王権簒奪
主人公視点に戻ります。
床がビリビリと震える感覚で目が覚めた。冷たい床に頬をへばり付け、体が動きにくくなっているのに気づく。
手は後ろ手に縛られ、両足も動かせないように固定されているようだ。
いまだ覚醒しない頭を振って周りを見てみると、ルイスやレティシア、フィオレンサなど王族が床に横たわっているように見える。
誰を見ても寝巻きを着ていて、俺と同じように拘束されている。
「起きたのかい?予定より早いなぁ、君は毒とかも効きにくいらしいしそれの影響かな?」
声のした方へ首を動かすと、玉座に座ったシータイトがこっちを見下ろしていた。
玉座、つまりここは謁見の間。俺たちは謁見の間の床に転がされているわけか。
(そもそも俺はいつ寝たんだ。記憶があるのは食事をしていた時。まさかあの料理に睡眠薬でも盛られていたっていうのか。)
シータイトを視界に収めながら自分の記憶を掘り起こしていると、丈の長いスカートが目の端に動いた。
「シータイト様、これで私の家も取り立てて貰えるんですわね?」
「ああ、トーリスにも世話になったからね。帝国では上位貴族に仕立ててあげるよ。」
そのスカートを着た人物から発せられた声は先ほどまでルイスの側仕えとして働いていたエシュカテリーナだ。
「え、エシュ、カテリイナ、さん。」
「あら、ご機嫌よう、コーダ先輩。子供はまだ寝ている時間ですわよ?ルイス様の護衛でなければ先輩も私の家で拾ってあげましたのに、悲しいですわね。私を恨まないで下さいましね。」
そう言うとエシュカテリーナは踵を返し、淀みのない足取りでこの部屋から出て行った。
「信じていたはずの同僚に毒を盛られるなんて、お兄様の護衛は人望がないね。」
「・・・お前、どういうつもりなんだ・・・。何をする気だ?」
にやけ顔のシータイトに向けて、疑念をぶつける。俺の言葉を聞くと、さらに口角を上げて笑い声を上げた。
「ほんっとうに、君は僕を誰だと思っているのか、笑っちゃうね。まあどうせ殺されるんだし言っておいてやるよ。」
玉座に座りながら腕を大きく広げて、自信満々に声を上げた。
「僕はこの国を帝国に売ったんだ。無能なお兄様なんかにやるくらいなら僕が支配してやろうってね。王族ってのは良い手土産になるんだよ、知ってた?
聖女も手に入れたし、帝国の武力と王国の国土があれば僕はこの世界の王にだってなれるんだ。」
シータイトは俺に宣言をした。ルイスを害し法佳を物のように扱って、自分の利益しか考えていない、と。
ならコイツは敵だ。俺の殺人遍歴にシータイトが加わるだけだ。
体に巻き付く拘束を崩壊魔法で溶かす。数瞬もしないうちに解放された手足を使って、反動をつけて磁力反発で飛び上がる。
空中で体勢を変えて、こっちを見ているシータイトに向かって雷魔法を落とした。
耳をつんざくような鳴動は謁見の間の窓を割り、ほとばしる光は玉座を焦がしながら引き裂いていく。
いつもなら黒焦げになった人型の炭が出来上がるだけだけど、シータイトは片手をあげた状態で健在だった。
「危ないねぇ、僕を殺す気だったでしょ。だけど残念。僕もマリウスに教えてもらって原始魔法を使えるようになったんだよね。やっぱり僕って凄いと思わない?」
「誰が思うか。お前さえいなくなれば俺が王子殺しで捕まえられるだけだ。黙って殺されろ!」
「ははっ、言うねえ!でも僕だけじゃないよ。この国に不満を持つ者にも加勢してもらっているんだ。・・・ほら聞こえるだろ、下から地鳴りのような音がさ。」
シータイトから視線を外さずに意識を下に向けてみると、たしかに何かの振動が足に伝わってきている。
「僕は彼らに武器を与え、鎧を与え、活力を与えた。だから最後に戦場も与えたのさ。この国の象徴たる王城を壊滅させる事で新生ネルケルト王国をスタートさせるんだ。」
「新生か何か知らないけど、今まで良くしてくれた人達を裏切る行為だ。それを分かっているのか?」
「僕の事を良くしてくれていた人は確かにいるさ。金も信用も簡単に得ることが出来て有難いほどね。
でもそれだけさ。僕が王にならなければ、路傍の石ころのような価値のないシロモノさ。」
まるで人の気持ちなんて理解していない、というより重要視していない言い方にイラついてしまう。
「恩を受けたら返すべきだ。助けてくれたなら助けるし、優しくしてくれたら優しくする。そんな簡単なことを踏みにじる真似をよくできるな。」
「君は知らないかも知れないけどね、前の世界では利害の一致のみが世界を支配していたのさ。自分の都合の良い情報だけに食いついて他人なんて気にしない世界があるんだ。
綺麗事だけじゃ国を支配するなんて出来ないんだよ。まぁこんなこと下民に言っても仕方ない事かな。」
また“前の世界”の話だ。どうせ転生者だろうと思っていたけど、前を知っているからってなんなんだ。
ここは前の世界じゃない、この世界に、この国に生まれたんだ。ここを愛せない人間にここに生きる資格なんてない!
「お前はこの国にとって悪だ!生きていちゃいけない、人を愛せない人間は生きていちゃいけないんだ!」
「剛毅だね!なら僕を殺してみろ!」
「言われなくたってそのつもりだよ!」
俺が腕を振って雷魔法をぶつけようとすると、シータイトが軽く風魔法を使って流す。
そんな簡単な応酬がこの部屋、ひいては王城を揺るがしていた。
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