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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エターナル・スピリット

作者: 影熊猫

 朝日が東の空から差し込み、一日の始まりを告げる。

 荘厳な山々に囲まれた小さな湖は絶え間なく湧き続ける雪解け水のお陰で、

 湖面から底の砂利まで視認する事が出来る。

 言い伝えによると昔ここには水の女神が住んでいたとかいないとか

 朝霧が立ち込める湖の湖面には軽やかに飛び跳ねる白い妖精の様な影がみえる。


 水の透明度が高く境が分からない湖面に立つ人影が

 自然と対話をするように白銀に光る長剣を振るい、舞い踊っている。


 湖畔にはその光景を見守る山の住民達が静かに見入っていた。


 そんな静寂を引き裂くように甲高い声が山々に木魂する。


「おーーーい! たけるーーー! 飯はまだかぁーーー!」


 栗色のオカッパ頭の少女は湖の真ん中にいる人影に向かってそう叫ぶと

 森の住民達は蜘蛛の子を散らしたように森の中へ帰って行ってしまった・・・。


「おいっ! エアリス! 少しは辛抱出来ないのか? そんなに腹が減っているのなら自分で勝手に作って食っとけよ!」

 先程まで目を閉じ自然と一体化して心が澄み渡っていたところに平穏をぶち壊された少年はうんざりしたようにそう返すがこれはいつものルーティーンなのだ。

 そのあと、湖面に大きな波紋を残し湖畔にいる少女の元へと駆け寄り、互いに挨拶代わりの剣舞を行うと最後は武尊が地面に叩き伏せられて一段落する。


「ふっふっふー小僧! まだまだ鍛錬が足らんようじゃな」


「一人でもキツイのに4人はズルいって、詐欺だと何回言えば良いんだ?」


 地面に大の字になり、小柄な少女をジト目をしながら文句をつける

 普段ならここで「これも鍛錬の内」と言って、まともに取り合う事はしてくれないのだが、その日の彼女は違う雰囲気を纏い、寂し気にこう言った。


「もう、私が私でいられる時間が少ないの・・・」


「そうか・・・エアリス忌憚のない意見を教えて欲しい。俺はルーンになれそうか?」

 少年の深い黒色の双眼が迷いなく一点を見つめ少女に問う。


「正直に言うわ。貴方は確かに才能はあるけれどもピークを迎えるのは早くてあと3年はかかるわ。残念だけど今回のルーンの試練には間に合いそうもないわね・・・」


「残されている時間は?」


「私がここにいられるのは長くてあと一週間ってところね」


「一週間・・・エアリス? 今回選ばれたのは俺を含めて4人だっけ?」


「そうね。追い打ちをかけるようだけど、今の所、貴方は最下位よ」


「エアリスからもらったこの指輪は一度だけ行使出来るんだよな?」


「それは器が完成した者が次の段階に進むための試練なのよ? 指輪にその能力を十全に溜め込むとそこにはめ込まれている宝石が黄金色に輝くのだけど武尊にはまだ早いわ」


「君がそう言うのだからきっとそうなんだろう。けど俺には今君といるこの時間が何よりも尊いんだ。君が他の誰かに奪われるくらいならこの命なんて惜しくわないさ」


「武尊・・・けど貴方が今の状態から力を付けようにも、無理な成長はその未完成の身体(うつわ)が壊れてしまうわ」


「可能性がゼロではないなら俺はそれに賭けたい」


「嘘! ダメよ! 限りなくゼロに近い可能性なんて、不可能という事なのよ?」


「探索者は挑戦者の権利の行使を止める権限はなかった筈だが?」


「ーーくっ! 武尊? 私は貴方と共に過ごしたこの時間は私にとっても大切な宝物なのよ? それをそんな一方的に押し込めるなんて酷いわ」


「エアリス愛してる。俺を信じてくれ・・・」 


 湖面に反射した朝日が一つに重なった影を優しく包み込む。





 ◇◇◇






 霊峰ヤルックここを修行の場所に選んだのにはいくつかの理由があるが最大の要因は人々から最悪の厄災と恐れられている竜王。黒龍【リンドブルム】の生息地であったからだ。


