いってきます
起きた時はすでに夕方で、傍にいたホウカさんもベッドに突っ伏して眠っていた。
てっきり俺が寝たあとに手を離すものだと思っていたけど、真面目な人だな。
ただ寝る前には、俺が彼女の片手だけとっていたはずが、今では逆に俺の両手を巻き込んで静かに寝息を立てていた。
起こすのも悪いので、ゆっくりと手を引き抜いて抱え上げて、改めてベッドに寝かせてあげた。
(夕食でも作るか。食材は今でも売っているはずだよな。さすがにここまで助けてくれたホウカさんに、ひもじい思いをさせる訳にはいかない。)
玄関を開けてる前に隠蔽魔法を全身にかけて、外に出ると一気に飛び上がる。
ものの数秒で露店街に到着した俺は、姿を現してから野菜や果物中心に買っていく。
久々に会う人も結構いて、俺の顔を覚えていてくれているのか挨拶される事もあった。
以前より食材の値が高くなっていて、たった2年と思っていたけど、変化があったのに驚いていた。
長く王都にいたので舌だけは肥えて、調味料などを買い足してしまったのは、もったいない事をしたと思う。
買い物を終えた俺は、すぐに家に戻って夕食の準備を始める。
どうせ簡単なのしか作れないので、スープとサラダ、あとは露店の串焼きの真似事でヒゾイという魚の香草焼きを作っておいた。
食器を2人分、机に並べたあと、寝室で寝ているホウカさんを起こしに行った。
彼女はまだ寝ていて、寝返りを打ったのか服が乱れて白い肌が見えていた。
不可抗力とはいえ寝てる女の子の肌を間近に見るのは、アルヴィに怒られてしまいそうだったので、ドキドキと鼓動を早めながら裾を直していった。
聖魔法で眩しくないくらいの灯りを宙に浮かべて、ホウカさんの肩を揺すって起こしにかかる。
「夕食が出来たよ。起きて。」
「・・・ん、んぅ〜。もう、そんな時間かぁ・・・。んぁ?こ、幸田くん!?」
俺の顔を確認するなり、ホウカさんの顔はみるみる赤くなり、何故か自分の髪や服を直している。
俺が何かいたずらでもしたのかと思っているのだろうか。まだまだ俺も信頼されていないって事か。
「夕食、作ったんだ。冷めないうちに食べようよ。」
「う、うん。すぐ行くから。」
「分かった。待っているからね。」
以前も似たような事があったので、早々と退散して部屋から出て行く。女の子には用意があるらしい事は、アルヴィと住んでいたのだからよく分かっている。
1分もしないうちに、寝室から出て来たホウカさんの顔はまだ赤く見えた。
いつもルイスにやっているような所作で、席に案内して座らせてあげる。一緒に食べないわけにもいかないので、俺も対面に座って食前の挨拶を口にする。
「いただきます。」
「幸田くん!その言葉、記憶が戻ったって事!?」
さあ食べようとした時に向かいのホウカさんが大声を上げていた。
「いや記憶は断片的にあるだけで、それにこっちに来てすぐからやっている事は忘れてないんだ。」
「そう、なんだ・・・。」
「でも前の記憶がないから分からないけど、ホウカさんと俺ってどうだったの?仲良かったのかな?」
そう言ってからスープを一口飲んでみる。意外と悪くない味でよかった。
「私と幸田くんは、その・・・。仲良かったよ。すっごく良かったの。」
「へぇ〜、そうだったんだ。こんな事言うのも変だけど、これからもよろしく。」
「うん、よろしくお願いするね。」
王城の料理とは比べ物にならないほど質素だったけど、久々に誰かと和気藹々に食べる食事は、感じる味覚以上の美味しさを感じた。
ホウカさんも俺の作った料理を食べていて、不満は無さそうな顔に安心する。
「この後はもう帰っちゃうのかな?」
「いや、実はまだ寄りたい所があって・・・。」
俺が予定している行く先を、うんうんと頷いて本当に聖女様なんだと思わされる。
そう言う俺に何の疑いもなく話を聞いてくれる目の前の彼女には、これからも頭が上がらないだろう。
◆
翌朝、椅子を並べて作った簡易ベッドから起き上がって、玄関のドアを開けて外に出る。
体をほぐしながら、家の裏手にあるヴァレリーさんとアルヴィの墓標の前まで来た。
「今日はもうこの街を出なくちゃいけない。でもたまにはこっちに帰ってくるよ。一度俺の故郷を見せるって約束もしたからね。アルヴィ、・・・いってきます。」
そう言ってから振り返ってまた歩き出す。今日も空は雲ひとつない青空で、晴れやかな朝だった。
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