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最後の転生者

前回最後に登場したマリウスのお話です。


 アーデルガルド帝国は実力主義のみが至上命題だ。


 強者のみが酒に酔いしれ、弱者は泥をすする。それは孤児であろうと皇族であろうと関係ない。

 恐ろしいほど平等の国なのだ。



 僕は転生をした事に後悔した事がある。何でこんな選択をしてしまったのだろうって。

 あの白い空間で、女に選択を迫られて最低を選んだ幸田を心の中で笑っていた。

 自分の一生を決める選択を半ば脅迫で決めさせられて無様だったからだ。


 それに比べて僕は、最高を手に入れて栄華を極めるのだと。


「甘かった・・・!皇子なんて何の役にも立たない!お前は甘かったんだよっ!」


 僕は地面に這いつくばって、ジワジワと地面に血を広げていく兄皇子の頭を踏み砕きながら、闘技場の天井に空いた穴から見える月を見ながら吠えていた。



 アーデルガルド帝国は、1区から3区に分けて階層がある。


 1区は主に人数制限をして観光客や交易を主にしている場所になる。制限する意味は、入られたくない区画があるからで、誰がどこにいるかを監視するためだ。


 2区は住宅街になっていて、1区で働いている者達の憩いの空間だ。

 全区の中で最も大規模で貴族が管理していて、商人が入れたとしてもここまでだ。


 3区は皇族の区画だ。国政から刑務所に至るまで、帝国で最もグレードの高い施設が多い。

 ただ、この1区から3区までには唯一同じ施設が存在している。


 闘技場と呼ばれる、生まれや立場が関係なく扱われ、明日の我が身さえ保証されない殺伐とした建物が存在する。


 

 帝国ではこの闘技場における功績が最も優先され、良い職業、良い給料、良い立場、全てにおいて闘技場の戦績が評価されている。


 1区は主に商業的な娯楽として、2区は自分の評価を上げて生活を裕福にする方法として、3区は貴族や皇族が乱れ狂い、血で血を洗う後継争いとして。



 僕は転生して普通の生活を送るのだとそう思っていた。単純に金持ちなんだから、一生幸せに浸って好きに生きてやろうと思っていた。



 でも目が見えてきて周りの状況が分かるようになってから、そんな考えが脆くも崩れていく音を感じた。


 今自分が寝ている場所は、ベッドこそあるものの周りは無機質な石壁で生気が感じられない。

 部屋はベッドと机と椅子があるだけだし、壁の上部に穴は空いているけど、人が出入り出来るような大きさじゃない。

 そうまるで、独房のような狭い空間に僕は寝ていた。


 世話は毎日のように来る女が、メシと服を取り替えてくれるくらいで変わった事はない。

 2年が経った頃、僕と同じような歳の子供20人ほどと集団で教育を受けられるようになってから必死になって勉強に勤しんだ。


 なぜなら、クソがつくほど退屈な日常に現れた唯一の非日常であったし、この異常な状況の事を早く理解したかったからだ。

 