 その巨体は翼を広げると小さな島なら覆いつくす程の影が出来るほどで、黒龍が羽ばたけば幾つものトルネードが巻き上がり、怒りの咆哮は宙の彼方まで届くと言われている。

 歴史が記録として残されるようになってから、世界最強の座に君臨し続けている。

 この年は丁度節目の年で1億年が経過していた。


 山頂まで辿り着くと武尊は指輪を付けている右手を天に掲げて高らかに宣言する。


「我武尊は挑戦者なり、世界最強の王の中の王【リンドブルム】よ!! その命もらい受けにきた!!」


 すると宝石が黄金色に光だし霧散する。消えた指輪と入れ替わる様に、周囲一帯を埋め尽くす程の巨大で濃密な漆黒のオーラが顕現した。


「武尊? これは致命的だわ、こんな巨大なオーラなんてこの星そのものじゃない!!」

 大きな天色の目を見開きその凶悪なオーラに驚きを隠せない様子のエアリス。


 武尊は余りにも巨大すぎるオーラに驚きと戸惑いを隠せず狼狽してしまう。

「エアリス、今までありがとう。俺の分まで幸せになってくれよな・・・」

 一点に集まったオーラが更なる光を放った所で死を間近に感じ、遺言染みた言葉を残す武尊にエアリスは返す余裕もなくその変化を凝視している・・・。


 最後に大きな音と共に伝説の巨体が二人の前に姿を現した・・・が?


 確かに巨大な黒龍の幻影は見えるが肝心の本体は生まれたばかりの小鹿のように4本足をガクガクと震わせなんとか立ち上がろうとしていた・・・。


「エアリス? 状況がいまいち良く分からないんだが?」


「ーーっ!! もしかして一億年周期で幼生体に魂を移した直後なのかも知れません!!」


「えっ? あの足をプルプルさせているあれか?」


 【愚かな人間どもよ、よもや幼生体へと転生した直後のこのタイミングで命を狙ってくるとは、恥を知れ!恥を!!】


 黒龍の幻影が怒りの怒気を腹ませた言霊を直接魂へとぶつけてくるが、ただそれだけであった・・・。


「世界最強の龍王よ、まさか転生した直後とは知らなかったんだ、けどこの命を懸けて貴方へ挑戦しようとした事は事実です。ならばその対価を貰っても文句はありますまい?」


 【いやっ! 文句しかねぇよ! せめてあと五分でいいから待ってくれ! そうすれば百分の一は力が使えるようになるから・・・】

 黒龍の幻影が最初の威厳の欠片もなく泣き顔で土下座を敢行するが・・・。


「ほう・・・ならば死ね!!」

 武尊はその言葉と行動に逆に恐怖を覚え躊躇なく転生体の幼生の首を斬り飛ばすと、幼生体は霧散してその全エネルギーが武尊の体内へと注ぎ込まれる・・・。


「勝った! 俺は世界最強を正々堂々と正面から打ち取ったぞー!!っがっ!!があぁぁぁぁぁぁああぁ!!」


 武尊は確かに幼生体の首を跳ね飛ばした、その直後に力の吸収が始まった所で高らかに勝利宣言のガッツポーズを天に向けて突き上げる。その瞬間突き上げた右手の皮膚が無数に切り裂け光が内から漏れ出したと同時に全身へと巡っていく。あまりの激痛にその場に立ったまま意識を失うが

 更に異様な音が外に漏れ出すと全身の骨が砕け、その場で崩れ落ちるように倒れてしまう。


「きゃぁああぁぁぁ!!武尊さん! くっ!!こうなったらアレしかない!!」

 エアリスは武尊に起こった現象を瞬時に理解しその場で行える延命措置と最適解を行使する為に目を閉じ祈りながら言葉を紡ぐ。


「聖女エアリスの名において命じます天界の長達よ荒ぶる魂を我の魂を代償に封印したまえ!!」


 『エターナル・スピリット』


 エアリスの一部である分身体の体が膨大な光と共に霧散して武尊へ吸い込まれると嘘のように傷口は塞がったが極端な成長の後遺症の為か体躯は大きく成長しや綺麗な黒髪から色が抜け落ちたように銀髪へと変化した。





 ◇◇◇





 (なんか真っ暗だな・・・俺は確か黒龍の幼生の首を切り落として・・・あれっ?そのあとどうしたんだっけ?ーーんっ?)

