反逆の主犯
視点変わってルイスです。
右腕を失ったシータイトがとてつもない暴風を作り出す。コーダの体は簡単に持ち上がり、風に呑まれて崩れた壁の穴から飛び出して行くのを、暗い壁の中から見ていた。
こんな事で死ぬような男ではないと思っているが、容赦なく行われた所業に心が沸き立つのを感じた。
姉や両親達は一部始終を見ている。帝国の皇子と仲良くしていたのは、国売りの目的があったのだと理解している。
もっとも、この安全地帯にいる事で現実と認識できないでいるが。
縄で結ばれた拘束は、火魔法で断ち切ってある。手首が焼けてしまったが、あとでコーダにでも治してもらおう。
近くに転がっている儀礼用の剣を手に立ち上がる。その所作だけで父がオレの背中に声をかけた。
「ルイス、分かっているのか?」
「ええ、弟の始末をつけるのは兄の領分だと思っています。」
暗い壁を触ると思いのほか簡単に外に出られる。作ったヤツが優しいんだろう。
コーダを吹き飛ばして、隻腕となって地面に伏しているシータイトに向かって歩いて行く。
小さく笑っているようで、そこに聡明で品行方正なシータイト様は見る影もなかった。
「クククッ、お兄様、あなたじゃ僕に勝てませんよ。毎回毎回、僕に脅威を感じさせたのはあの護衛ですし。」
「勝てないのは分かる。聞きたい事があるだけだ。」
「おや、何でしょう?」
細かな傷がついた顔、戦闘によって薄汚れた服。腕を失った影響か上手く立てないでいる様は目を逸らしたくなる。
「いつからだ。いつからそうなってしまったんだ。」
「お兄様が王になるなんて言わなければこうはならなかったでしょうね。仮に僕が王になったとしても帝国との友誼は確固たるものになっていたでしょうけど。
そんな事、後にしましょうよ。お兄様の護衛のおかげで僕も重傷なんですよ。」
切れた右肩を押さえてどうにか立ちあがろうとするも、まだ感覚が掴めずに膝立ちのまま試行錯誤している。
まるでオレに首を差し出しているように見えて、剣を持つ手に力が入る。
「この反逆が成功したらオレ達はどうなる。」
「なに、簡単な事です。帝国の貴族として迎え入れられるだけでしょう。僕より遥かに地位は低いでしょうが。・・・ああ、拒否は出来ませんよ。帝国産のお香には吸うと何も考えられなくなるような物がありますので。」
そこでオレは気づいた。近頃、城下を騒がせていた貧困者にそれを吸わせれば良い戦士になるのではないか、と。
王国自体が半ば無視している地区の人間が多少いなくなったところで騒ぐ訳も無い。
ただ、そこはコーダの故郷。彼がその犠牲になっていた可能性を考えてしまうと、剣を持つ手が動く。
「おや、おやおや。お兄様、ご冗談でしょう?あなた如きが僕を殺そうと?少しでも触れたら死ぬのはお兄様ですよ。」
「ああ、冗談なんてつもりはないさ。オレがどうなろうともこの剣を振り下ろさないと、民を率いる国王として矜持が許さない。」
そうしてオレは剣を振り上げる。シータイトはこちらを見て笑い顔を崩さない。自分が死なない自信があるのだろう。
鍛錬もした事のない自分の細腕が覚悟を持った斬撃をシータイトの首へといざなう。
初めての全身全霊を込めた一振りは、すんでのところで柔らかい空気の塊に受け止められた。
「だから言ったのに。・・・でも良いんですね、そういう事で。最期に何か言い残す事はありますか?」
足元から伝わる振動に体ごと揺れてしまうが、目線が外れる事はない。大きな衝撃で揺れる視界が、シータイトの雰囲気に魅入られているように感じられてしまう。
「・・・何もないですか。じゃあどうぞ安らかに死んでくださいね!」
シータイトが手をかざすと正面に緩やかに薄緑色の光が集まっていく。空気がその手に集約されているような風の流れを感じる。
その光が顔ほどに膨らんで、ついに爆発しようかと思ったその瞬間に見覚えのある魔法が直撃して風は霧散した。
シータイトは不発に終わった自らの魔法に驚いていたが、オレは正体に気付けていた。
「・・・お前はオレを舐めているが、オレの護衛も舐めてもらっては困る。」
オレの目の前についに人影が降り立った。先ほどは持っていなかった剣を持っている。
そしてオレはその人影に覚悟を持った一言を言うのだ。
「・・・やってくれ。」
「うぁ、・・・や、やめろおおおおお!」
そう言うとコーダが剣を横薙ぎに振るう。何の躊躇もなく簡単にやってのけた。
風の抵抗も全く意味を成さず、鮮血が噴き出しコーダを血に染めていく。勝利となんて簡単に片付けられないほど、胸に遺恨が残る最期だった。
分かれた頭がごろりと転がってくる。だがまだその生命は終わっていないようだった。
「僕は、こんな事で。死ぬ、死にたくない。しに、た・・・く。」
絶望を顔に浮かべ、まだ生きたいという意志を感じさせる表情。その表情はオレに向けられているようで、一生シータイトの影から逃れられないのだろうと感じた。
ズズズッとまた足に振動が伝わる。まだ階下では戦闘が続いているのだろう。
目の前の男なら簡単に鎮めてしまうかもしれないと一瞬よぎってしまう。
だがそれはコーダに全てを押し付け自らの手を汚さない自分勝手なずるさがあるようで、ついに声には出せなかった。
当然、コーダにだって伝わっている振動なのだから向こうから話し出す事を期待していたのかもしれない。
「下の方が気になる。行ってくるよルイス。」
「・・・。」
「ん?行ってくるよ?」
「・・・ああ。」
コーダの背中に隠れて安全地帯にいられるのがこうも楽だとは。楽に流されてまた押し付ける決断をする自分は弱い。
シータイトの血を一身に浴びたコーダに目を向けたくなくて、俯いたまま送り出したのだ。
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