自分の名前
今回も長めです。よろしくお願いします。
闇魔法で体を包みながら家に急いで戻る。俺は今までのことを振り返る。
自分の両親の話を聞いてしまった!俺を殺そうとしていたなんて!確かに俺を見て喧嘩もしていたこともあった。スキルの『毒耐性』だってそうだ。そういうことだったのか!
俺はこの両親を家族と思っていたのに!このひどい場所でもしっかりと生きて行こうと思っていたのに!
うぐぅ・・・ぅぐ。
俺はあの人たちにとっては、物々交換の材料としか見ていなかったんだ。
泣くな俺。こんなところで死んでたまるか、まだ生まれて1年ほど、絶対に生き延びてやる!
◆
夜の帳が降りる。平民街や貴族街は夜になっても明るいらしいが、スラムじゃあ夜は暗くて月の光しか明かりがない。スラムは木造建築ばかりだ、夜に火を使うことを許可していない。
ボロボロの家屋なんて簡単に燃えてしまう。しかも密集地しかないここならば大火事に発展してしまうのは想像に難くない。
ダコタは、エコーと家で自分達の子供が寝静まるのを待つ。手に持った布で口を塞ぎ音を立てないように首を絞めるだけだ。
子供の規則的な寝息が聞こえてきた。
わずかな月明かりの中、ダコタとエコーは頷き合い、意を決して子供に近寄る。手を伸ばして届く瞬間に、体が硬直してしまった。なぜなら話し掛けられたからだ。
「ぼくを、ころすの」
静かな夜、まだ舌足らずで拙いながらもはっきりと聞こえたそれが、我が子から発せられたことが一瞬分からなかった。その戸惑いは、子供の体にまとわりつく黒い影の存在も見落としてしまうほどに。少しの沈黙のあと、ダコタがその言葉を返す。
「あ、ああそうだぜ。ガキがビビらせやがって・・・。やっぱ昼間聞いていやがったな。今まで育ててやったんだ!子供は親のために死にやがれ!」
ダコタは飛びかかるも手を空振ってしまう。今まで会話していた子供が忽然と姿を消したのだ。
「どこに行きやがった。くそが!」
手当たり次第に手を伸ばすが、何処にもいない。エコーも呆けていたが周囲を見回している。
「きづいて、た。じゃまな、こと。」
どこからともなく衣擦れと声が聞こえる。前なのか後ろなのかも見当がつかない。
「でも、ころされ、るのは。
いやだ。」
「だから、じぶんで、しぬよ」
子供がそう言うと、背後から突然川に落ちた音が聞こえてきた。
「あ、あいつ飛び込みやがったのか!くっそ逃さねえぞ!」
続けてダコタも飛び込んでしまう。残されたエコーは自分の子供が、得体の知れない何かだと感じたのか小さく震えていた。
◆
俺は今、出来るだけ早足で逃げている。裸足だが構わない、怪我をしてでも今は遠くに逃げなければ。
昼間わかったことだが音は消せないみたいだったからだ。
それにたかだか1才くらいの足だ。10歩進んでも大人の1歩と大して変わらない。
ゴミ捨て用の穴から木材を落とした後、寝床に使っていた布を体に巻きながら、すぐに出口へと必死に走った。闇魔法で暗闇に溶け込めているとはいえ、俺がいないと分かればすぐに追いかけてくるはずだ!
後ろから水に飛び込んだ音が聞こえる。ダコタが飛び込んだのだろう。あんなクソ汚い川によく飛び込めると思う。
俺は息を切らせてどことも分からず、月明かりを受けて暗い暗い路地を進むのだった。
◆
ネルケルト王国のスラム〈ヴォーガ〉には名物オヤジがいた。身体も大きく、かつては平民街で冒険者を生業にしていたこともあり〈ヴォーガ〉の自警団の団長として指揮をしている。
名前はガスティマ・ジロッドという。年の頃は40後半くらいで、年齢の割にシワが多いことを気にしている。妻は冒険者時代に病気で亡くしており子供は1人、もうすでに独り立ちしている。
〈ヴォーガ〉のあるネルケルト王国は南北に長い地形をしている。北側が全体の3分の2、〈ヒルー川〉を境に南側が全体の3分の1ほどの面積を持つ。
北側は王族や貴族の住まう王都があり、そこへ続く街道は多くの商人を見かけるほどだ。
ネルケルト王国は、大陸でも最も大きい湖である〈スルガン湖〉に隣接するように発展して行った歴史がある。
王都とは少し離れて平民街があり、隣り合う〈ヴォーガ〉からの労働者も結構いて、半スラムの生活をしているものも少なくない。
南の方は、危険な王国の南端との境界線として大きな川〈ヒルー川〉が流れている。
川を挟んでいることもあって舟での行き来しか出来ないため侵入するのが難しいのだ。北端に行くにつれて煌びやかに、南端に行くにつれて退廃していく。そんな国である。
ガスティマ達自警団の面々は今から約9か月前に起こった殺人事件を調査していた。被害者はスラムの中では裕福なほうで平民街でも顔の利く商人で、賃貸業をしていたそうだ。期日になると問答無用で、金目のモノを取り立てていくようなヤツで、色んな人間から恨みを買っていたようだ。
賃貸関係で恨みがあったのだろうと、家を借りていた者たちを調査しているととある一家が浮上した。その一家は事件のあった日に急いで荷物をまとめて南側へ走って行ったそうだ。
〈ヴォーガ〉において南側は生半可な気持ちでは太刀打ちできない危うさがある。平民街と繋がっている北側と、南端の先には湖か森が広がっている危うい所では危険度が決定的に違っていた。
王国法で禁止されている、臓器売買・人身売買、奴隷を扱っている商店があるっていう噂もある。
薬と称して麻薬が横行してるなんて周知の事実とも言っていい。
南側へ逃げた以上、これ以上関わるとリスクしかないため、自警団では団員たちも納得していないようだが、捜査自体を打ち切る方向に決めた。
ガスティマ本人としては、犯罪者を白日の下に晒したいと思ってはいるが、今回は相手が悪いと強引に納得させ、もう夜が明けそうだなと考えながら帰路につくのだった。
◆
ガスティマは、家の前に何かが倒れているのを見つけた。近づいてよくよく見れば、まだ小さい1才前後の幼児だった。
所々に擦り傷がある。靴も履いていないようだ。服と呼べるものなど無く、ぼろを一枚巻いているだけのように見えた。余りにもみすぼらしく見えたのだ。行き倒れか、可哀想に。
自らも子供がいる身、無視は出来なかった。
「坊主。大丈夫か?おい、生きてっか?」
と手で軽く叩きながら起こす。するとどうだ、反応があったのだ。
「おい。大丈夫か?口がきけるか?名前は何というんだ?」
するとこの幼児は、ひどく衰弱した顔を上げ5秒くらい思案したあとに弱々しく声を発した。
「・・・コーダ。」
日常を生きていると、自分の下の名前より名字の方をよく呼ばれて、自分の名前より名字の方が馴染み深いなんて思います。
コーダもそうだったのでしょう。
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次回は登場人物紹介を挟んで、その次に第二章突入予定です。