シャツの裾
5分くらい走ると川に着いた。走りながらお互いに挨拶を済ませたアルヴィと俺は周りを見渡して、人がいない事を確認した。
「おしっ今なら大丈夫だ。早めに姿だしとけよ。見られると面倒だしな。」
俺は隠蔽魔法を解除して、服を脱いで川に飛び込んだ。川は冷たいけれど震え上がるほどでは無かった。
飛び込んだ先から、脂が浮いているのが分かる。いくら匂いを出さなくても、病気に耐性があろうとも、これからは清潔にしようと思った。
「うへぇ、きたない。」
「お前、いつから体拭いて無いんだよ。そうだこの服でこすっちまえ。替えがあるなら良いだろ?」
俺は、アルヴィの言う事に頷いて、脱ぎ捨てていた服を掴んでゴシゴシと体全体を擦った。
こすれば擦るほど、垢が出て川を濁していく。頭まで浸かって髪ゴシゴシと洗い、水から顔を出した。
「おぉ、なかなか見れる顔になったじゃねえか。匂いはまだ取れねえだろうが、1週間もすりゃ気にならなくなるさ。
それでな、お前に頼みがあるんだが、いいか?」
川辺にしゃがんでいたアルヴィが俺を覗き込んで、そう言った。
「いいよ。俺にできることならやるよ。」
「よっしゃ!実はやって欲しい事っていうのはな・・・。」
アルヴィが俺に頼んできたことは、全くの予想外だった。
◆
「うぉー、すっげえなー。ホントに誰も気づいてねえな!」
「アルヴィ!声はけせないから、しずかに!」
「お前の方が声でけえけど。」
肩を寄せ合って道の端を歩いて、コソコソと会話していた。
今、俺とアルヴィは川を出て門の方面へ歩いている。アルヴィに隠蔽魔法を掛けているのは、さっきのアルヴィの頼みからだった。
──オレの姿も消してくれ。──
(門に着けば分かるとのことだったけど、何するつもりだ?)
それから俺たちは声を潜めて、門の辺りまで歩いた。10分ほどもすれば門近くまで来たが、ここは壁が続いているだけで扉があるところでは無かった。
「アルヴィ、いったい何をするんだ?」
「・・・えーっとだな、あったアレだ。あの隙間をくぐって外に行くんだ。」
分かったぞ、アルヴィの狙いが。
「俺のまほうで外に出ようってことだ。」
「おっ!分かってんじゃねえか。そういうこった。お前と一緒なら色々と面倒な事も関係なくなるしなっ!」
以前、アルヴィは門を強引に通して貰っていたし、余程、金に困ってるのか。なら善は急げだ。早く通り抜けてしまおう。
俺たちは狭い隙間に入って、ゴソゴソと抜け出る。ふとアルヴィのシャツの裾がめくれ上がっていたので何も言わずに直した。
「うひゃあ!何だ!?何で触ったんだ!?」
「い、いや。シャツがめくれてたから・・・。」
「っていうかお前何で見えるんだよ。魔法かけてるんじゃないのかよ。」
そうするとどこに行ったか分からないようになるから、自分で魔法を掛けた人を見えるように工夫したのだ。
「俺からは見えるようになってる。」
「ず、ズリいぞ!お前もオレと同じにしろよ!」
確かにそれだと嫌だよな、と思って俺もアルヴィと同じ隠蔽魔法を掛け直した。
「おぉ、見えてきた見えてきた。コーダ!これからは、オレに触る時は声かけてくれよな!いいな!」
「あ、うん。分かったよ。」
そんな過敏にならなくても良いのに。俺はそんな事を思いながらアルヴィの言葉に頷いていた。
◆
アルヴィは周りの草を引っこ抜いて俺に手渡してきた。
「これがへカル草って言ってな。傷とかを治す薬草なんだ。これを袋いっぱい、冒険者ギルドに納品すると金になるんだ。だからお前の持ってる袋に詰めて持ってこうって思ってさ。どうだ?」
「うん。別にいいよ。じゃあ袋を空にするよ。」
なるほどそういうことか、と袋をひっくり返して、中に入れていた物を全部出す。
残り少なくなった腐りかけの果物、さっきタオル代わりにした服、昨日拾った磁石と金属くらいしかない。ヤヤはここで食ってしまえば、結構余裕があるな。
アルヴィから受け取ったへカル草を入れて、ヤヤを口に入れようとしているとアルヴィが俺に声をかけた。
「ちょっおい!何食ってんだ!」
俺の手からヤヤを弾き飛ばして怒鳴ってきた。さすがに土が付いたらキツいか。
手についた果汁を舐めてからアルヴィに向き直る。
「袋に薬草入れるんだから、これはいらないでしょ?だから食べてしまおうって。」
「あんなん食ってたら病気になって死んじまうぞ!」
「だいじょぶ。昨日も食べてたし。」
アルヴィは開いた口が塞がらないようだった。魔法もあるし、いざとなったら腹痛も、治療魔法で治せるんじゃないかとさえ思ってる。
(磁石と金属は闇魔法で体に引っ付ければ場所も取らないな。時間がある時にでも研究しよう。)
俺の言葉に納得してくれたのか、それからはへカル草を2人で集めた。夕方には十分に集まったので、街に引き返して冒険者ギルドを目指した。
冒険者ギルドの手前の物陰で隠蔽魔法を解除したあと、ドアを開けて中に入った。中はもう夜に差し掛かっているにも関わらず人が多かった。アルヴィは一番右の受付へ行って袋を重そうに持ち上げて机に置いた。
「マリアンさん。今日の朝に受けた依頼を納品しにきたよ!確認して欲しいんだ。あと袋は返してね。」
「あ、アルヴィ君、早かったのね・・・。今日はお友達も一緒に頑張ったのね?お疲れさま、確かに受け取りました。」
受付嬢のマリアンさんは袋を奥に持って行った。へカル草の選別をするのだろうと思っていたらすぐに戻ってきた。
「今日はたくさん採ってきて大変だったでしょう?お友達の分も入れて多めに渡しておくわ。・・・みんなには内緒よ?」
「マリアンさん、ありがとう!ほら、コーダも。」
「ありがとう、マリアンさん。」
アルヴィと俺は挨拶をした後、袋を受け取って冒険者ギルドから出た。
「今ので、10ユクになるんだ。今日は多めに12ユクになってるけどな。」
「へぇ、そうなんだ。」
「何だ、素っ気ないな。まぁお前の分とオレので半分な。」
俺にさっきの報酬の半分を渡してくれたけど、俺は断った。
「いいよ。アルヴィが全部もらっといて!いろいろ教えてもらったから、それの分。」
「いやオレが教えた事なんて全然だぞ。」
「いいから!貰っといて。じゃあ俺はここで。アルヴィも気をつけてね!また明日もいろいろ教えてよ!」
「ん、ああ。明日は昼ごろまで用事があるから、それからならいいけどよ。」
俺は強引に話を終わらせて、アルヴィと別れた。アルヴィは不審がっていたけど、遅い時間という事もあり手を振ってから帰っていった。
(俺はアルヴィの事を羨ましいと思っていたんだ。門番とも仲が良くて、冒険者ギルドにも信頼されてて、家があって、家族がいて。)
(俺はアルヴィとは釣り合わない。俺は日陰の存在。明るく周りを照らす光の近くには相応しくない。)
俺の暗く淀んだ思いが胸に渦巻きながら、去っていくアルヴィの背中をジッと見ていた。
もう見えなくなった頃、俺は暗い闇と同化するように、姿を消した。
もし気に入っていただけましたら、感想・評価・ブクマよろしくお願いします!