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叙爵式


 準男爵とは、平民に与えられる称号で正式に貴族では無い。とは言え、この称号は貴族に内定した者に与えられ、なんらかの理由で貴族位につけない者への特例措置だ。

 今回の場合、対象者が貴族社会から見て年端もいかない子供だというのが大きな要因だった。



 元ある貴族の子女でもなく、他国から流入した貴族でもない少年の叙爵は多くの波紋を呼んだ。



 この叙爵を受ける少年は第一王子の贔屓、傀儡として領地を良いようにするのではと邪推する者。

 あるいは、最近判明した国王の隠し子で権力を与えるための措置ではと陰謀論を唱える者。

 酷いものでは、国の中枢が骨抜きにされてその少年が不正に貴族位を得たと吹聴する者までもいた。



 だがそれはある一点の事実で一蹴された。

 その少年が先の騒動を鎮圧した救国の英雄であったという事だ。


 深いところで納得する者はいなかっただろうが、反論を声高々にのたまった者もいなかった。

 あくまで表面上は、官職の全会一致で通されて、かの少年はついに貴族へと成り上がったのだった。



 糊付けされたまっさらの服に袖を通す。生地が厚く固い、にも関わらずスベスベとした感触に柔らかさを覚える詰襟は、胸の銀色勲章も相まって堅い印象を受けた。

 病衣とは違って、身体を防護するような頑丈な服はどうも僕には似合わないようだ。


 メイド達に正装をさせられていく様を、ルイス様は腹を抱えて笑っていた。それにむっと表情を向けると、謝りながら口元を隠しているけど笑みは溢れている。


「いいんですかね。僕は何も覚えてないんですけど。何を話したら良いかわからないですし。」


「父の言う事にうなずいていれば良いさ。それであとはゆっくりしてりゃいい。今は肩書きが増えただけで生活が急変するわけじゃない。気楽に行ってこい。」


 簡単に言ってくれるな。国王様なんて会った事もないのに、どういう顔をすれば良いかも分からないんだぞ。


 溜め息をついて、自分の服装を隅々まで確認していく。

 鏡に映っている自分と同じなのに、変な装いをしていないか不安に駆られてしまったのだ。


 しばらくすると扉がノックされて、ついに謁見の時間になった。


「新しい門出だ。胸を張っていけ!」


「は、はい。頑張ります。」


 道中、腰が曲がっているだとか顔が厳しいだとかルイス様からお世話をされながら会場へと歩みを進める。

 本来の謁見の間は、見るも無残に破壊されているらしく、急遽広間で叙爵式をするらしい。




 従者の人に扉を開けてもらって、ルイス様に背中を押されて赤い絨毯の中央を固くなりながら歩いていく。

 重い雰囲気を正面から受けて視線を動かしてみると、僕を値踏みするような目線を感じて更に萎縮することになってしまった。


 足取りは良いと言えないけど、指導通りしっかりと国王陛下の前でひざまずいて言葉を待つ。


「コーダ、であるな。そう緊張するな、何も取って食おうなどという訳ではない。

 ・・・して本日は、貴殿を叙爵する式典である。まだまだ若年、いや幼年といった貴殿をすぐに貴族に仕立ててやる事は出来ん。我が息子と話し合って諸々の手続きはやっておいた。あとで目を通しておけ。」


「・・・はっ。」


「うむ。貴族となるからには国王である私に忠誠を誓うという事になる。また王族や諸侯に対して無碍にする事は、この国、ひいては国王である私を愚弄すると言っても過言ではない。

 自らの行動が全てこのネルケルト王国の規範であると胸に留めておけ。」


「・・・ははっ。」


 頭を下げてひざまずきながら返答するのに必死でほとんど理解出来ていない。国王陛下と自分の声だけが反響する空間なのに、発せられた言葉は僕の耳に入ってこなかった。


「貴殿は平民の出であると聞いている。家名がないと貴族としても体裁が悪い。であるから、こちらで勝手に決めてしまったも構わんな?」


「・・・は、はい。ご随意にお願いします。」


「よし、では今から貴殿の新たな名をここに(せん)しよう。貴殿の家名は、ヴァルヴィーナとする。

 我が国のため、牢として励めよ。コーダ・ヴァルヴィーナ。」


「ありがたきお言葉、しかと賜りました。誠心誠意、この国のため、国王陛下のため力を奮うことを誓います。」



 そうして叙爵式を終えた。半ば自室と化している医務室に着くまで身体の緊張は解ける事はなく、ベッドに腰掛けると項垂れてしまった。


 今日は式典のため聖女様はいない。常駐している医者がいるだけで静かなものだ。


「貴族、か。一体、前の僕は何の目的があってルイス様に願ったんだろう。」



 不意に独りごちた言葉は誰が答えるわけでもなく、真っ白の部屋の静寂に染み込んでいった。

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