俺の名前
自分を助けてくれたであろう男を前にして、ひとしきり泣いた後、俺は腹が減っていることに気付いた。安心してしまったのだ。
さっき男は食べ物を持ってきたと言っていた。どういうものかは分からないが、とりあえず何か食べないと死んでしまいそうだ。
男の方に目を向けると、もう1人男が増えていた。隣の大きな男に比べると小さいが、それでも身長170cmくらいで鍛えているのが分かる。髪は茶色、瞳はブルーだ。こっちに視線を向けてくると笑顔を向けてくれた。良い人そうだな。
そんなことを思っていたら、意識してしまったからか、腹がきゅーと鳴ってしまう。
「お、やっぱり腹が減ってるか。おしっ、先にメシにしようか。聞きてえこともあるが、まずは食わねえと何にも出来ねえからな!」
と、大きな男は近づいてきて俺に食べ物の入った器を、ベッドの近くあったテーブルの上に置いててくれた。昔懐かしの豆を潰したものを、湯に溶かした消化に良さそうな料理だった。
どろっとしていて、スプーンなどもなさそうだったので手で直接食べ始める。口の周りなんかベタベタでもお構いなしに食べる。食べながらではあるが、なんだか騒がしいので目を向けてみる。
「ちょ、ちょっと!食べさせてあげるとかじゃないんすか団長!しかも手掴みで食べてんじゃないっすか!ちょっと拭くものとってきます!」
小さい方の男が慌てて出て行った。大きい方は少し慌てているようだが、小さな木のスプーンを持ってきてくれた。
「わ、悪かったな、坊主。気がつかなくてよ。こういうの久しぶりだったもんで忘れった。ははっ。まあ口の周りは後で拭いてやるからコレ使って食え。あ、使えるか?」
その言葉にうなずいて、小さな木のスプーンを受け取って食事を再開する。こんなスプーンでも重たく感じてしまうことに、驚きながらがっつく。
いくらどろっとしていても急いで食べ過ぎたのか、喉に詰まってしまった。それに気づいた大きな男はすぐに、木でできたコップに入った水を差し出してくれた。
「おいおい。大丈夫かよ。腹減ってたのは分かるが急がんでいい。誰も取りゃしねえんだからよ。落ち着いて食え。」
そう言って、水を受け取って飲んで楽になると、安堵の息をついた。大きな男は、何事も無くて良かったと言いながらベッドの前に椅子を持ってきて、ギィっと音を立てて腰掛けた。
飲んだ後に気付いたが、受け取ったのは綺麗な透明の水だった。虫も浮いていないし、黄色く濁っている訳でもない綺麗な水。
料理は、味とかはよく分からないけど優しい味だった。
◆
粗方食べ終えて満腹になった後、戻ってきた小さい方の男に食べカスを拭いてもらった。
どちらの男も俺がスプーンを使えることに驚いていたようで、俺が行き倒れていたことと道具を使えることが繋がらず首を傾げていた。
そもそもスプーンを日常的に使う家ならそれなりの金を持っているはずだということ、ボロ布を巻いて行き倒れているという2つの事柄は俺が考えても取り合わせるのに違和感がある。
変な誤解を与えたくなかったので早めに感謝することにした。
「ありが、とう。たすけて、くれて。おなか、いっぱい。」
たどたどしかったけど、伝えられたはずだ。長めに喋ったからか顎が疲れてしまったけど。
前の小さな男は椅子に座りながらポカンとしていた。大きい方は得意気な顔だ。何かいけなかっただろうかと不安になる。
まだ戸惑いを隠せていないようだが、男達が話しかけてきた。
「本当に喋れるんだね・・・。お父さんかお母さんに習ったのかな?すごいねこんな小さいのに・・・。」
「なっ!言ったろ?賢い坊主なんだって。自分の名前も分かるようだしな!」
大きな男から聞き捨てならない言葉が出た。名前?俺の?確かステータスの表示では、名前の表示は無かったはずなのに。訳がわからないと言う風に聞き返してしまった。
「なまえ、いった?」
大きな男はうなずいてみせた。
「ああ。言ってたぞ。坊主の声でハッキリと。コーダだってな。」
その言葉に衝撃を受けた。俺はこの男に言っていたらしい。助けられた時にでも口走ってしまったのかな・・・。
なぜそんな名前言ったなんて簡単に分かる。
コーダ。
前世の俺の名前が、幸田次郎、だからだ。
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