黒い怪物
星空が照らす花畑は、ところどころ爆破されて痛々しく花びらが散らされていた。大柄な足跡も見られ、ヴォルガンが踏み荒らしながら進んでいたことが分かった。
見張りらしき者達を魔法で死体に変えていき、温室の中に入ると中心部に大きな装置を背にしたヴォルガンが待ち構えていた。
「湖精の君、ってえ訳じゃねえな?誰だガキ?」
「お前の起こした騒動を止めるために来たただの護衛だ。」
温室の中は、照明の魔道具によって明るい。目の前のヴォルガンは俺の顔をマジマジと見るや否や、突然大声を上げた。
「その目!見たことある金色だぜ!確か・・・10年くれえ前にフオムの所にいたガキだろお!?」
10年くらい前、と言えば俺が生まれているかそうでないか分からないな。
急に言われた言葉に反応をしないでいると、自分の顎ひげを触りながら頷いている。
「ああ、そうだそうだ!覚えてねえだろうが、お前はまだ立ったばかりだったはずだぜ!川向こうで見た金色が忘れられなくてよ。フオムの野郎に頼んだんだが結局失敗しやがったんだ。」
ヴォルガンにそう言われても思い出す事はなかった。自分の能力の事もあるし、消してもいい記憶だったのだろう。
どうせ赤ん坊の時の記憶なんて、忘れている方が普通なんだから。
「・・・昔話は面白くねえか。でもまあお前も〈ヴォーガ〉の人間なんだろう?お前みたいなヤツを待ってた、一緒にこの国をひっくり返さねえか?
この国の上層は、俺ら貧民の事なんざ相手にしてねえ。ってえより放ったらかしにしてやがる。」
この男はこの期に及んで、俺を勧誘するようだ。
ヴォルガンの言い分には一理あるが重要な事が抜けている。
「本来なら貴族や王族が俺らを救うのが当たり前だろう?それを怠ったんだ。そんなヤツらが支配する国なんか滅びちまった方がいい、だろ?」
「・・・そんなの思わない。お前こそ勘違いをしている。何もしないで救済を受けようなんて傲慢だ。ただ逃げて、逃げた先の同類達と傷を舐め合っているのが〈ヴォーガ〉の実体だ。
お前は自分が受けた仕打ちに反抗して、お前の復讐に〈ヴォーガ〉を巻き込んだだけだろ?」
「ああ!?言うじゃねえか!国に尻尾振ってるガキが分かったような口聞くんじゃねえよ!」
ヴォルガンだって曲がりなりにも〈ヴォーガ〉に考えを持っていただろう。それは反逆という最悪の選択をしたけれど、何とかしたいと思っていたはず。
「分かってるさ!でも俺だってあんな故郷を想う心がある。俺が〈ヴォーガ〉を救うんだ!」
「子供が一丁前にぃ!・・・どうやら交渉決裂ってかあ!?」
「当たり前だ!お前に付くつもりなんて最初から無い!」
頭上に雷魔法を待機させて、これを落とせばついにこの騒動は決着の時を迎える。今までだってやってきた、気絶させれば大丈夫。
そう思っているとヴォルガンは笑みを強めた。
「一応言っておいてやるよ、この後ろにあるの何だと思ってる?」
「知るか、明日にでも牢屋で話せ。」
「これはなあ、湖精の君。いや、ここの王子と帝国が技術提供してくれた無線爆弾っていうらしいぜ。動作が安定しなかったもんでな、人間の意識でスイッチが切り替わるようになってる。」
よくよく見れば、後ろの装置から線が伸びていてヴォルガンの体に巻きついている。
ヴォルガンが意識を失えば起動するっていうのか。
「〈ヴォーガ〉の南部では色んな研究をしてたが、唯一こいつだけが俺の夢を叶えてくれそうだ。
お前が俺に何かしたら最後、今まで幸せに過ごしてきた人間達の記憶ごとこの王城は吹き飛ぶんだ!」
ルイスと出会い、法佳と出会ったここが無くなってしまうのは誰だって悲しい。他の王族だって俺の知らない記憶があるだろう。
王族だけじゃない、騎士たちや従者達だってともに生活してきた。
