シータイトの思惑
第一王子に転生したクラスメイトのお話です。
ルイスを蹴落とそうと決意した時から、半年が経っていた。僕の裏工作の甲斐あって、ルイスは王宮内で孤立していった。
元々の性格も相まって、味方作りを苦手としているのが拍車をかけた形だった。唯一、側近となっているのは、侯爵家の次男ひとりで後は全て敵である。我が兄ながら可哀想とさえ思う。
しかしながら、王位継承ではルイスの方が順位が上。評価がたとえ地の底にあっても、これが覆る事などない。王国という性質上、血統という枷を無視することは出来ないのだ。
ただ、現在の王。つまりは我が父の考えが変わればどうか。王の権限により、指名することで血統を無視出来るのでは無いかという企みがある。
王宮内全てがルイスではなくシータイトこそが、という風潮であれば反対意見は出ない。
少数であれば握り潰すことも可能だ。王が王たる所以は、絶対権力にあるのだから。
◆
「風よ、我が力となりて敵を裂け。ウィンドカッター!」
目の前の鎧を付けたカカシが、腹部を2つに裂いて吹き飛んでいった。近くにいる魔法の講師、ギルベルトは手を叩いて喜んでいた。
「シータイト王子は天才でございます!威力も早さも一線級!齢2歳でこの能力ならば、あなたが王となればこの国は更なる安泰を得られるでしょう。」
「やめてくれ。次代の王はルイスお兄様だ。しかも僕は側室の子。とても民の意を得られるとは思えないよ。」
「ああ、おいたわしやシータイト様。私にはルイス様が王の器であるとはとてもとても。」
ギルベルトは僕にだけ聞こえるような声量ではあったが、不敬な言葉を放った。
「やめておけ。ギルベルト魔法師団長殿。聞かれたら首が飛ぶだけでは済まないぞ。今のは聞かなかった事にしておく。」
「ははっ。ありがたき幸せでございます。」
「別にそこまで畏まらなくていいけどね。」
僕に礼儀を尽くさなくて良いという姿勢を見せて、僕に対する忠誠心を育てる。ここまで上手くいっているのは、単に対抗馬が無能だからである。
今日は、攻撃に使える魔法の授業。ギルベルト魔法師団長という、我が国の魔法使い最高位の地位に君臨する男だ。
ギルベルトは53歳という中年ではあるが、いち魔法という代物に置いては、他の追随を許さぬ程の実力を持っている。
ギルベルトは僕の魔法を見たあと、講義を再開した。
曰く、魔法とは発現するには、イメージと呪文によって成り立つ。というものだった。
発現する事象のイメージは、専門書や言伝によって培われ、呪文はあくまでイメージの補助であり魔法のトリガーとなる。
頭の中でどのような魔法であるかをイメージし、呪文を唱えることで各属性の魔力を形作り、魔法名の発声をもって発現するのが、魔法である。
これは現代までに様々な魔法使いが研鑽してきた努力であり、体系化する事で魔法を簡単かつ制御しやすい形に落とし込んだ結果だという。
(成る程。確かにこれがあれば魔力持ちはすぐに実戦で使えるし、女子供であろうとも力を手に入れられる。)
魔力が普及すればするほど、人類の可住地は増え、人類の文化の発展に繋がる、ということか。
「ギルベルト殿、本日はとても良いご講談だった。また次回も楽しみにしておくよ。」
「はい、シータイト様のご成長を心より願っております。では失礼いたします。」
ギルベルトの講義を終えると教室から出て行った。
ギルベルトが出て行くのを見計らって、後ろに控えていた侍従に筆記具などを預けて、ルイスの近況を聞いた。
今日もルイスは側近を連れ歩いて僕と同じように講義を受けているんだとか。事あるごとに僕と比較されて大層ご立腹のようだ。
そもそも僕とルイスを分けている時点で、王宮内がギスギスした雰囲気になっているのは有り有りと分かる。ルイスもその雰囲気を感じ取って、1人では居たくないのだろう。
教室から出て廊下を歩いていると、多方面から挨拶を受ける。名前を覚えて、彼らの近況を話してやれば僕の好感度はみるみる内に上昇していった。
