死の報せ
視点かわって聖女視点です。
シータイト王子との婚約式を終えて聖国に初めて足を踏み入れた私は、聖女という役目の窮屈さに辟易していた。
なんでも、伝承で主神ベリルテスは赤い目をしていたらしく、同じ色の聖女たる私を崇拝する人すら出て面倒だったから。
まるでお姫様のような扱いに嫌気が差して、唯一の心が休まる場所は自室だけだった。
特に幸田くんに買ってもらった髪飾りをいじっている時には、辛い事もなんとか乗り切れている。
「はぁ、会いたいよ。」
そうして髪飾りを胸に抱きながら寝床に入るのが日課になっていた。
そんな折、ネルケルト王国からの使者が広間に飛び込んできた。ちょうど今日は私の講義───少女の話を聞きたいとは思えないけど───の最中で、話を遮る行為に顔をしかめている人も見える。
私としてはこの退屈な日常が終わるなら、とその使者に発言を求めた。
「どうしましたか?」
「ネルケルト王国で内乱があり、シータイト様が薨去されました!」
薨去、それはつまり死ぬ事。私はその事実を真顔で受け止められた。泣く事もなく崩れ落ちる訳もなく、ただその報告だけを聞いたのだった。
◆
講義は中断され、今は馬車の中でお母様の元へと進んでいる。
周りからは腫れ物を触るように私を慮るような対応ばかりで、無理に気丈に振る舞って泣きたいだろうに、なんて言われた時には笑ってしまいそうだった。
私よりシエラの方がひどく沈んだ顔をしていて、あの王子に想いを寄せていたのかもしれない。
(そんな事はどうでもいいの!ついに私は婚約者の呪縛から解き放たれたのよ!これで私は幸田くんとずっと、ずっと一緒にいられるようになったのよ!)
顔を手で覆って隠さないと、喜ばしい顔が皆の知るところになってしまう。お母様に急いで手配してもらわなくちゃ!
◆
私の嘆願は簡単に受け入れられたものの、王国の情勢がハッキリしない中で向かうのは危険を伴うという事で、出発は2か月ほど後になるそうだった。
でもこの生活から脱却出来るならと、それまでより一層に聖女活動に勤しむ事になった。
崇められるのは正直言うと窮屈でならないけど、見方を変えれば自由である事が多いと感じる。
特に今は婚約者に先立たれた哀れな少女というレッテルが、より自由度を上げている。
悲しいと言えば予定をキャンセル出来るし、人に会いたくないと言えば1人にしてくれる。
あとは隣に好きな人がいれば申し分ないんだけど、それもあと2か月我慢すれば良い。
あの優しい手つきで柔らかく髪を撫でてもらえるのを想像するだけでカッと顔が熱くなってしまう。
バタバタゴロゴロと寝床で転がり回りながら、約束された出征まで悶々と過ごしていった。
◆
あの報告から2か月、ついにこの国を出る日となった。最近塞ぎ込んでいたシエラも気分転換にと強引に連れ出してきている。
今はもう馬車の中。秘密の話をするのにはもってこいだった。
「ねえシエラ。シエラが落ち込んでたのってシータイト様が亡くなられたから、なんだよね?」
「え、ええ、そうです、ね。・・・フォミテリア様の婚約者様ですのに、あの方に不思議な魅力を感じていまして、それで。」
「あっ、勘違いしないで!私は別に婚約してたからってシエラの事を責めているわけじゃないの。王子様だもん、素敵な人だったよね。」
雰囲気は苦手だったけど、見た目はやっぱり整ってたし歳上のお姉様方からも気にいられていたよね。
シエラだって女所帯の教会で育ったのだもの、王子様を見れば惹かれてしまうのは無理はないかもしれない。
「私なんかが、お近づきになれるなんて露ほども思っておりませんでしたが、フォミテリア様とご同行させて頂いている時にお見かけする事が良くありましてですね。」
「好き、だったんだ?」
「は、はい。贈り物も頂いた事もありまして、夜の湖と同じ色のネックレスを贈ってくださいました。」
婚約者を差し置いてシエラに手を出していたんだ、あの王子様。前はそんな風には見えなかったんだけどな。
歳上好きだったのかも、なんて思っているとシエラは伏し目がちに首元を開けてくれた。
「綺麗だね〜。シエラによく似合ってる。」
「あ、ありがとうございます。あの方は湖精の君だと呼ばれているそうです。・・・あの方と同じような色をしたこれは私の宝物です。」
キュッと胸元のネックレスを手の中で握りしめているシエラは、神に祈りを捧げるように見えて神々しく思えてしまった。
◆
そして5日の旅程をこなし、ついに王国へと辿り着く。迎えてくれたのはルイス様だけで弟王子は当然だけどどこにもいなかった。
そう、ルイス様だけ。いつも一緒に行動しているはずの護衛の姿もない。
キョロキョロと周囲を見回す私に、ルイス様はコソコソと耳打ちしてくる。
「実は、その、コーダはな。色々あって療養しているんだ。」
「え、どこですか?お見舞いに行きます!」
「ああ、少し待ってくれ。・・・動揺しないで欲しいが、アイツはもうお前の事を覚えていない、と思う。」
ルイス様の一言に思考が停止する。声にならない吐息が、ポカンと開けた口から漏れてしまう。
「アイツはオレ達、いやこの国を守るために自分を犠牲にしたんだ。」
それを聞いた私は、膝に力が入らなくなってその場に崩れ落ちてしまった。慌てたルイス様が抱き起こそうとしてくれるものの、自分の足で立てるようになったのはしばらく後のことだった。
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