マリウスの思惑
途中からマリウス視点です。
僕が貴族になったという触れ込みはすでに城内にも知れ渡っていて、正式な地位を得ていないにも関わらず、わがままが通るようになった。
聖女様の所へ訪問しても目くじらを立てられる事も無くなったし、城内を歩き回っても不自然ではなくなった。
どこか遠巻きに見られているように感じるのは、やはり帝国の皇子と一緒にいるからだろう。
件の皇子は、最近になって聖女様の話題を出すことが多くなった。彼も男の子だしそういう目線なのかも知れない。
「それで僕のこと、何か言っていたか?聖女サマは。」
「最初に転生者だって感じたのは婚約式の時だって言ってた。シータイト様と気さくに話しているのが、古くからの知り合いのようだったって。」
「・・・なるほどね。では会ってみるかな。コーダの頼みなら聞いてくれるんだよな?」
思案顔のマリウスは僕にそう頼んでくる。彼の頼みならと、僕は快く引き受けた。
◆
コーダに転生者なのかと言われた時はさすがに意表を突かれて焦ってしまった。
適当に取り繕ったのは正解だったようで、コーダの正体にも合点がいって利用し甲斐のある人物だと分かったので収穫は大いにあった。
実際のところ、シータイトとは前の世界のことを話す事もあったが、昔話というより意見交換に近かった。アイツはこの世界をより良くしようと言っていたが、それは征服欲を満たす口実だったのは分かっていた。
適当に支援をして、支援者の立場として僕は甘い汁をすすって生きようと思っていたけど、まさか死んでしまうとはな。
そもそも僕らは一回死んでいる。あの胡散臭い神に余生を過ごさせて貰っているだけ。これが本来の寿命だったんだと思えるくらいには、濃い余生だった。
シータイトとの交流の結果、半ば脅しだが、この国に取り入ることが出来たというのは良しとしよう。
それによって、簡単に言う事を聞いてくれる転生者という駒が手に入ったのは思いがけない幸運だった。
頭の切れる第二王子より、純粋で疑う事の知らない馬鹿の方が遥かに使いやすい。
王族の血より余程良い手土産だよ、シータイト。昔のよしみだ、僕がこの国を征服してやるよ。
◆
ある日の昼前、聖女のいる部屋に通してもらった僕は、その扱いの良さに驚いてしまった。
聖職者とは言っても貴族ではない。王族用の屋敷を使っている時点で過剰だと思うが、それ以上に状況を許容しているのも異様だった。
コーダと共に椅子に座って対面して話を始める。
「久しぶりだな、聖女よ。随分と大仰な部屋を使っているじゃないか。以前は城下の宿だったろう?」
「はい、お久しぶりです。皆さん私を心配してくれているんです。シータイト様からも言われていたらしいです、私をここに住まわせるようにと。」
ここは王族用というだけあって機密性が高い。わざわざここを選ぶなんて、飼い殺しにでもするつもりだったのか、なんて邪推してしまうな。
聖女の威光さえ手に入れば、彼の地位も盤石になるという事だったのかも知れない。
ここまで案内してくれていたコーダは、何故かモジモジとしているようだ。目の端に入って、うざったいので聞いてみる事にした。
「どうしたんだ?」
「ああ、いえ。聖女様と仲が良さそうなんですね、と思いまして。」
「ハッ、取り上げるなんてつもりはないさ!僕も皇族さ、国に婚約者がいる身なんだ。」
婚約者と言っても、帝国ではいくら選んでも際限がない。この1年で更なる強さを手に入れ唯一の皇太子となった僕は、現皇帝同様、選び放題だ。
聖女だからと言って僕がなびく道理がない。
そして軽い応酬のあと、ついに本題を切り出す事にした。
「僕を転生者なんだって言っていたらしいね。それが不可解なんだ、転生者だからってどうなんだ?君やコーダ以外にも仲間がいるのかな?」
「実はもう確認できている限りではあと1人、第三皇子に転生したとだけ分かっている人物。
私はてっきり貴方だと思っていたのですけど、アテが外れました。」
「それは申し訳ないね。その転生仲間で何かする気かい?・・・そうだね、世界征服とか。」
僕がそう言うと聖女は焦ったように手をバタバタと振り乱す。
「と、とんでもない!ただ転生者という誰にも無い繋がりは、決して切れる事のない私達の団結を約束しています。
私を含めて皆、それなりに権力があります。それを有効活用できるのなら、この世界をより良くする事ができる。私1人では出来なくても手を取り合えば救う事が出来る人達のために活動するのです。」
「・・・立派な考えだね。お見それしたよ、聖女様。ただのお飾りじゃないようだ。」
だが、僕は彼女の考えに賛同する事はない。帝国は力こそ絶対。弱者に構っていては自らの身を滅ぼしかねない。
それにミンスを手にかけたその時から、僕はもう普通の人生には戻ってはいけないのだと思っている。
血を分けた兄弟姉妹を踏み台にして僕は生き長らえている。弱者救済なんてものに手を差し伸べたら、僕は何のために下剋上を成し遂げたのかが分からなくなってしまう。
だからなのだろうか、コーダやこの聖女を見ていると羨ましくなるのは。
シータイトや帝国にある剣呑さが無い彼らは、僕にとって不要なのに彼らのように生きたいと思う。
いっそ記憶なんてものを失って、ただのマリウスとして生きられるのなら、僕は選んでしまうのか。
そう思考の渦に囚われていると、心配した顔のコーダが近寄ってきている。えらく呑気な顔だった。
「どうしたの?具合悪い?」
「・・・何でもない。さぁ聖女、もっと話を聞かせてくれよ。僕も助けになれるかも知れない。」
聖女の話は耳当たりの良いものだった。僕に、いや隣にいるコーダによく思われようと説得しているかのようだった。
実際に好印象を受けたかのような顔をしているコーダは、やはり単純なのだと思ってしまった。
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