記憶を失うのは俺だけでいい。〈ヴォーガ〉の民、そして俺もまたこの王都にとって異分子なのだから。
静かに決意をしてヴォルガンに近付いて、手を伸ばし彼の心臓付近に手を添える。
「おい何するつもりだ?」
「あなたにはこの国で罰を受けるべきだ。大丈夫、殺しはしない。何度も自分で実験してきたからね。」
「分かっているのか!?俺をどうにかすりゃあこの城はぶっ壊れるんだぞ!」
「それくらい分かるさ。でも俺の魔法はある方法を使えば規格外の威力を出す事が出来るんだ。爆発なんて簡単に抑え込んでやれる程にね。」
いつも自分の頭にしているように手に雷魔法を集めてヴォルガンの体に流すと、体が痙攣を起こしてついぞ動く事は無くなった。
その数秒あと、後ろの装置から甲高い電子音が響いた。
規則的な音は段々と間隔を短くしていく。ここで炸裂するのはまずいので、ヴォルガンごと壁を作るがそれは杞憂に終わった。
何故なら、電子音が途切れたあとに聞こえた空気を揺るがすような爆発音は外から聞こえたからだ。
◆
音を頼りに急ぎ外に出てみると、どうやら城の中枢、普段ルイス達が使っている王族が住まう場所だった。
連鎖的に起こっている爆発に、壁だけでなく柱が折れていくのが見えた。
爆砕された破片が勢いでパラパラとこちらに飛んで来ている。ヴォルガンは自分を犠牲にするような殊勝なやつじゃなさそうだし、仕組まれていそうだとふと思う。
前代未聞の大騒ぎに城内にいた人間達が流れ出ている。俺がいるからなのか、庭園の方へ逃げてきている者も見えた。
「こっちへ来ないでください!危険です!」
「危険っつったってどこ行けば良いって言うんだよ!」
「まだ中に人がいるのよ!」
このまま城が崩壊すれば彼らの反逆は成功し、王国は脆く崩れてしまうかもしれない。
ルイスの統治しない国で俺は生きている意味はあるのだろうか。
窓から誰かが手を振っているのが見える。こんな夜でも分かるくらい金色に輝いている髪。
そんな姿がアルヴィと重なって、もう躊躇する考えは無くなっていた。
俺の体から粘性を持った黒い魔法が流れ出る。記憶の器に溜まっていた中身をひっくり返して、まるで血液が外に噴き出ているような感覚だった。
「おい!何してんだァ、それ何だよ、コーダ!」
それはいまだ外壁が崩れかかっている王城に到達し、罅に染み込むようにして覆い尽くしていく。
俺の名前を呼ぶ大柄な男の顔は、もう見覚えがなかった。
「俺がなんとかします。・・・ルイス殿下には、よろしく言っておいてくれませんか?」
「そう言う縁起でもねえこと言うんじゃねえぜ。お前が言えってえ話だァ。」
確かにこの男の言う通り、言葉は残しておこうか。意思の疎通は大事だ。
その時、一際大きな爆発音が辺りに響いた。それは砂煙を上げて外壁をずらした。
バランスの崩れた建物は支えのない方、柱がすでに爆散しているこちら側に倒れてきていた。
この国の誇りで象徴である王城が、ついに倒壊する瞬間だった。
周囲は阿鼻叫喚だった。神に祈る者、逃げ惑う者、諦め立ち尽くす者。
その全ての人に記憶がある王城が、今この時に潰れてしまうのだ。
だから、記憶を失うのは俺だけでいい。
黒い魔法は触れた部分を崩すことなく、守り包んでいく。倒壊しかけた部分も受け止め覆い尽くす。
巨大な黒い怪物が、王城を丸呑みしたかのように黒い膜が王城を包み隠していく。
散発的に起こっていた爆発は、その膜の中だけで炸裂し、ついにその音が聞こえなくなる。
朝日が顔を出し、その日の光に照らされた部分が煙のように霧散すると、ところどころに黒い痕跡を残しながら屹立した王城がそこにはあった。
そして“俺”はもう目を覚ます事はなかった。
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次回、久々に神視点のあと第二章です。




