弔い
何食わぬ顔で朝を迎えるためには寝床が必要だ。この〈ジュマード〉において、知っている寝床なんてひとつしか心当たりがない。
教会の屋根の上から冒険者ギルドの位置を確認して、近くの路地に降り立つ。
着地した衝撃でなのか、腕の中のホウカさんが、ムニャムニャと口を動かして寝返りを打とうとしている。
毛布に包んでいて動き辛そうにして、今にも起きそうだ。
ここからだと走って数分の場所だ。急いでベッドに寝かせよう。
最後の跳躍をした後、俺はかつてアルヴィとヴァレリーさんと3人で暮らしていた家に向かうのだった。
◆
玄関のドアを開けて中に入ると、懐かしい光景が広がっていた。少し鼻にツンとくる匂いもしていて、何処かで食材でも腐っていそうだった。
(あの日は、この家に戻るつもりで孤児院に向かったんだ。夕食の支度もそのままに、後でやるからとアルヴィと一緒に・・・。)
いや、感傷に浸るのは後だ。ホウカさんは以前アルヴィと一緒に寝ていたベッドに寝かせよう。
寝室に運んで、少し乱れたままになっていたベッドに寝かせて、ホウカさんに掛け布団をかけてから寝室から出て行く。
俺はまだ行くべきところへ行ってない。この家とアルヴィを託されたのに、挨拶にも謝罪にも行っていない。
何があったかを、アルヴィを守れなかった事も全て、ヴァレリーさんに話さなくてはいけない。
◆
この家の傍にある空き地に墓標がある。俺をこの家に招いてくれて、アルヴィの事を託してくれた恩人が眠っている。
俺はこの人の墓標の前に膝をつき、地面に頭を擦り付けて自分の失敗を心の底から詫びた。
「俺はっ、アルヴィを、・・・守ることが!出来ませんでした!あなたの、大事な大事な存在を、傷つけて、自分のためだけの人形のように、扱って!
絶対に、そんな事あっちゃいけなかった!アルヴィを一生大切にするって、そう言ったのに!俺は、最低な事をしてしまったんです!」
許してもらえるなんてそんな事思ってない。でもヴァレリーさんに隠すような真似はしてはいけないと思ったんだ。
「俺は、俺は!あなたやアルヴィの期待を裏切った!絶対に幸せにするって誓ったはずなのに、俺は最低な人間です!本当に・・・本当に!申し訳、ありませんでしたっ!」
俺はヴァレリーさんに謝りながら涙を流していた。俺なんかが涙を流すなんておこがましい事だけど、自分のした事に腹が立ってくるような感覚に襲われていた。
朝日が墓標を照らし、小鳥がさえずる音が聞こえてきても、俺は頭を上げる事はなかった。
◆
「幸田くん、ここにいたんだ。朝起きたら全然違うところにいるし、探してたんだよ?」
「・・・ホウカさん。・・・ここにアルヴィのお母さんがいるんだ。お母さんの傍でアルヴィを弔ってあげたいんだ。」
「うん・・・。分かったよ。準備してくる。幸田くんもお願い、ね?」
ホウカさんの足音が遠ざかっていき、次第に聞こえなくなっていった。
その時はじめて顔を上げて、ヴァレリーさんの墓標を見上げるような形になる。
陽の光に照らされた墓標はキラキラとしていて、まるで俺が何をするのか期待されているような気がした。
「すみません、隣、失礼します。」
かつてヴァレリーさんを埋葬した時のような穴を魔法で掘っていく。あの頃より早く縦穴を掘る事が出来たので少し細工を施しておいた。
アルヴィがゆっくり出来るように、台座を。そしてその台座に文字を書き込んでおく。
(コーダより愛を込めて。)
台座に容器に移したアルヴィを魔法の膜で包んで台座に乗せる。
この容器はホウカさんが用意してくれた物だ。教会の祭礼用に使う物らしく、中のものが腐る心配がないとまで言われる高価な物だそうだ。
教会には一生分の借りが出来てしまった、俺に返せるだろうか。
穴の中から空を見上げると、雲ひとつないよく晴れた景色が広がっていた。
1人で穴から出ると、白い装束を身にまとい白いヴェールをかぶった聖女様がいた。
その聖女様、もといホウカさんは、白い絨毯の上で座り俺を隣に座らせるように手招きしていた。
隣まで行って正座すると、胸の前に手を組んで、まるで祈りを捧げているかのような構えをするように教えてくれた。
ホウカさんも同様に同じ構えをすると、祝詞のような言葉を話し始めた。
「神ベリルテスの御前の下、フォミテリア・カルヴェールが申し上げます。この度、ヴァレリー、アルヴィ両名は、ここジュマードの地で天命を全うし、その生涯を終えました。神ベリルテスの御前の下で、安らかな旅立ちと罪からの赦しをご祝福ください。
光よ、この者達に神の祝福を。サルヴェーション。」
ホウカさんが魔法を唱えると、ヴァレリーさんとアルヴィのいる場所から白い光が立ち上った。
その光は、青い空へ吸い込まれるようにして一筋の糸のように見えた。
◆
光が立ち上ったあと、ヴァレリーさんとアルヴィが救われるようにと、目を閉じギュッと手を組んでいると、ふと何かが手を温かく包んでいく感覚を覚えた。
おもむろに目を開けてみると、白く光る空間の中で、俺が好きで好きでたまらなかったアルヴィが俺の手を両手で包んでいた。
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