模擬戦
騎士達はアイーシャに信仰に近い敬意を払っているらしいけど、たまにあるお転婆には困っているらしい。
クインシーにアイーシャと俺との模擬戦を、なんとか受け入れてもらうのには骨が折れた。
当然、騎士から俺への圧力は強くて怪我でもさせたら覚悟しておけ、と言ったような目で見られている。
(崩壊魔法は使えないよな。治しようがないし、グレッグにも申し訳ない。やれる事といえば、普通の魔法だけか。)
普通とは言ってもノータイムで発動できるのが原始魔法なので、脅威である事には変わりない。
配布された木剣を持って練兵場の中央で向かい合って、距離をとって合図を待つ。とりあえずは、様子見だな。
「危険があればすぐに止めます。では、始め!」
その合図とともにブツブツと何かを呟くアイーシャ。魔法の詠唱だろうと、周囲に電磁場を張って待っていると、こっちに顔を上げて叫んできた。
「えらく余裕ね!先手は譲ってくれるのかしら!・・・じゃあ行くわよ!ロケットスタート!」
俺の態度が気に入らないのかケンカ腰になっている。前屈みになっているので突進だろう。
アイーシャの足元が爆発したと思えば、すでに目の前で木剣を振りかぶるアイーシャがいた。
慌てて闇魔法を盾のように展開して、咄嗟に手に持っている木剣を突き出す。剣術など習ってもいないので、アイーシャの顔をかすめるも有効打とはいかなかった。
アイーシャの先手は黒いもやで阻まれていて驚いた顔をしている。
「あなた、詠唱がいらないなんて聞いてないわよ!」
後退りしながら周囲の電磁場を強めて電撃をアイーシャの木剣へ落とす。魔法以外で勝つことは無理だ、でも大怪我させる訳にもいかない。
そんな考えが影響したのか、静電気ほどの小さな音が鳴っただけで雷魔法は不発に終わってしまった。
「逃がさないわよ!」
アイーシャはそんなことも意に介さないように距離を詰めて、刃先をこちらに向けて突きの態勢をとった。
(このまま闇魔法で剣をとって振り回せば・・・、いやそれだと腕が折れてしまうかも。・・・厄介だな。)
手に持っている木剣を力任せに振って、突き出してくる相手の剣身の横っ腹を叩く。
なんとかなったと一息ついていると、反動を使って身を翻し、上方から切りつけてきた。
このままでは危険だと直感した俺は、足元に魔力を溜めて上空へと飛び上がる。
飛び上がった瞬間、俺の足先が砂を上げながら相手の頬に軽く当たった感覚があった。
けっこうな勢いだった事もあって、距離を取りながらアイーシャの状況を見ると、こっちに怒り狂うように叫んでいる声が聞こえた。
「あんたねえ、避けているばっかりで真面目にやりなさい!剣術は全然ダメな事わかるけど、牽制の魔法とか色々あるでしょう!?せっかくの無詠唱が意味ないじゃない!」
着地しながらその言葉を聞いて、自分の弱点に気づいた。
殺さないという制限は、俺にとって重荷なんだ。
雷魔法も闇魔法も、それこそ崩壊魔法なんて、殺すつもりでしか使った事がない。
「やめよ、やめ!幸田になんか期待した私が馬鹿だったのよ。そんな体たらくで法佳を守るつもりなの!?」
その散々な言われように返す言葉もなく黙ってしまう。殺し合いなら勝っていた、というのは言い訳になるだろうか。
でもそうなればまた、犯罪者に逆戻りになるだけだ。
クインシーは俺が何故手を出さなかったか気づいていそうだけど、何も言わずにその模擬戦はアイーシャの勝利と言う事で片がついた。
◆
ホウカさんの傍へと戻って行こうとすると、アイーシャが割って入ってきた。
「あんたねえ、さっきの戦い忘れたの?あんたみたいなのが護衛だなんて、法佳が可哀想じゃない。私がいる間は、護衛するのは私よ。」
「あ、愛子ちゃん。幸田くんも頑張っていたし、私は別に気にしないよ?」
「ダメよ!こんな弱っちいの!幸田なんかじゃ女の子ひとり守りきれないのよ!」
アイーシャの一言で、悔しさからか唇を噛んでしまう。
その悔しさは、呟きとなって口から溢れ出てしまった。
「女の子ひとり、守りきれない・・・、か。」
「そうよ!だからあんたは、クインシーにでも修行つけて貰いなさい。ほら、クインシー頼むわね。」
そう言ってアイーシャは、ホウカさんを連れて屋敷に戻って行った。
隣にいたクインシーも、頭を下げているものの何も言わずにいた。
顔を上げたクインシーは俺の肩を叩いたかと思うと、はにかんだような顔で俺にこう言ってきた。
「・・・さて、飲みに行くか、コーダ君。」
◆
まだ夕方に差し掛かったくらいの時間帯、俺とクインシーは騎士舎の食堂で対面して座っていた。
クインシーは酒、俺は果実水を飲んで大した会話も無いまま座っている。
食堂は、ザワザワとうるさいほどだけど、ここだけは沈黙している。
先ほどアイーシャに惨敗した俺ではあるが、周りからの視線は冷たいわけでもなく、俺をうかがっているように感じられた。
クインシーはその重い空気を破ろうとしたのか、口を開いた。
「我々はアイーシャお嬢様にお怪我がなくて良かったという安堵感を感じている。そしてその安堵感には、君が悪人ではなかったという感情も含まれているんだ。」
「・・・俺は、自分を善人だとは思っていませんよ。」
「いや私を含め、君と敵対した経験者として言わせてもらうと、お嬢様は無謀だった。君はお嬢様を傷つけないように気を遣っているのが、我々には分かったんだ。」
そう言ったクインシーは、酒をあおってみせて俺の返答を待っていた。
そこで俺はずっと胸の内に思っていた疑問をぶつける事にした。
「じゃあ、じゃあもし、・・・俺がアイーシャ様を殺していたらどうなっていたでしょうか?」
その言葉を放った時に、周りの雑音が消えた。ただクインシーだけは、その言葉に即答した。
「その時は、この〈プレイシーア〉の騎士団総出で復讐させてもらっていたさ。」
復讐か。アルヴィを殺された怒りで、それに支配されていたけど、今ではそれを違うと言える。
「復讐は、・・・何も生みませんよ。」
「・・・成長したな、コーダ君。」
そう言ってクインシーは自分の酒の入ったコップを俺に掲げてみせた。
俺が手元にあるコップをそれに当てると、周りの沈黙が破られ歓声が上がった。
俺はまだ子供だ。この人達と酒を飲めないのが残念に思う。この歓声を恥ずかしく思いながら、俺は一口で果実水をあおるのだった。
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