帰り支度
翌日は太陽が中天に差し掛かっている頃に目が覚めた。完全なる寝坊だった。
頭に電撃を浴びせて、バタバタと急いで居間の方へ飛び出ると、ソファに座って優雅にお茶を飲んでいるルイスがいた。
「今日は遅かったな。さすがに疲れたか?」
「い、いや。・・・まあそうだね、疲れたんだと思う。」
聖女の誘拐がどうとは言えず、適当に愛想笑いをして誤魔化した。
「明日はここを出て王都に帰る日だ。聖女はもう来ているぞ。・・・お前も来るのだろう?」
「え、あ、うん。行こう。」
「なら身だしなみからだ。・・・おい、こいつの着替えを手伝ってやれ。」
ルイスは傍に控えていたエシュカテリーナとポランに指示を出して、部屋から出て行ってしまった。
部屋のドアがパタンと閉まると、にこりと笑顔のエシュカテリーナとポランに釘をさしてみる。
「あ、あの、着替えくらいひとりで出来ますからね?」
「いえ、ルイス様からのご命令ですので。うふふ、失礼しますわね。」
「あっちょっと!」
服のボタンに手をかけられ、抵抗むなしくなすがままにされてしまう。
「コーダ先輩は、綺麗な瞳をしていらっしゃるわ。これを活かさない手はないわ!」
「ええ、そうね!髪も上げてしまうとより目立つわね。・・・ああなんて可愛らしい、こんな弟が欲しかったわ!」
女性にもみくちゃにされた経験などないので、何だか恥ずかしい。
実際には数分と短い時間だったけど、何時間も拘束されたようでドッと疲れてしまった。
「帽子は被らないでくださいね。せっかく撫で付けた髪が崩れてしまいますわっ。」
額を大きく見せるように、前髪を油で固め上げられている。これではただでさえ珍しい金色が否応なく周囲から晒されてしまう。
「・・・ありがとうございます。では行ってきますね。」
一仕事終えた2人に礼を言ってからルイスの後を追った。
シワを伸ばされて少し硬くなった衣服で動きづらい。服に着られているような感覚すらある。
ただどういうわけか、すれ違う人たちに会釈される回数が増えたと感じていた。俺はただの護衛なんだけど。
自然と足早になっていたのか、すぐに広間にいたルイスの元へ着いた。
そこにはユージェステルとユーゴー、法佳までが揃っていた。
「ちょうどお前の話をしていたのだ。今日で最後なんだ、しっかり話しておけよ。」
「おっせーぞ、幸田。まあでもわかるぜ。休みの日は昼前まで寝たくなるよな。」
「はは、ごめん。少し夜更かししちゃってさ。」
ユージェステルは俺に対して友達のように接してくれているのがありがたいと思う。
ユーゴーと法佳も手を振って挨拶してくれた。
「幸田、時は金なりだ。満喫するのもいいが、せっかくだし最強を目指せよ。」
「お、おはよ・・・、幸田くん。」
平和な日常を壊さないように普通を取り繕って、笑顔で対応していく。
「昨日、幸田くんの夢を見たんだあ。一緒に大きなごちそうを食べてる夢。」
「へ、へぇ、そうなんだ。夢にまで見られて俺は嬉しいよ。」
「はぁ、仲良くなりすぎじゃね?」
「まあ良いではないか。オレはお似合いだと思っている。」
何か隅でユージェステルとルイスが何かをボソボソと話し合っている。
そんな中、当然のように法佳のそばに立っているシエラを目にした瞬間だけは、笑顔の仮面も剥がれかけてしまった。
俺の視線に気づいたのか、シエラはこっちに目をやった。
(深夜のあの瞬間にいなかった事は偶然か?それよりも入り口の草が踏み荒らされ、大人数が入った形跡すら見逃したとでも言うのか?)
そんな事を考えていると、ユーゴーが何かを言っているのに気がついた。
「聞いているか?幸田。今日の朝方、近くで馬車の大事故があったんだ。」
「・・・へぇ、気づかなかったな。何かあったのかな。」
「ウチで少し調べたんだが少し変でな。この辺りには大して商店もないし、別荘地みたいなもんなんだ。何故か燃やされていたが、燃え残りも入れ物しか見当たらない。」
「積み荷が取られたとかかな。」
俺の発言にユーゴーは更に首を傾げてしまう。俺はこの少しの沈黙の瞬間に、シエラを盗み見るも表情を変えた様子はなかった。
「オカシイとこはまだあるんだ。物盗りだったら同じくらいの容量の荷台が必要だろう?襲撃者の足跡もあるはずなのにそれもないし。」
「目的の物がひとつで、1人しか襲撃者がいなかったとか。」
「バカ言え。少なくとも5人は死体が見つかってる。全員と対峙して痕跡すら残さないってどんな化け物だよ。」
化け物とは言ってくれるじゃないか。空中から襲撃したから跡が残ってないのは当たり前だよな。
そんな思考からある疑問が浮かんだので、ユーゴーに聞いてみる事にした。
「そういえば馬車なんだから、車輪の跡があったでしょ?」
「それも調べたんだが、無かった。」
「えっ、無かった?」
俺はそんな小細工出来ないしした覚えもない。
「そう、そこが今回の一番不思議ポイント。空の入れ物しか載っていなかったとは言え、重い馬車なんかが走ったら跡が残るはずなんだ。一応あるにはあるんだが、現場の周辺から途切れていてどこから来た馬車か分からない。」
「そんな事って・・・、あるの?」
「俺は土属性の魔法を使えるんで分かるが、魔法なら簡単に消せるな。それの意味する事は・・・ってな感じが俺の見解だな。」
何者かが俺の襲撃後に証拠隠滅をしたんだ。
シエラか、それともまだ俺の知らない誰かがいるのだろう。
魔法、それは貴族の証。冒険者になる者もいるらしいけど、誘拐の証拠を消すために雇われたとでも言うのだろうか。
(これはただの誘拐じゃない。聖女のみを狙った計画的な犯行だ。内通者がいるのはは確定、裏には貴族の影がチラついているんだ。一筋縄ではいかないぞ。)
その間、シエラは特に反応は見せなかった。だけど俺のシエラへの不信感は募るばかりで、法佳の身の安全が気になってしまう。
翌日、俺達はエルダール家の人達に見送られながら出発をした。
護衛のクリスに無理を言って一緒に馬に同乗させてもらって、必要以上に周囲を警戒している時にそれは起こってしまった。
襲撃だ。
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