 1年くらい勉強をしていると、ようやくここの状況が分かってきた。ここに集められている子供達のことも全てが分かり始めた。



 僕はこの国の第三皇子、それは間違いないらしい。

 でも調べていく内にそんな事は些細なことなんだと思えてくる。


 同じ部屋で同じことを学び続けた少年少女達、もちろん友達だって出来たし全員と面識がある。

 その全てが、自分と血を分けた兄弟姉妹であり、僕が皇帝になるためには全員と殺し合いをしなくてはいけないという事だった。



 数日あと、賢い子供達は戦々恐々として、まだ事態を把握出来ない子供達はワクワクとしながら、大きな舞台を見下ろせる場所までやってきた。

 すり鉢状になっているこの場所は、灯りで照らされ中央の舞台から独立し鉄格子で区切られていて、円形に座席が並べられている。


 言うまでもなく、ここが僕達の運命を決める場所だった。


「ここは、第一闘技場の下層になる君達専用の舞台だ。すぐ向こうに扉が見えるね?あそこから相手が出てくる。今日は君達で前哨戦をやってもらおうと思う。」


 大人のその言葉で、状況をあまり理解していなかった子供達もハッとした表情になり、予測出来ていた者達同様に黙りこくってしまった。



 観客席から降りて、さっき見えた舞台に続くであろう前室に詰められている。

 部屋の中は、はっきり言って汚い。靴で床を踏みしめるとベタベタする感触が気持ち悪かった。


 椅子があるものの、この環境においては誰も座ろうとしない。匂いも酸いような変な感じなのが拍車をかけているのかもしれない。

 さっきまで案内していた大人は、僕達に武器だけ渡してさっさとどこかへ行ってしまった。



 手持ち無沙汰にしていると、近くにいる友人になったミンスに話しかけられた。


「おいマリウス、本当にこれってそういう事なのかな?」

「そう、だと思う。今まで教えられたのは魔法だったり武器の使い方だったよ。護身術なのかとか言ってるヤツもいたけど、この状況じゃあみんな確信を持ったんじゃないかな。」


「っくそ!一体なにさせようってんだ!」


 予想は出来るけど全く想像がつかない。そう思っていると、嫌な金切り音をあげて鉄扉が上へと開いていった。


「入場したまえ。君達の初陣だ。」




 20人の子供達の固まりは、歩みは遅いものの鬱屈した雰囲気があった部屋から溢れ出るようにして出ていく。

 ちょうど僕とミンスは最後尾にいて、僕達が出た瞬間、ギロチンのように鉄扉が落とされ風圧で体が前につんのめってしまった。


 まるで怪物の腹の中に飲み込まれてしまったかのような、そんな悪寒を感じながら舞台を挟んで反対側に見える鉄扉がキィキィと迫り上がっていくのを凝視してしまう。



 鉄扉が引き上げられた暗闇の先には4つ目の狼だった。

 首から先が2つに裂け、半分ずつに顔がついていて、顔に程近い裂け目は、今もミチミチと音を立てているように拡がっていっている。


 3メートルもあるかという狼がひたりひたりとこっちに近づいて来るごとに、僕達の集団はジリジリと後ずさる。

 とは言っても、僕のすぐ後ろで扉が閉まっている訳で、数歩のうちに冷たい壁に背中をぶつけてしまった。


「グッガアアア!」


 目の前の異形の狼が隠しきれない牙を見せるようにして、大きく吠えた。


 その声を聞いた瞬間、周りの子供達は悲鳴をあげて手に持っている武器なんか放り出して散り散りになって逃げてしまった。


「きゃあああ!なんだああ!」

「たすけ、たすけてえ!」


 円形の舞台の壁から逃げてしまったので、距離感はあまり変わらない。そんな事を気にしている人間なんてこんな状況下にいないけれど。

 

 多分、あの狼のテリトリーに入ったんだと思う。バタバタと逃げ回る少女に向かって狼が前傾姿勢になっていくのが分かった。

 僕は渇く口をなんとか開けて、かすれた声を出す。


「あ、っぶない!」


 その声が合図になってしまったのか、異形の狼が床を蹴って少女に向かって飛び掛かってしまうのが見える。

 寸分違わず、右の顔が少女の首に噛み付くと、ゴキリという鈍い音が闘技場内に響いた。


 あんなに阿鼻叫喚に逃げ回っていたのに、その少女から放たれた骨が砕かれる音は、この場にいた全員に聞こえたんじゃないかと思うほど瞬間の静寂をついた。



 異形の狼の咀嚼音と、反対側の顔がミチミチと引き裂けていく奇妙な音だけがこの場を支配する。

 やがてその咀嚼は止まって狼が顔を上げると、口先が赤く染まっている顔と、裂け目を拡げた顔が目を動かして周囲を見渡している。


(あいつ、まだ食べ足りないんだ。ここには子供だけ、僕達全員がエサなんだ。)


 異形の狼は、さっきと同じように牙を見せつけるように吠える。でも今の衝撃で誰も彼も動く様子はなく、狼は動く事なく首を傾げているだけだ。


(さっき吠えたあとに近づいて来たヤツを食った。・・・誰も死にたくない、僕だって転生してすぐなんて絶対に嫌だ。絶対に生き残らなくては。)


 そして僕は、音を立てないようにして前にいる少年の背中を蹴った。

 出来るだけ自分より遠くに行くように、自分だけはあの狼の標的にはならないように。

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