 暗がりの中に光る一点の輝きに向かって加速を使って近寄るとそこにはエアリスが倒れ込んでいたので傍まで駆け寄ろうとするが、良く目を凝らして見るとその奥には金色の鎖に雁字搦めにされた800メートルはあろうかという程の黒い巨体がうごめいていた・・・。

 ※2枚の翼を広げるとその大きさは2キロ程になる。


「グガアアアアーーーー!! 何じゃこの忌々しい鎖は!! このクソ女!! さっさとこの鎖をほどかんか!!我はあのクソ餓鬼を一刻も早く食らいつくさねばこの気が収まらんのだ!!」


「おいおい物騒な事言ってんじゃねぇよ。アレはインチキなしの正々堂々のガチンコ勝負の結果だろうが!!一億年も生きてきて勝者の道理を知らぬわけでもないだろうに!!女々しいぞこの駄龍が!!」

 鎖がほどけないと分かると一気に強気になるガラスの心を持つ男。


「小僧ぉぉぉぉ!! 何が正々堂々じゃ! あんなもんはインチキじゃ! さっさとこの女を叩き起こしてお前を食らわせろ!!」

 一瞬オーラ的な何かに怯んだがそれも黄金色の鎖のお陰で封印されている事が確認されると更に強気になる。


「何眠たい事言ってんだこの耄碌爺が!! 勝者の俺がここでお前を見下しそして敗者のお前が拘束されるこれが自然の摂理と言わずに何と言う!!」


「このクソ餓鬼がぁぁぁ!! たかが数年生を受けた矮小なる存在が数億年の悠久の時を生きるこのリンドブルム様に向かって不遜な物言いをしおってからに、貴様には未来永劫まで続く痛みと恐怖を与えてやるぞ!!」


「黒龍リンドブルム様、どうかお怒りをお沈め下さいませ・・・武尊さんも此方にきて、地面額を叩きつけてお詫びなさい」


 黒龍と白熱した舌戦を繰り広げていると、いつの間にか起きていたエアリスが武尊にダメ出しをする。

 基本、誰のいう事も聞かない武尊だが彼女は別格だ。


「ごめんよエアリス、ちょっと怖すぎて逆に強くモノを言う事でしか精神を安定させることが出来なかったんだ・・・」


「ぐわっはっはっはー! そこな女は我の事を良く理解しておるではないか? ほれこのクソ餓鬼めっ!さっさと額をかち割ってそのまま死ね!!ーーグッガァァァアアアァ!!」

 勝ち誇った黒龍の黄金色の鎖が音を立てて締め上げていく。


「世界最高の力と英知の結晶とは思えぬ汚いお言葉と考え方ですねーーガッカリです。余り私を失望させないでくださいませ」


「グッガッ! コノ! ギャァアァァァ!! スマン!! スマンカッタ!!」


「分かって頂いたようで何よりですわ。武尊さんも私にでは無くて黒龍リンドブルム様にちゃんとお詫びなさい」


「調子に乗ってすいませんでしたーーー!!」

 覚悟を決めた武尊はこれ以上ないくらいの綺麗な土下座を遂行するが


「誤って竜王の命を取った愚行が許されると思ったのか?このクソ餓鬼がぁ!!」


「えっ? いや、その確かに幼生体の貴方を殺したのは私ですがその事自体は謝るつもりはありません!! 最初に貴方の巨大で絶望的な力の差を感じた私は一度死を身近に体験しましたから、例え0.0001%の確率で勝てたラッキー勝利だとしても運も実力の内でしょう?」


