兄弟のような関係
視点かわってルイス視点です。
コーダは、オレに対して気遣いなく接してくれるが頼ってもらったことはない。今回の突然の外出も、初めてワガママを言ったコーダに嬉しくなって許可を出したのだ。
だがその嬉しいのも束の間の事で、コーダが聖女と旅立ったその朝から、オレの周囲は一変した。
着替え、食事、外出。毎日どこに行くにも一緒だったコーダのいない日常は、言い知れぬ不安が襲いかかってきていた。
しかもここは、住み慣れた王城ではない。まるで取り残されたように、孤独になってしまったのだった。
だがそんな言いようにない不安はすぐに吹き飛んだ。
暴風のようなユージェステルと、やけに知識のあるユーゴーを相手にしていると、心の壁などすぐにどこかへ行ってしまった。
王城の人間たちは第一王子であるオレに対して腫れ物扱いするように、おっかなびっくりと接してくる。
オレの過去の言動の裏返しである事はもう気づいているが、自分から修正の仕方が分からないのだ。
だが、ここの連中は良い意味で遠慮がない。宰相の家の子供もそうだが、この旅だけオレについてくれた従者達も今までの扱いとは訳が違った。
隔離されたような扱いより、慣れない無礼の方が心地よかったということだ。
そしてそれはオレがコーダに求めた無礼もまた、同じことだった。
敬語とか礼節だとか何も知らない子供だから、コーダを側に置いたのだと思う。
あいつの能力までは予想外だったが、良い忠臣を得た。
今までのオレの世界はコーダくらいしか隣にいない。この遠征は他人を知るいい機会だ、と思いコーダが帰ってくるまで自己研鑽に邁進した。
◆
コーダが帰ってくるまでの5日間は、簡単にオレの価値観を一変させた。
元平民だというユーゴーに連れられて、街を散策に出た日のことだ。
朝市というもので、いつもより安く食材を手に入れられる時限イベントなのだという。
そこでは、どこを見ても人だらけで人の波に飲まれるというのも初体験だ。
オレが第一王子だとも知らずに、ぶつかってくる者、声をかけてくる者、金銭のやりとりをする者。
ルイス・フォン・ネルケルトという一個人など、歯牙にも掛けない世界が広がっていた。
オレはどれほど狭い世界に生きていたのかと、ユージェステルに質問をした事がある。
「まー、仕方ないと思うよ。王子サマなんて狭っ苦しいトコで守られてるのが普通だし。俺らもそーだけど、こーいうの見てると貴族とか平民とかってあんま関係ねーんだよな。」
それはそうだ。人間である以上、睡眠をとって食事をして戦って死んでいく。違いは魔力があるかないか。
当たり前だ、平民も騎士も従者も姉様達も国王も、シータイトも同じ人間なのだ。
「ではユージェステル。オレは人に優しくした事はない。どうすれば良いのだろうか?」
「難しいこっちゃねーぜ。自分がやられたら嫌なモンは、人にやっちゃいけねーってだけだ。
あと良い事した時には褒めるのが良いぜ。特に王子サマは一般人より上だから、そーいう褒めるとか礼を言うのは威力が段違いだぜ!」
人を褒めるのにも威力があるのか、とその時には思ったものだ。
実際その夜に、従者達に礼を言うと驚かれたし、自分がいかに嫌な奴だったのかを思い知らされた。
オレが礼を言うのが驚かれるほど珍しいのだ。
コーダならば、こんなオレにどう言ってくれるのだろうか。
当たり前でしょ、と簡単に切り捨てられるのか。それとも頭を撫でて褒めてくれるだろうか。
◆
そしてコーダが帰ってきた。そろそろ会話をしたいと思っていた頃合いで、久々に見たコーダの顔は輝いていた。
何かを吹っ切ったような、清々しさが滲み出ていた。
「ねえ、ルイス。貴族になるにはどうすればいいかな?」
その言葉を聞いた時、ついにコーダはオレを、ルイスを頼ってくれたのだと嬉しくなった。
しかもそのお願いをこの国の王族たるオレに向けて言ってきたのだ。ただの世迷い言ではない、聖女との旅で何かあったのだな。
貴族の養子に入ることはこの国では珍しくない。魔力を持っている事が貴族の証だからだ。
だがオレにはこの願いは、もっと違う風に聞こえてしまった。
しかし聖女もよい男を捕まえたものだ。ならば年上のお節介でもさせてもらおうか。
◆
コーダの話は、初めて聞くことばかりで驚きしかなかった。
コーダの出生やここに来るまでの軌跡、コーダの魔法と記憶の秘密、アルヴィという少女の存在。
こんな深い闇を抱えているとは思わなかった。あの朝市にいた雑多に行き交う平民達とは、全く違う人生を辿ってここまで来たと思うと畏敬すら感じる。
このコーダという少年は、この国の最下層から最上層に手が届く所まで這い上がって来ているのだ。
運が良かった、と簡単に断じるには無理がある。
この小さな体に幸せや喜び、憎しみや怒り、喪失や別れなど、オレですら未経験のモノが詰まっているのだ。
そして話を聞いていく内に疑問が湧いてしまった。昔と今では状況が大きく変わっている。
この男の考え方が少しでも知りたくなった。
「コーダ、お前にとって幸せとはなんだ。金か、地位か、名誉か?」
「幸せ・・・。考えたこともないけど。・・・多分、好きな人と一緒にいることかな。」
そうか、そうなのだ。コイツは常に誰かを欲している。オレでも転生者でも誰でもいい訳ではない。
前はアルヴィという少女で、今はコイツに聖女が必要なんだろう。
薄情とは思わない。オレだって孤独だから、周囲に当たり散らしていたのだ。
今ではコーダがいるから普通の日常を送っていけている。
もしオレが道を踏み外す前にコーダがいたならばどうなっていたのだろうか。
いやそんなことは気にしないで良い、最近だってメイド達に恐れられる事もなくなってきた。
コーダにはこれで大きな借りができたという事だ。オレの立場ならコーダの頼みを実現出来るはずだ。
これで第二部第四章を終わります。
また2、3日、日をあけます。すみません。




