運命の分かれ目
記憶をいじられた経験は2回目だ。1度目は温室で聖女と再会した時だった。
あの時は、今ほど大規模ではなかったけど、アルヴィを保護していた崩壊魔法に傷をつけるくらいには影響があったんだと思う。
あの時から胸の辺りが濡れていた感覚があったからだ。
そう、今俺が手にしているこれは、アルヴィだったもの。
俺が大事にしてきたアルヴィの死体。腐食しないようにしてきた崩壊魔法の不具合で、逆に腐食が進んで、あの美しかった髪も見る影が無くなっている。
全てを理解した俺は、こぼれ出たモノを出来るだけかき集める。液も骨も皮も、全てをかき集める。
「ごめん、ごめん・・・!アルヴィ!ごめんね、こんな事になってしまって・・・。」
いくら集めようとも、腕からすり抜けていってしまう。それはアルヴィに見限られたみたいに思えて、ひどく後悔してしまう。
床を這うようにして腕をかき乱している俺の視界に、ふと、ふらつく足が見えた。
「幸田くん、それ、やっぱり・・・アルヴィちゃんね。」
「うぅ・・・。アルヴィ、ごめんね・・・ごめんね。」
聖女の声が耳に入るが今はアルヴィの事しか考えられない。
自分の目から落ちる涙が、アルヴィに混ざっていく。
「幸田くん、アルヴィちゃんはもう、戻らないよ。」
その言葉は聞き捨てならなかった。今までだってずっと一緒にいたんだ。戻るとか戻らないとかじゃない。
「いやだ!俺は、諦めない!アルヴィとはずっと一緒にいるって、約束したんだ!」
自分の体から黒い魔法が流れ出るような感覚を覚えた。アルヴィ以外いらないと、思ったから崩壊魔法が発動してしまったんだろう。
その魔法は床にゆっくりと浸透していって、まるで手で水をすくい上げるようにしてアルヴィを1箇所に集めて行く。
「ははっ、アルヴィもう逃げないでね。俺から遠ざかろうとしないで。」
1回ではすくい切れなくて何回も何回も繰り返して、1箇所に貯めていく。
そんな時にアルヴィで濡れた床を、ベチャベチャと音を鳴らしながら聖女は俺のすぐ傍まで歩いてきた。
「幸田くん、もうやめてよ。そんな事をしても何にもならないの。死者は生き返らないの。」
そう言いながら俺と目線を合わせるようにして、いまだ濡れている床に膝をついて話しかけてきた。
悲しそうな聖女の目をを見て、魔法を止めてしまう。
「・・・生き返らなくてもいい。俺はずっとアルヴィの隣にいるって、・・・そう約束、したんだから。」
「・・・そう。でもね、こんな事アルヴィちゃんも望んでなんかいないと思うの。もっとゆっくり、幸田くんを見守りたかったと思うよ。」
聖女はそう言った後、俺の頭ごと自分の体で覆って優しく抱きしめてくれた。
その柔らかな感触に、今までアルヴィの事で考えないようにしていた事がこぼれ出てしまう。
「ぅあ・・・、アルヴィは俺のこと、嫌いになってしまったかな・・・。軽蔑してしまったかな・・・。」
「そんな事ないと思う。アルヴィちゃんをすぐ傍で守ってきたのは、他の誰でもない幸田くんだよ。嫌いになんてならないよ。」
柔らかな温もりを感じる聖女を涙で濡らしてしまう。
この温かさはアルヴィには無い。俺はずっと温もりに飢えていたのかもしれない。
「アルヴィちゃんを、・・・ゆっくり寝かせてあげようと思うの。どうかな?」
その一言にグッと心を揺り動かされた。それは俺がアルヴィと一生会えなくなる事を意味していた。
でも、そうなんだと思う。それが正しい事なんだと思う。
アルヴィだって、ヴァレリーさんが死んだ事を乗り越えたんだ。
俺だって出来るはずなんだ。今までずっと目を背けてきて、アルヴィだけに執着して、他人から一歩引いたような生き方をしてきた。
俺はここで決意をしなければ、それこそ本当にアルヴィに嫌われてしまうだろう。
「分かった。俺はアルヴィを・・・弔う。アルヴィが死んだ事をしっかり受け入れるよ。」
「・・・良かった。じゃあ明日、この教会でお葬式をしよう。」
「いや、・・・ここじゃない。」
俺は聖女の腕の中で聞こえた言葉を否定する。
聖女が俺を抱きしめている腕を持って、聖女と目線が合うように体を起こし、はっきりと言葉を告げる。
「アルヴィをお母さんの隣に埋葬してあげたい。だから、明日、ホウカさんも一緒に来て欲しい。」
「うん、幸田くんがそうしたいなら、そうしよう。」
「ありがとう。」
頷いて笑顔を向けてくれる聖女に、涙を拭いて感謝の言葉を伝える。
そして俺はいまだ光り続ける空間の中、目の前のホウカさんの温かさを感じていた。
(ごめんねアルヴィ。こんな不甲斐ない男で嫌いになったかも知れない。これから俺を見守ってて欲しい。でも俺はアルヴィの事がずっとずっと好きだから。)
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