「グッ! --運も勝負の内なのは理解しておるけど、せめて五分待てなかったのか?」


「いや、だって五分待ったら逆に私が殺されてましたから・・・」


「武尊さん、それに黒龍リンドブルム様、今回の勝負は引き分けですよ? 武尊さんは私が居なければ死んでいましたからね」

 分かってますか?と厳しい視線を武尊へと向ける。


 その言葉に大きくフンッ!と鼻を鳴らし口元を緩めた黒龍がエアリスの言葉を引き継ぎぶつぶつと呟いているが声が小さくて聞こえない・・・。


「二人ともお互いに殺し合ったのですからオアイコです。これ以上の恨み事は無しにして下さい」

 黒龍がその言葉に鋭く反発しようとした素振りを見せた瞬間に鎖が擦れる音が聞こえ口ごもるに留まった。


「おやっ? 返事が聞こえませんね? もう一度強くお願いしましょうか?」


「「はいっ!! 分かりました!!」」

 二人同時にこれ以上ないくらい元気よく返事をする。


「ふふっ、よろしい。では今の状態を説明すると黒龍さんは武尊さんの中に封印されている状態です。その封印に私が少し細工を致しました。武尊さんが死ねば黒龍様の封印は次元の彼方へと飛ばされます。なので黒龍様はちゃんと武尊さんに協力をしないと永遠に暗い宇宙の中で拘束されて過ごすという不名誉な未来が待っています。分かりましたか?」


「小僧は我が食い殺すんじゃ!他の者にやるなど考えられぬし、仮にもこの我を倒した男をむざむざ殺させる訳にもいかんわい!」


「えぇ、今はそれで十分です。流石英知の王。理解が早くて助かりますわ」


「武尊さんは当初の目的を遂行する必要はもうありません」


「えっ? 何で?」


「黒龍リンドブルム様の力を封印する為に私の魂と武尊さんの魂を同化させましたから一生お傍にいますから、ルーンになる必要はないでしょう。・・・あっ! 私浮気者は嫌いですから、浮気はしないと約束して下さいますか?」


「俺が浮気をするって?そんな事はありえないよ?」


「相手側から来ても頑として断って下さいね。私こう見えて嫉妬深いんですよ、ふふっ。・・・もし武尊さんが私以外の女に気を許したらその時は殺しますからね・・・」

 平坦な張り付いた笑顔で最後まで言い切るエアリスに恐怖を覚える武尊であった。


「あっ! それとこの世界に私が二人いる事になりますので、新しく名前を頂きたいです」


「さっき魂と同化したって言ってたのはそう言う事だったんだねーー名前かぁ・・・アリスはどうかな?」


「まさか「エ」をとっただけとか言いませんよね?」


「最初にあった時から実は心の中ではアリスって呼んでいたんだよ。4文字より3文字の方がしっくりくるだろう?」


「まぁ良しとしましょう。私達3人は運命共同体です。お互いに至らぬ点もあると思いますが3人揃えば何とかと古来より申しますしね。不束者ですが今日から宜しくお願いしますね、旦那様とリンドブルム様」

 拒否できる内容ではないので二人もその言葉に同意を示す。

 すると武尊とアリスと黒龍の体が目が開けられない程の夥しい光量を発し暗闇の世界がひび割れ崩壊した。





 ◇◇◇





 ルーンナイト=光の騎士。世界にただ一人。唯一無二の称号を手に入れる事ができる。先代のルーンナイトが死去してから、次代のルーンナイトを決めるべく、聖女エアリスは自身の分身体を世界各地に放ち才能のある少年少女を見つけ出し、可能性の卵であるギフトを授け、意思のあるものに力の使い方を1年に渡って伝授する。その後聖都イリスの剣舞会にて選出された人物同士のバトルロイヤルが行われ最後まで残った一名が次代のルーンナイトの称号と聖女との婚姻が認められるのだ。  


