幸田くんに会いたい私
今回も聖女視点です。
〈ヴォーガ〉見学からその日のうちに、逃げるようにロンバード領へ出発した私達は、ロンバード領の宿で疲れた体を癒やしていた。
少し遅い時間になってしまったけど、あの場所で一夜を過ごす緊張感に比べれば、薄暗い街道をひた走る方がマシだった。
「シエラ、私は勘違いしてた。色んな所で聖女なんて持て囃されて良い気分になっていたけど、私が本当に救うべきものはあそこだったんじゃないのかな。」
「・・・フォミテリア様、あの場所は社会から振り落とされた弱者が集まる街です。王国は存在を黙認をしていますが、公表はしていません。あそこはこの国にとって、秘匿するべき場所なのです。」
「だからって誰も彼も見ないフリをして平穏に過ごす訳には・・・。」
「そうするのです。あそこはそうやって維持されてきています。あの者達を全て救えないのなら、我々は干渉するべきではありません。聖女様、どうかご理解を。」
納得はできる理屈なんだけど、後味が悪い。もし私が当事者だったら、私みたいなのは偽善者なんだって思われちゃうのかな。
あの時、彼が怒っていたのはこう言う事だったのかな。
◆
時は流れて2年後、私はネルケルト王国の国王陛下に謁見を許されている。
巡礼による救済と第二王子と同い年ということが、今回の謁見に繋がったそうだ。
国王ロイエルは、私に対してこう伝えてきた。
「我が子、シータイトと懇意にしてくれないか。」
そうこれは縁談、しかも国王自らが直々に。
断れるわけなんてないし、そもそも逃げ場なんて用意されてない。
私は恭しく頭を下げて、その頼みを受け入れた。
場所は変わって、私は王城に用意された私室でシエラに愚痴をこぼしていた。
第二王子と顔合わせがあるようで、着替えをさせられているところだ。
「はぁ〜、なんでこうなっちゃったんだろ。彼も見つけていないのに。」
「まぁまぁ、フォミテリア様。王国にとっても我が教会にとっても、この両者の繋がりが深くなることは喜ばしい事です。一度だけでもシータイト殿下と会われては?」
その言葉にどっと疲れが押し寄せてくる。王子なんて地位の人とどうやっても釣り合う自信がない。
そもそも貴族でもないのに、王城で好待遇を受けている時点でおかしいんだ。
「それにシータイト殿下は大変に才気あふれる御仁だとか。継承位さえ高ければこの国は、もっと発展していたとまで言われていますよ。」
第二王子だけど優秀なんて、第一王子に同情してしまう。常に比べられて、たまったものではないだろうし。
噂では、第一王子の最近の素行が良くなってきて見直されてる風潮にあるとか。
あくまでも最底辺からだけど。
「ではこの後のお顔合わせもお受けしますね。ああ、あと本日は第一王子様にも婚約者が訪問なさっている様子で、そちらともご挨拶があるかも知れませんよ。」
「はぁ〜い。なんとか頑張ってみるね・・・。」
私は着慣れないドレスを、着させられながらため息をついた。
ドレスの裾を踏んでしまうんじゃないかと、怖々としながら応接間へと歩いて行く。
オシャレ出来るのは嬉しいけど、そんな事気にしている暇はない。
王城のメイドさんに応接間の扉を開けてもらって、中に入って扉が閉まるのを見計らって付け焼き刃のカーテシーで挨拶をした。
「アノルサクロ教会、カルヴェール枢機卿の娘、フォミテリアです。本日はお招き頂きまして誠に感謝いたします。」
「そうか。どうぞゆっくりして行ってよ。楽にして良いからね、聖女様?」
会釈を戻した後に見えた顔は、値踏みするような笑顔の薄銀色の少年だった。
「聖女様などとっ!恐れ多いです!」
「はははっ、まぁ座りなよ、長旅で疲れているだろう?」
着席を促されて、部屋に控えていたメイドさんに椅子を引いてもらって腰をかける。
目の前には綺麗な顔をした少年、シータイト殿下がいる。
「あ、あの。私は聖女などとは呼ばれていますが、所詮は平民でございましてっ。殿下とご一緒出来る事を光栄に思いますっ。」
「まぁ、落ち着いてよ。お菓子とかお茶もあるからさ。ゆっくり話そうよ。」
そうシータイト殿下がそう言うと、机の上にティーセットが並べられていく。
(だ、大丈夫よ。こういう時慌てて粗相をしちゃうのが王道。いくら第二王子とは言っても王族は王族だし慎重に。)
しばらくしてメイドさんが下がって、また私と第二王子が相対する形に戻る。
ドクドクと心臓が脈打って、冷や汗だけが流れる。
「じゃあフォミテリア、君の事を知りたいな。僕に教えてくれるかな?」
「はいっ!ま、まずは私がなぜこの国を回ることになったかを、お話しします。」
それからは当たり障りのないような事を並べて、解けることのない緊張を顔全面に出しながら、ロボットのように解説し続けていく。
(はぁ、婚約者なんて、もっと気楽に喋れる男の子だったら良いのに。こんな息の詰まる空間に、一生を使ってしまうなんて嫌になる。)
目の前のシータイト殿下は、時折、紅茶を口に含んだり相槌を打ったりしてくれている。
それがどうにも嘘くさくて、演技じみた仕草で私の話を聞いてくれている。
私の話が一段落した時、パンッと手を叩いたシータイト殿下が席を立って、ちらりと窓の方を見た。
「フォミテリア、外に出ませんか。ずっとお話を聞いていたいのですが、見せたいものがあるんです。ここの自慢でね。温室があるんですよ。」
「っは、い。ご一緒いたします。メイドさん、私の護衛にも伝えてもらえますか?」
私の言葉を聞いて頭を下げたメイドさんが部屋から出て行った。
私は固くなった体を、気付かれないようにほぐしながら、席を立つ。
恐れ多くもシータイト殿下に椅子を引いてもらって、心の奥までも強張ってしまった。
ギチギチと嫌な音が鳴ってそうな所作で、シータイト殿下の後を追う。
いつまでも解れない緊張に嫌気が差してしまうのだった。
◆
そして私はこの先で運命の出会いを果たす事になる。あの孤児院で、一目見た時から忘れられないあの金色の目をした少年。
今では自信を持って彼の正体が分かる。私を救ってくれて、そして私の心に現実を突きつけてくれた存在。
幸田くん。貴方がいたから私があるの。もう私を置いていかないで。
これで第二部第二章は終わります。
また3日ほどあけます。すみません。