おかげで僕は、下々の声を救い上げる優しい第二王子という印象だそうだ。
優しい人間の腹の中は真っ黒というのは世の常だというのに。
◆
今日の昼食は、子供だけだった。勿論、各々に侍従はついているが、ルイスはいつもの側近がいない事に浮き足立っていた印象だった。
用事でもあって別れたのだろうか、と思ったが今日が絶好の機会だと思い、昼食後に仕掛けた。
「ルイスお兄様。本日はもうご講義もありませんでしょう?僕らと共に中庭で過ごしませんか?外は良い天気で、気持ちが良いですよ。」
「うるさい!ゲミンが!オレとおなじくうきをすおうなどと、ひゃくねんはやいんだよ!」
「ルイス!いい加減にして!シィはあなたを思って言っているのよ?」
「シィ、私達だけで行こ・・・。」
2人の姉達が割って入ってきて、僕とルイスを離す。こっちには2人、ルイスには誰もついて行かないのがお笑い種だ。だが僕は引く気は無かった。
「フィオ、レティ、ありがとう。でも引き下がれないよ。今日という今日は絶対に一緒に来てもらいますから。いいですね?」
「いいわけあるか!さっさとどこかへいけ!かおもみたくない!」
金色の髪を乱しながら、ルイスはこちらを振り返りもせず部屋から出て行こうとする。逃すものか。
頭の中で、先ほど修得したウィンドカッターの発動準備をする。
「お兄様!お待ち下さい!今日くらい構わないではないですか。」
「オレにふれるな!ゲミンが!」
僕はルイスに駆け寄って、手首を掴んだ。心底嫌いな奴にそうされたんだ、短気で乱暴なルイスは振り払おうと腕を振った。
僕はルイスの腕に気づかれない程度に力を乗せて、僕の頬へ誘導する。幸い僕の方が身長が低い事もあって自然に見える。
ウィンドカッターを口の中で唱え、ルイスの手が当たるであろう場所に切りつける。一瞬痛みが走るが、それだけだ。
更にルイスの手が近づいてくる。
(よし。来い、来い、来い。僕を殴りつけるんだよ、ルイス!)
──パァアン!
乾いた音が鳴った。意外と身長差があった為か、僕の体は勢いを持ったまま床に倒れた。チラッと見えたルイスの手には、思いの外べっとりと僕の血がついていた。
フィオかレティか、どちらもだろうか。悲鳴が上がると控えていた侍従達が僕らを取り囲んだ。ルイスは外に出され、僕はカーペットを担架代わりにして、侍従達に持ち上げられた所だった。
(僕の魔法が高威力だったのを失念していたな。抑えめにしても、当たりどころが悪ければ大惨事だったろう。僕はそんなミスはしないけど。)
部屋の外へ運ばれる前に、2人の姉達が駆け寄って心配してくれた。レティは泣いているようだった。
「シィ!大丈夫なの!?ち、血が!は、はやくてあてを!」
「シィ・・・。痛そう・・・だね。ルイスには、あとで。」
「いいよ大丈夫だよ。僕が強引だったのがいけないんだ。みんなもただの切り傷だし大事にしないでよ?」
周りの人達に釘を刺したあと担架で運ばれて部屋から廊下へ出た。そこにはルイスはもう居なくなっており、静かな空間だった。
運んでくれている間、出血している僕を見て心配してくれる人が多かったのが僕の成果となって表れていた。ルイスが原因だと知ればどういう反応をしてくれるだろう。
今から楽しみで仕方ない。
◆
あの事件から、2週間が経った。頬の傷もきれいに塞がり、よく見ないと傷痕さえ気付かない程だった。
あれからルイスとは会っていない。姉達は会っているようだが、以前よりも会話が減ったそうだ。
王や王妃からもお見舞いの言葉を貰い、ルイスの横暴が完全に表面化した瞬間でもあった。
しかしながら公務を止める訳にも行かず、ルイス、フィオ、レティ、僕の4人で親戚筋にあたる公爵家の出迎えを敢行したのだった。
ルイスの婚約者として候補に上がっているセレスティアル・デルセンという娘。その娘さえ手中に収めれば、ルイスに逃げ場は無い。
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次回から第5章になります。