 ギフトの内容は個人の資質によるところが大きくその能力も様々だが、中には五大属性全ての適性を持つ離れ人も稀に生まれる事がある。


 そんな中武尊が得たギフトは加速。

 魔法の属性は無属性のみで通常であれば無属性は五大属性の中に入らない程不遇待遇されているのがこの世界の常識であった。


 元々伯爵家の長男として生まれたが、5歳の鑑定の際に無属性が判明し追放された経歴をもつ武尊は自身の可能性に否定的であったが昨年森の中で出会った可愛らしい少女は武尊の力が欲しいと言ってくれた。誰かに必要とされる事等経験した事のなかった武尊は心底喜び日々新たに得た能力の研鑽に努めていたのだが、今朝になって来るべき時が来たようだ・・・と腹を括ったが結果として杞憂に終わる。





 ◇◇◇





 漆黒の世界が崩壊し元の山頂へと戻るとそこには唖然とする3人がいた。


「アリスだよな? 姿が変わってるよ?」

 アリスは栗毛のオカッパ頭から艶のある黒いストレート髪が腰先まで伸び、水色の瞳の色が黒龍と同じアンバーへと変化していた・・・。


「そういう旦那様こそ、背も高くなって髪も元の黒髪に戻りましたね」

 些か長すぎる気もしますが・・・それにその黄金色の瞳も神々しさが加わって素敵ですよと微笑んでいる。

「それと・・・貴方は誰ですか?」

 武尊が質問したのはセミロング程の長さの黒髪を逆立て、引き締まった漆黒の体躯の身長160センチ程の目つきの鋭い小柄な少年が全裸で佇んでいた。

「ほう・・・我の顔を忘れてしまったのか?」

 キラリと黄金色の目を光らせ口元を緩めると、漆黒のオーラを身に纏い武尊の右頬を全力で殴り飛ばす。すると殴った本人も右頬に突如衝撃を受けて、そのまま互いに吹っ飛んでいく・・・。


「いってぇーー! 急になにしやがんだ!このクソ餓鬼!!」


「それはこっちのセリフじゃー! 人のセリフをパクリおってからに!!」

 互いに吹っ飛んでいる途中で体勢を整えると武尊は白いオーラを身に纏い加速する。

 対する黒龍も再び武尊へと突っ込んでいき、二人同時に互いの頬をクロスカウンターの形で殴りつけると今度は両頬が殴られた形となりその場に膝から崩れ落ちた・・・。


「あらあら、随分とやんちゃな方達ですね、ふふっ・・・」


「おいっ女! これは一体どういう事じゃ!!」

 小柄な少年が元気よく飛び起きるとアリスを指さし切れ長の黒い目で睨みつける。

「説明して欲しいのはこちらの方ですよ? 私もこの禁術を使った事等ありませんもの・・・」

「アリス? まさかと思うけど・・・」

「えぇどうやらそのまさかの事態のようですね・・・」

「嘘じゃーーーー!! これでは小僧が食えんではないかーーー!!」

 すると何処からか出現した黄金色の鎖が怒髪天を衝く黒髪の少年を締め上げる。

「「ぐっっぎゃーーーー!!」」

 何故か武尊も同時に苦しみだしその場に倒れ伏す・・・。



 それから暫くの間、意気消沈していた二人に構わずマイペースなアリスが話始める。

「旦那様? 私お腹が空きました・・・」  


「・・・」

 流石にそのセリフは今じゃないだろと思いながらも今朝から怒涛の時間を過ごしてきたので一旦落ち着く為にも、取り敢えずご飯にする事にした。

「リンドブルムさんはどのくらいの量を食べるんだ?」

「長い・・・」

「はっ? 長いって何が?」

「我の名前じゃよ、リンドでもブルムでも何とでも呼ぶがよいわ・・・」

 流石に今の状況を整理した黒龍は観念したように下を向きながら友好をしめす。

「まぁ、それなら黒ちゃんね。宜しくね黒ちゃん!」

「ーーっ! クロちゃん・・・まぁ良いわ、今更名前などに誇示しても何の説得力もないからのぉ・・・」

 かなり衝撃的だったのか全身を身震いさせ目を見開いた黒龍だが、何かを達観したかのような遠い眼差しをするとその名前を受け入れた。


「そうか・・・俺は武尊っていうんだ、よろしくな黒・・・」

 取り敢えずは自分からという事で挨拶をする武尊。武尊の身長は190センチ程の長身で160センチの黒を上から見下ろす形に違和感しかない黒はいじけて地面にのの字を書きだした・・・。

