。子供に謝られるのも変じゃ。じゃがひとつ頼みを聞いてくれんかのう。」
この貴族はロンバード子爵というらしい。頼みがあるというが、口元がニヤついているのは何なんだろう。
「頼みというのは他でもない。そこの娘、儂の子にならんか。それならこの件は水に流してやろう。」
(この男は何を言ってる。アルヴィを娘にだと?)
話が理解出来ないと言う風に2人で呆然としていると、院長が俺の側に近寄りながら話しかけてきた。
「これでも子爵殿は譲歩してくださってるんだ。黙って頷きなさい。どうなんだね?」
「わ、私は、コーダと一緒なら何処へだって行きます。」
「駄目じゃ。男はいらんのでな。コーダ君とか言ったな?いくら欲しい?金をやるからそこの娘を渡せ。」
「金なんていらない!アルヴィと離れるのは嫌だ!」
(コイツら俺達を引き裂こうとしているのか!)
どうやって切り抜けるか考えていると、側にいた院長が棒のようなものを振り上げて俺に振り下ろしてきた。
頭に衝撃が走り、俺は立っていたところから吹き飛ばされてしまった。
「ぁがっ!」
「コーダっ!!」
1mほど飛ばされた俺に隣にいたアルヴィが駆け寄ろうとするも、ロンバード子爵とかいうのに捕まって身動きがとれないでいる。
頭がチカチカとして、目の焦点が定まらない。
(・・・っくそ!気絶するな!ここで意識が落ちればアルヴィがどうなるか分からない!気合い入れろ!)
痛みに耐えながら上を見上げると、ニヤニヤと笑っている院長と子爵が見えた。
「おやおや、存外にしぶといのですねぇ。ですがそんな状態なんです。ゆっくりとお姉さんが痛ぶられる光景でも見ているんですねっ!」
「っぅぐ!」
院長が俺の腹を蹴る。コイツ容赦が全然無い。黙っていたら殺されてしまうぞ。院長は俺の背中に足を乗せながら、気分良く高笑いをしている。
そんな俺を見て叫び声を上げていたアルヴィの口には、子爵が自分の指を突っ込んでグリグリと口の中を蹂躙していた。
「あ、こお、だぁ・・・、ぐぇ・・・。」
「綺麗な顔が台無しじゃぞ?これから儂が可愛がってやるからのう。ぶふふふっ!」
アルヴィの口から出した指を、べろりと舐めて恍惚な表情になっている子爵を見て、俺は最悪の想像をした。
アルヴィが泣きじゃくり、俺の名を呼びながらこの男に弄ばれる、そんな光景を。
子爵は自分の顔をアルヴィの頭に押し付けようとしているが、アルヴィがもがいて逃れようとしている。
院長が更に俺を踏みつけてきて血が流れ出る感覚を覚えた。院長は俺を痛ぶりながら大きな声で笑っていた。
「あははっ!大事な大事なお姉さんがあんな男に弄ばれちゃうよぉ!?」
顔中から出血している俺の上に乗った院長は俺の髪を引っ掴み、アルヴィの方へ向けさせた。
ロンバード子爵はアルヴィの髪を掴んで頬を寄せながら、直接舐めようとしている所だった。
アルヴィは泣いていた。
「どけっ!!」
雷魔法を全身から放出して、院長を吹き飛ばす。間髪入れずに、磁力反発で飛び上がり、驚愕で目を見開いたロンバード子爵へ一瞬で到達する。
「俺のアルヴィに・・・!手を出すなあああ!!」
空中で拳を振りかぶり、雷魔法を全身に纏わせながら子爵の顔を殴り飛ばす。全く手加減出来なかったためか俺の腕はひしゃげ、拳の骨も折れていた。
子爵は気持ち悪い声を上げながら床を跳ねた後うごかなくなった。
子爵を殴り飛ばしたすぐ後、そばに倒れているアルヴィを抱き起こす。
「アルヴィ!ごめん遅くなった!」
「うぐぇ・・・。だ、だいじょうぶだから・・・。」
アルヴィの髪は乱れ、顔にも涙の跡があるけど自分は大丈夫だと言う。俺が乱れた髪を撫でていると、後ろから叫び声が聞こえた。
「ま、魔法使いだったのかお前ぇ!クソが!私に傷をつけやがってぇ!」
「うるせえ!」
雷魔法を飛ばして院長にぶつける。声を出さずに院長は倒れ、ピクピクと痙攣をするだけだった。
「コーダ!怪我はっ!?」
「大丈夫、こんなの後で治せばいいだけだから。そんな事よりアルヴィだ。あんな気持ちの悪いのに頬擦りされて。」
「・・・怖かったけど、コーダが助けてくれたから、もう平気だよ?」
アルヴィが俺に笑いかけてくれるだけで救われた気になってしまう。俺もアルヴィに笑顔を向けてから2人で連れ添って歩き出した。
子爵と院長に一瞥もくれずに、窓ガラスを闇魔法で突き破って外へ出る。
院長も子爵とか言うのもクズだ。あの時アルヴィが感じていた悪寒は正しかったんだ。
俺は自分のわがままによって、アルヴィを危険に晒した事を後悔した。
無意識にアルヴィを抱く力が強くなってしまったのか、腕の中のアルヴィが俺を見た。俺はそんなアルヴィに今の想いを口に出す。
「アルヴィ、・・・こんな所にいちゃダメだ。この街から・・・出よう。」
「・・・うん。コーダとなら、何処へだっていいよ。」
俺はガラス片を踏み砕きながら外へ出ると辺りはもう暗くなっていた。2人の体を隠蔽魔法で姿を消したあと、跳び上がろうとしていると何故か声が聞こえた。
「誰か・・・そこにいるのですね?貴方のやった事は重罪ですよ。今こちらへ来て頂けるのならば私からも弁護出来る事もあるでしょう。どうです?」
「・・・お前の助けなんかいらない。俺達に構わないでくれ。」
その声に明確な拒絶の意志を見せた後、俺はアルヴィを抱きかかえて、足元に雷魔法を放出して飛び上がる。
方向なんて分からない。俺はただあの場所から遠ざかる事だけを考えていた。
◆
暗闇に隠れていた人影が2つが浮かび上がり、騎士のような影が小さな影へ質問をした。
「聖女様、奴を逃して良かったのですか?ロンバード子爵とマクシーム院長を害したのですよ?」
「ええ、彼には借りがありますから。それに彼は私の探している人かも知れませんし。」
「・・・はぁ。」
フォミテリアは自らの無知を知らせてくれた少年に恩義を感じていた。あの荒地の先にまだ街がある事が分かったからだ。
それに幸田次郎は最も過酷な場所で生まれたはず。この街では無いのなら、教えてくれた場所を目指すだけ。
「さて、私達も行きましょう。ロンバード子爵の書斎にでも行けば何か分かるでしょうか。」
「はい。ですが聖女様のお手を煩わせる訳にも行きませんので、あとは我々が。」
「そうですか?ならお願いしますね。」
フォミテリアは闇の中を歩き出す。護衛達は闇に隠れて後ろから追うが、自らの目を疑った。
聖女が淡い白の光を纏っているように見えたからだ。
次話から3話続けて他転生者のお話になります。
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