魔法のなせる業
アルヴィを不当に扱っていたチンピラ達を、コーダは後ろからつけていた。路地から通りに出た後、10分ほど歩くと大きな建物が見えたところで立ち止まった。
「んじゃあ確認するぜ。この袋の中身は俺ら3人で採った。依頼の量より多く採ったんで追加料金を強請る。いつもの受付嬢ならビビって言う通りにするだろうよ。
こんな辺境の冒険者ギルドなんて強えヤツもいねえし突っかかられねえしな。金をふんだくったらすぐにずらかるぜ。いつも通りだ下手を打つんじゃねえぞ。」
あとの2人と頷きあって大きな建物──冒険者ギルドらしい──に歩き出した。
(へぇ。こいつら常習なんだ。冒険者ギルドには悪いけど、中に入ったらぶちまけて貰おうかな。)
俺はザンクの持っている袋に音も無く忍び寄り、指先数ミリに雷魔法を固定する。粗悪だったと言えど、木の壁を容易に貫通する切れ味だ。そっと袋の表面をなぞると、黒く焦げて糸がプチプチと千切れて、何か衝撃があれば弾けてしまいそうだ。
チンピラ達は両開きの扉を豪快に開けて中へ入っていく。俺は扉が閉まりきる前に入る。
中はとても広かった。ロビーには多くの人達が闊歩している。正面に見える受付は8つで、役所のような印象を受けた。受付に向かって左側の壁には通用口のようなものが見受けられた。
前を歩くザンクは周囲を見渡して一番右の壁際の受付にズカズカと向かって行った。
「おい!マリアンさんよぉ!昨日の依頼分の薬草だ!全部俺らが採ってきたんだぜ!これで文句ねえよなぁ!?」
俺はそう言うザンクの近くにさっと寄り、袋をマリアンと呼ばれた受付嬢の机に置こうと持ち上げた瞬間、雷魔法を袋の切れ目にぶち当てる。
俺が事前に切れ目を入れていた事もあって、袋の中身を頼りなく支えていた部分が弾け飛んだ。持ち上げた勢いそのままに草や石ころが周囲に散乱する。他の受付にいた職員は勿論のこと、周りにいた人達にも飛び散り、悲鳴が上がった。石ころが当たって怪我をした人もいるかも知れない。
(ん?何で石?・・・まさかアルヴィのヤツ・・・。)
ザンクは数秒ほど呆然と何が起こったか分からないようで固まっていたが、周囲の人の怒声で混乱しながらも我に返った。
「てめえ!何やってやがんだ!!クソ野郎!」
「石なんて入れて振り回して何のつもりだよオラ!!」
「え、あ、ああ。いや俺は何も知らね・・・。」
「ああ!?今テメエが全部自分達で採ったとか何とか言ってやがったろうが!」
冒険者ギルド内は騒然としている。今いる受付が壁際だったのが幸いだったのか、冒険者ギルド内全体に被害がある訳ではなかったが、ギルド職員達は不意打ちに対応出来ずにうずくまっている者も居た。
いまだ固まっているザンクにガタイの良い男達が詰め寄る。そばにいた2人の仲間も同じように取り囲まれてしまった。
(意外にも大事になってしまったか。でもまぁこれに懲りて人の報酬を横取りしないようにすればいいよ。)
俺はいまだ冷めやらない騒動を抜けてギルドの開けっ放しの扉から出て行った。
外に出ると、冒険者ギルドが騒がしいという事で中を窺っている野次馬に紛れて外に出る。
この辺りは人が多く、野次馬の雑踏に紛れていると酸欠のようにクラクラしてくる。
フラフラと石造りの建物の壁に寄りかかりながら路地に滑り込む。路地の壁からずれ落ち、地面に寝転がり空を見上げる。
(・・・ふう。こういう暗い陰が定位置になってきてるな。太陽の光が注ぐ通りを、陰に隠れて覗き込む俺。
他者に馴染めない惨めか、孤独に生きる極致。俺はどちらなのだろうか。)
俺は自分の抱えていた革袋を枕にして寝てしまった。
◆
騒がしい声に目を覚ました。もう夜になっており月明かりが優しく降り注いでいる。〈ヴォーガ〉と違って街灯がチラホラあり、文明的な場所だと改めて感じた。
周りを見渡して見ると、今いる路地の奥から聞こえているようだ。俺は何か嫌な予感がして路地を奥に進んでいく。
そこには大人達が何かを蹴っているようだった。足元にはうずくまっている人がいる。
「てめえのおかげでギルドにゃ出禁になって冒険者の立場もなくなっちまったんだよ!」
この声はザンクだ。あの後、冒険者ギルドから追放されたのか。あれだけ大勢に被害を加えたんだし、危険人物という評価が下ったのだろう。
それとあの足元にいるのはなんだ?近づいてみる。
「クソガキが!虚仮にしやがって!てめえが石を詰めるなんてことしなけりゃこんな事にはならなかったんだよ!アルヴィ!」
アルヴィの名前を聞いた瞬間すべてを理解した。あの袋に石を詰めていたのは間違いなくアルヴィ。重さの水増しをしようとしたのか、ザンクを納品で恥をかかせようとしたのか定かではないが、悪意はあったはず。
ザンク達が追放されたあと、憂さ晴らしにアルヴィを私刑にしているのだ。
「オラッ!このクソガキ!」
「うっ!・・・ぐぁ!・・・た、たす・・・けて・・・。」
・・・脳裏に蘇る、肉屋の店主にゴミクズのように暴力を受けたあの光景。俺はアルヴィのその姿にかつての自分を重ねてしまった。
もうその時点で駆け出していたと思う。走る足音など気にせずザンクの腰あたりに手をつき、雷魔法を高出力で放出する。
バゴンッ!と破裂音が鳴り、手をついたところと靴の底から焦げたような煙を立てて、ザンクが崩れ落ちた。
他の仲間もこちらを見るが俺には気付けない。ザンクから右方向にいた女の頭に意識して雷魔法を落とす。宙空に一瞬現れた電撃が、女を真一文字に貫く。
女が倒れるのを見ずに、残りの男に目を向ける。動揺しているが、次の標的が自分だと気付いたのだろう、慌てて逃げ出していた。
(仲間を見捨ててどこにいくんだ?立派な友情だな。)
闇魔法で逃げて行く男の足元へ伸ばして足を掴む。男は強引に足を止められて、膝から倒れ込んだ。喚く男をそのままに闇魔法で勢いよくこちらに引き戻し、そのまま背中から路地の壁へ叩きつける。男は壁からずり落ちてもピクリとも動かなかった。
(俺は学んだ。魔法を使う時、手心を加えてはいけない事を。)
(俺は学んだ。相手の意識を奪えば、反撃されない事を。)
(俺は学んだ。魔法は絶対的で純然たる暴力である事を。)
全てこの世界で学んだ事だ。この力を与えてくれた存在に、力の使い方を教えてくれた〈ヴォーガ〉に、俺は感謝してもしきれない。
やはり〈ヴォーガ〉は俺の故郷だ、間違いなく俺はあそこで育ったのだと誇りに思う。しばらく俺は、大人を魔法で圧倒できた喜びとノスタルジックな感情に打ち震えていた。
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