「何で、小僧が我よりも背が高くなっとるんじゃ・・・これじゃあ我が小僧ではないか!!」

 男たるもの背には拘りがあるようだが、どうすることも出来ないので、見守るしかない。


「その体躯なら、食事の量は一緒でいいのか?」

「いいやっ、我はこの胃袋がはち切れる寸でのところまで食すぞ! そして貴様の身長をおいこすのじゃ!!」


「おい!黒っ! いい加減その貴様とか小僧とか止めないか? 俺たちは不本意ながらも一心同体になったのだからな・・・」


「・・・うわぁぁぁぁぁーーー」

 黒はその現実を受け入れたくないが為に口には出さなかったのだが、武尊に止めを刺され泣きながら明後日の方向へと駆け出して行ってしまった。


「まぁ今の所一番ダメージがデカいのはあいつだからな・・・暫くはそっとしておくかな・・・」



 ◇◇◇



 アリスから貰ったアイテムボックスの腕輪からレンガ造りの簡易コンロと調理器具を取り出し、一週間程前に仕留めた2本の角を生やした草食動物のワイルドカウの15キロ程あるTボーンを1本取り出し、薪にアリスの火魔法で火をくべて遠火の強火で焼いていく。

 山菜などは軽くボイルして準備、卵が食べたいとのリクエストがあったので、オムレツを3つ準備する。輪切りにカットしてある下処理済のワイルドカウの尻尾の部分を軽く炙ってから大きな鍋へと放り込み、そこに湖の水を大量に入れ出汁を取っていく。

「アリス? あまりくどいのは好きじゃないだろ?」

「少しくらいなら頂くわ」

「そうか・・・それなら・・・よしっ」

 30分程じっくりと焼き上げ、状態を確認すると中はまだブルーレアだったので、5センチ幅にカットして、更に表面を香ばしくなるまで焼き上げる。その横でスープ鍋に山菜等を放り込み、塩・胡椒で味を調える。


「よしっ! 出来たぞー!」

 大きな木皿にこれでもかと主張するステーキ肉がデンと鎮座しておりその横に可愛らしくオムレツがちょこんと盛ってある。

 仕上げに乾燥させた香草ソルトを少量まぶして完成した。


「うっわぁー! 本当に旦那様の料理は香りと見た目が最高よね!!」

「ありがとうアリス。いつもあり合わせで申し訳ないね。それでも君の笑顔が見たいがために精一杯の愛情を込めて作ったよ・・・」

「武尊さん・・・」

「アリス・・・」

 二人が抱き合いイチャイチャしていると、遠くの方から大きな叫び声とともに黒が走ってやって来た。


「なんじゃーーーー!!滅茶苦茶いい匂いがするぞーーーー!!!」

 大きく目を見開きながら、下には黒のワイドパンツを、靴は革靴のゴツイ物を履いている。上半身はほぼ裸で半そでの黒革のベストを後ろに靡かせながらやって来た。


「黒そんなにがっつかなくても、この量の10倍は用意してあるから安心してゆっくりと食べてくれ」

「まぁ黒ちゃんったら、私と同じで食いしん坊さんなのね」

「我にも良く分からないがこの体のせいなのか、この香りが脳みそを鷲掴みにしておるのじゃ! 早く食べたい! もう食べてもええのか?」

「ちゃんと手は清潔か? それじゃあ手を合わせて下さい」


「はいっ合わせました」


「頂きます」


「「頂きます!!」」


 黒は武尊とアリスの意味不明なやり取りを眺めたあと、頂きますの号令に合わせて、両手を合わせ声をあげる。

 すると真っ先に香草ソルトがかかった2キロ程もある大きなTボーンステーキを手で鷲掴みにして、大きく口をあけかぶりつくと、口いっぱいになった肉の塊を咀嚼する。中から肉汁の旨味があふれ出すと肉と肉汁そして香草ソルトが一体化して幸せが口の中から全身へと駆け巡っていく、余りもの美味しさに右手にTボーンステーキを持ったまま、突然立ち上がり、明後日の方向へ駆け出していってしまった・・・。


