心労 【月夜譚No.47】
面倒なことになった。目の前の惨状に、彼は頭を抱えた。
借りた宿屋の一部屋はツインにしては狭く、簡素なベッドが二台に低い丸テーブルが一つ、脆そうな細い脚の椅子が二脚という少ない家具だけでほぼ床が埋まる。そのなんとか足を踏み入れられる数少ないスペースに、今は引き裂かれたベッドの布地や枕の羽、隅に放っておいた荷物の中身がものの見事に散乱していた。
部屋に入った瞬間は、泥棒にでも入られたのかと焦った。しかし、すぐにそうではないと判明する。唯一綺麗に何もないテーブルの上に、掌大ほどの小さな猿が鎮座していたのである。
数日前、大道芸団のテントの前で団員に鞭打たれていた猿だ。どうやら中々芸を覚えない問題猿だったらしく、そのまま見捨てるのも男の名折れと引き取ったのだ。生まれた時から大道芸団の中で暮らしていたというから野生に放せば数日と待たずに死んでしまうだろう。だから、この旅に同行させることにしたのだ。
しかし、こんな悪質な悪戯をするとは思ってもみなかった。今思えば、交渉した団員が馬鹿にしたような笑みを浮かべていたのはこういうことだったのかもしれない。
彼は大きく溜息を吐いて、後ろ手に閉めた扉に体重をかけた。荷物の中から探し出したのだろう、木の実を両手に持って我関せずといった様子で齧っている猿を恨めし気に見遣る。
こんな状態を、猿を引き取ることに反対していた連れに見られたら厄介だ。何処から手を付けるべきか。彼は再び息を吐き出して項垂れた。