偽善者
「〈ヴォーガ〉には行かないんですか?」
「ヴォー・・・ガ?・・・何です、それ?」
この聖女はこの街が最南端だと言った。そして聖女は知らなかった。この目の前の聖女は何も思い当たる事が無いのか、首を捻っている。
この国で最も貧しく、最も澱んだ底の街〈ヴォーガ〉。救済を待っている者達なんて、孤児とか平民なんて関係なく〈ヴォーガ〉に住んでいる者すべてだ。
〈ヴォーガ〉で出会った人間は貧しかったけど、全員生きる意志を持っていた。俺を含め酷い人間も大勢いるだろうけど、あそこにも血の通った人間が住んでいるんだ。
「あの門の先にあるのは荒れ地だけでは・・・」
「貴様!その口閉じろ!」
何も知らない聖女に追及しようとすると、ひどい剣幕の聖女お付きの騎士に止められた。聖女は突然響いた警告に、体をビクつかせていた。
「この聖女は何も知らない。だから俺は・・・」
「閉じろと言っている!」
俺に騎士が詰め寄ってきて、服を掴まれ椅子から投げ出された。どうやら強引に退出させられるようだ。
俺は立ち上がりながら、〈ヴォーガ〉を隠したがる騎士と何も知らない聖女を睨みつけ強い口調で言い放つ。
「ひとつ言っておきます。俺は貴女の事が嫌いです。」
「貴様、冗談では済まないぞ。今すぐ出て行け。」
聖女に俺の意思を伝えた直後、俺は騎士に叩き出された。気づけば後ろからアルヴィも慌てて付いて来ていた。
「コーダ!どうしちゃったの!?」
「・・・コーダ、貴方、コーダと言うのですね。私の探している人と同じ名前です。」
「俺は貴女なんかと会った覚えもない。失礼、お騒がせしました。」
俺は聖女を再度睨みつけた後、重い空気が流れる部屋を後にした。
◆
部屋から出た後、アルヴィは俺の肩や背中を叩きながら注意を引こうとしていたので、物陰に入った時に抱きついてアルヴィごと特別製の隠蔽魔法をかけた。
「うひゃ!びっくりした!さっきからどうしちゃったの?」
「ごめんアルヴィ、しばらくこうさせて・・・。」
「う、うん。じゃあちょっと座ろうか・・・。」
2人で壁に寄りかかり座った後もアルヴィに抱きついていると、アルヴィが俺の頭を撫でてくれた。
(ああ、安心する・・・。しかし聖女があんな事を言うなんて。〈ヴォーガ〉にだって人は住んでるんだぞ。)
アルヴィの匂いとアルヴィの優しい手付きに俺の荒んだ心は癒された。
今からアルヴィに俺の秘密を明かす。ガスティマにも止められた理由を理解しながらも、アルヴィには話さなければいけないと思った。
「俺さ、この街で生まれた訳じゃないんだ。もっと過酷でもっと酷い場所で生まれたんだ。」
「さっき言ってた〈ヴォーガ〉ってとこ?」
「うん。そこには孤児だった俺を保護してくれた人もいるんだ。優しい人もいる普通の街なんだ。」
「その人がいなかったら、私はコーダに出会って無いんだね。」
そうなんだ。あの街は確かに存在している。ただ普通の社会から脱落した者が肩を寄せ合っているだけ。あそこにも人々の生活があるんだ。
「確かに酷い所だけど、まるで存在しないみたいに言いやがって。」
「私のコーダの生まれ故郷だもんね。いつか私にも紹介してよ?」
「ああ、いつか必ず行こう。」
俺はアルヴィの背中と膝に腕を回して、アルヴィを抱え上げる。腕の中で驚いているアルヴィに笑いかけて、今日の朝の約束を思い出し、アルヴィに話しかけた。
「さて聖女も見れたし今日はずっと家で一緒にいよう。一日中アルヴィに抱きついて過ごそうかな。」
「ちょっと!それは流石に恥ずかしいよ!聞いてるのー!?」
俺は聞こえないフリをして家路を急ぐ。人混みをすり抜けて、時折、磁力反発で飛び上がり障害を避けるように走った。
あの聖女はこの街で受け入れられるだろう。いやこの国で、だろうか。
俺はあの聖女が嫌いだ。それはこれからも変わらない。
◆
コーダが聖女に失礼を働いた後、予定通り聖女はロンバード子爵邸へと戻り休息を取った。ロンバード子爵はそんな失礼を働いたコーダを許すつもりは無かった。
いつも隣にいる少女、アレを奪う事でコーダに制裁を加えようと画策していた。
深夜、マクシーム院長とロンバード子爵は、ロンバード子爵邸で密会をしていた。
「お前の所の孤児院の子供が問題を起こしたそうじゃの。」
「アイツは勉強会で参加してるに過ぎません!全くこちらとは関係がないんですよ。」
マクシーム院長は子爵の言った事が全くの心外だと憤る。目の前のロンバード子爵は、そんな返答ににやりと口角を吊り上げた。
「ほーう・・・。ならあの美しい娘も孤児院とは関係ないんと言うんだな?」
「ええ、全くもってそうですね。いつも一緒にいるようですから、あのガキの不始末の責任も、快く受け入れてもらえるでしょう。」
「ぶふふふ!ああ、たまらんのう。」
今までマクシーム院長は身寄りの無い孤児を横流しして、ロンバード子爵の欲求を満たしてきた。
聖女を一目見た事で、ロンバード子爵の欲求の歯止めが利かなくなったのだろう、吊り上がった口からは涎が出ていた。
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