「黒は一体何がしたいんだ?ーーうん良く出来てるね」

 武尊はナイフとフォークを使い一口サイズに切り分けた肉を口に運びその仕上がりを確認する。


「旦那様、私貴方と一緒になれて幸せだわーーこんなに美味しいものが毎日食べられるんですもの」

 小さく切り分けた肉の上に同じ大きさに切り分けたオムレツをのせそれを咀嚼しながら口元を布で隠しながら感想をもらすアリス。


 すると遠くから黒が骨だけとなった物をぶんぶんと振り回し叫びながら戻ってきた。

「武尊ーーー!! 肉がなくなってしまったぞーーー!!」


「黒さん? 少し落ち着きましょうか? あとどの位食べられそう?」

「それがな、思ったよりもお腹が膨れてしまったのじゃ、前の体なら、あの千倍は軽く行けたんじゃが今はもうお腹いっぱいじゃ・・・まだ食べたいのに胃が小さくなってしまったせいでもう食べられんのじゃ・・・こんなに悲しいことはない!!」

「あれ1個で2キロはあったからね、普通の人の5倍は食ってるからね。悲しまなくても十分大食いだよ」


「また、あれが食べたいぞ!!」

「分かったよ、折角オムレツとスープも作ったんだからこれもちゃんと食べてよね」

「ん?スープ? オムレツ? なんじゃ?この黄色いチンマイ物体は?」

「食べれば分かるよ。そこにスプーンがあるだろ? それで一口の大きさに掬って食べてごらん」

「ん? この銀色の先が丸くなってるやつじゃな・・・どれーーっ!!ーーっングっ!!」

 柔らかくトロトロの食感に思わず一気に口の中へと放り込む黒さん。当然のように喉の中が渋滞してしまった。


「こらっ!少しづつって言ったじゃないかーーあぁもう手がかかるなぁ・・・はいこのスープを飲んで流し込んでごらん?もう冷めてるから大丈夫だと思うけど?」


「・・・ングっ・・・っぷはぁーーー!! いやぁスマン助かったぞ!! それにしてもこのオムレツといい、このスープのトロプル食感の肉といい何と深みのあるいい味をしておるのじゃ、それに食感が素晴らしい!! 我はこの世に生を受けてから一億年経つがこんなに奥深い食べ物を食べたのは初めてじゃ!!」


「ふふっ、そんなに喜んで貰えるなんて俺の方こそありがとうだよ。まだまだ他にもいっぱい色んな物を作れるから楽しみにしていてくれよな」


「おぉ!! 武尊よ!! 我が心の友よ!! こんなに喜ばしい事はないわ、そなたは器の総量が上がったものの、その使い方がなっとらんからの、その辺の稽古は我が直接指導してやろう!!」


「それは本当か? それなら呼び方を改めないとな・・・」


「くわっはっはっはー! そんな小さな事は気にせんよ、我の事は黒でよいぞ!!」


「ありがとう、宜しくな黒!!」


「あぁ、我の方こそよろしく頼むぞ武尊よ!!」

「美味しい食事を期待しているからな」と黒が小声で呟くとそれを聞いた武尊が「勿論だよ、偶に手抜きもするけれど楽しみにしていてくれよな」と応え互いに固く握手を交わす。


「本当は二人とも物凄く相性がいいような気がしてきたわ」

 すっかりと意気投合した二人を柔らかな微笑みで暖かく見守るアリス。

 この3人の魂の繋がりが後に起こる大厄災から世界を救う鍵となる。


 今この瞬間、後の三神と崇められるようになる奇跡が誕生したのであった。



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