消滅の予感
聖女様とマリウスとの話し合いの後、僕はある感情に支配されていた。
僕はなんて自分勝手で最悪な人間なんだと言う事だ。
アイーシャによって露見された僕の内なる弱さを、僕は真正面から受け入れることが出来ず目を逸らし続けていた。
結果、聖女様との関係は疎遠になり、勝手に僕は孤独を享受する事を良しとしていた。
名前だとか記憶だとか、聖女様は多分意識していない。彼女の慈愛を受けるにふさわしい人間だったはずなのに、暗に突き放すような振る舞いをしてしまった。
なのにも関わらず、変わらぬ慈愛を向けて来てくれている彼女は、真なる聖女であり僕の恩人に違いない。
そして僕が彼女に返せるものはただ一つ、前の僕を取り戻すこと。
間借りしているだけに過ぎない僕という人格は、そろそろ卒業の時を予期していた。
◆
自然と足を向けた先はルイス様の執務室だった。第一王子という肩書きは既に消え失せ、次期国王という評判がもっぱらで、その堂々たる様は僕の気負いとなっていた。
僕の感情はどうあれ、状況は進み続けていて、取り残されているような気がして相談に来た、という事だ。
部屋の中から入室の許しをもらって入ってみると、偶然にもルイス様1人だった。
いつも忙しく動いている彼の机の上には紙類が所狭しになっていて、整理する時間もないのかと思ってしまう。
「どうした?何か用があったか?」
「い、いえ、少しご相談があって。・・・あの、その机はどういう。」
「ああ、すまんな。後回しになっているんだ。以前より友好的になったとは言え、こういう場所まで着いてきて貰うわけにもいかんからな。」
「び、微力ながら僕が片付けます!」
戦力に思われているのかいないのか分からないけど、片付けくらいなら出来る。
上下を合わせてまとめながら机の上を片付けていく。
「わざわざありがとう。やってくれるついでに右上に数字が振ってあるだろ?上から小さい順に揃えてくれると嬉しい。」
「・・・はい!」
いざやってみると、なかなかやり甲斐がある。さらに指定された箱にまとめながら、とある書類が目に留まった。
奇しくも相談するつもりで胸に秘めていた事柄だった。
僕は屈みながら目を合わせずに、いまだ作業中のルイス様に尋ねてみる事にした。
「・・・ルイス様、壁の補修は進んでいますか?」
「ああ、もうあと少しという所まで来ているはずだ。元々堅牢だったのが功を奏して、本来より早く終わりそうだと言う。」
「そう、ですか。もう終わってしまうんですね。」
僕はあくまで前の僕の代わりに存在しているだけ。救国の英雄も転生者殺しも聖女様の隣も全て、前の僕の功績だ。
いつか終わりが来る、それが酷く空しく感じてこんな事を聞いてしまったのだ。
「ルイス様は僕をどう思っていますか?好きですか?嫌いですか?」
面倒な事も怖い事も、何とか逃げずにやってきたつもりだった。僕だけ蚊帳の外で、前の僕だけが求められているような状況が嫌だった。
それで理解者のはずのルイス様に、少しでも引き止めてもらいたかったんだ。
「好きだな。問われるまでもない。お前は立派に役目も果たしたし、今でもオレの目の前でオレのために働いてくれている。
たとえお前がお前でなくなったとしても、誰も忘れる事はない。人間はそう簡単に記憶を捨てられるもんじゃない。」
「・・・僕の事も忘れないでいてくれますか?」
「当然だ。胸を張れ、コーダ。前も今も変わらずお前だ。聖女だって分け隔てなく接している、誰も何も変わっていない。」
そうだった。今までだって昔と比較された事はほとんどない。
疎遠だった人を除けば、その扱いは皆無だったと言っていい。
周囲の状況を悪い風にとっていたのは僕だけだった。クズで最低だった、聖女様の想いを利用して優越感に浸っていた。
勝手に悲観して勝手にいじけて、いつか言われたクズ男というのはアイーシャなりの優しさだった事にも今更気づいてしまっった。
目から涙が出て書類を濡らしていくのにルイス様は何も声をかけてはくれない。それも優しさで、僕が1人で立ち上がるためにあたたかく見守ってくれている。
手を差し伸べてくれる、なんて自分勝手に思って閉じこもっていたのは僕だ。
こっちから手を伸ばして掴まない限り、僕は腑抜けたクズ男という評価から抜け出せない。
流れる涙なんか腕で擦って、すっくと立ち上がってルイス様を見る。
「ルイス様、今までご迷惑をおかけしました。」
「良い顔になった。もうオレを心配させてくれるなよ。」
「それはもう、僕にもしっかり言い聞かせておきます。
・・・すみません、行くところが出来ました。」
「ははっ!もう自分の足で歩けるな。行ってこい、あっちにも迷惑かけていただろう。」
深く一礼をして意気揚々と退室する。今の僕の顔に悲観さはどこにも無い。ただあるのは、未来への展望と、今の僕の後に控える彼のために聖女様との関係回復だけだ。
胸を張って歩く僕は気づかない、遠くに見えるマリウスがいつものように笑っているのを。
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