弱い心
屋敷から教会へ戻って、外から仮眠室の窓を叩く。中にいるホウカさんに戻って来たことを伝えるためだ。
中から窓を開けてもらって、驚いたような顔をしたホウカさんが話しかけてきた。
「あれ、どうしたの?てっきり行ったものだと思ってたけど。」
「もう帰って来たんだよ。ルイスには言って来たから出発しよう。」
移動手段が徒歩か馬車の世界だし、たかが5分もしない内に行って帰って来たのが信じられないのだろう。
なんとか理解してくれたホウカさんは、パタパタと身支度をして荷物を持って外に出てきた。
昨日、暗闇の中で案内してくれたローブ姿の人も一緒だった。
今はフードをあげていて、素顔は聖女の護衛の1人、シエラだった。
「これからロンバード領に向かうよ。」
「ロンバード領・・・。でもまだ馬車の準備が出来てなくて。途中で旅支度もしないといけないから、旅程を合わせておこうよ。」
「いや多分、夜には着くと思うよ。その代わり、ホウカさん1人だけしか連れて行けないけどね。」
時間も惜しいので、かいつまんで説明する事にする。
簡単に言えば、高く飛んでショートカット出来る方法があるという感じだ。
最低限の荷物だけ選別してもらって、ホウカさんを両手で抱えあげて隠蔽魔法で保護をしていく。
俺の作業中、何故かホウカさんは俺の腕の中でずっと慌てていた。
そして手持ち無沙汰に立っているシエラにお辞儀をして、挨拶を済ます。
「すみませんが、聖女様を少し借ります。4、5日したら戻りますので。」
「ええ、くれぐれも聖女様にお怪我がないようにしてくださいね。聖女様も、あまりはしゃぎ過ぎないようによろしくお願いしますね。行ってらっしゃいませ。」
シエラに見送られて俺達は出発をする。湖に沿って王城が見える方向と反対側に向かって行く。
目印は、空からでも見えるだろう〈ヴォーガ〉とロンバード領〈ジュマード〉の境にある荒地だ。
◆
1回目の跳躍は控えめにしたので、滞空時間は1分ほどだった。魔法の保護によってほとんど風圧を感じないのがありがたい。
2回目に建物の屋根を使った辺りで、腕の中のホウカさんが質問をしてきた。
「こ、こここ、これ、どういう事なのー!飛んでるし速いし、どういう状況なの!?」
「魔法を応用して飛んでるって事だね。細かく言えば、跳ねてるになるけど。」
「訳わかんないよ!」
俺の答えを聞いて、控えめに足をバタバタさせて抗議の姿勢をみせている。
着地と跳躍の衝撃を微々たるものに抑えるようにして、会話を続けていく。
「これなら早いでしょ?でも俺はもっと飛び続けられる魔法が欲しいけど。」
「と、飛ぶ魔法はあるみたいだよ。でも魔力消費が激しくて現実的じゃないみたい。」
「そうなんだ。じゃあこの形が良いのかな。・・・ぅおっと。」
次に跳躍した辺りで、目の前に鳥が飛んできていた。危うくぶつかりそうだったけど、進路変更してくれたみたいで良かった。
当たっても隠蔽魔法の壁に阻まれて、衝撃は来ないんだけど。
鳥の出現の瞬間に、ホウカさんをぎゅっと抱え込むようにしてしまった。大丈夫だったろうか。
「ごめん、ちょっと強くしすぎたかな?」
「ひゃっ、いや、別に大丈夫大丈夫。・・・もっと強くても、いや何でもないよ。」
「・・・大丈夫ならいいけど。」
体格を見ても、まだそこまで大差がないので大人しくしてくれるならありがたいものだ。
それからは、他愛のない会話をしたり流れる風景を見ながら人気の少ない場所を選んで進んでいった。
◆
犯罪者が詰め込まれた馬車では、王都まで1ヶ月ほどかかっていた覚えがある。
それを1日で踏破しようというのだから、ぶっ続けで移動しなくてはいけない。
1人ならそうしていただろうけど、今は同行者がいる。無理は出来ない。
「けっこう遠くまで来たねえ。ここはスペンサー領で大体3分の1くらいかな。」
「そうだね。それよりもホウカさん、体は大丈夫?ずっと同じ姿勢だったから。」
「私は大丈夫!心配しないで。私より幸田くんの方が大変でしょ?お昼ご飯を食べようよ。」
俺達は2人で街を散策している。ホウカさんは自前の色変化魔法で、髪と目を黒に染めて別人のようだった。
俺に負担はかけられないという事だ。俺の魔力はほぼ無制限なのは、知られているはずなんだけど。
そして俺達の服は、子供が着ているものにしては随分と質が良い。聖女と王子の護衛なのだから、当然も当然なのだけど。
腰に提げている剣は、さすがに目立つので隠蔽しておく。
俺は上着を脱いでシャツで過ごせば良いものの、ホウカさんはそうはいかない。
隠蔽魔法で付いてきてもらって、女の子モノの服選びをしなくてはいけなかった。
まだ子供のお使い程度な反応だった事が不幸中の幸いだ。
俺はシャツの上にマントを羽織って、出来るだけ街に溶け込めるような服を買っておいた。
そんなこんなと色々とあって、家族連れが多い印象のあった飲食店に入って、俺は肉中心でホウカさんは野菜中心の食事をとった。
ホウカさんは髪と目の色を黒から元に戻すつもりはないらしく、自分の髪を触って嬉しそうにしているのが不思議だ。
子供2人なので警戒をしていたけど、変な奴に絡まれることもなく、少しその街で一服してからまた出発する事になった。
◆
夕方になる頃には、半分くらいまで来たようだった。
その街で2部屋分の宿を取って、続きはまた明日という事らしいが今は時間が惜しい。
隠蔽魔法を使って、部屋に忍び込み眠るホウカさんをベッドの毛布で包んで身支度を始める。
宿代と少し多めに毛布分という事で書き置きを置いてから、夜の暗闇に飛び出して行く。
俺が急ぐ理由はただひとつ。
ホウカさんの尽力によって、生み出された決意が揺らいでしまいそうだからだ。
時間が経てば、また今度とか次の機会にとか、そういう考えが浮かびそうなのが恐ろしいんだ。
昼は気を遣って低出力の魔力で移動していたけど、俺にはとっておきがある。
ホウカさんが寝ているのを良い事に、昼間とは大違いのスピードで移動していく。
朝日が昇りきる前には、小さく火の灯った大きな石壁のある街に到着したのだった。
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