結末
公爵を始めとする四武貴族は、婚約継続を求める使者に対してニヤニヤしながら言い放った。
「婚約破棄はそちらから申し出たこと。すでに破棄されたと判断して、娘たちは自分で選んだ婿と閨を共にしましたが、それでもよろしいのですかな?」
「む、婿とは……?」
使者が口をパクパクして問いかけると、四武貴族のおっさんたちはドヤ顔で言い放った。
「それはもちろん、娘の名誉のために体を張って戦ってくれた勇者、リカル・ローゼフォンです。もともと娘たちとは仲が良かったようですが、今回の件ですっかり惚れてしまったようですな」
「さよう。王子にすら筋を通そうとする姿勢、まことに天晴れ。我ら四武貴族は、諸手を挙げて彼を婿として受け入れるでしょう」
婚約破棄をめぐる混乱に乗じて先手を打たれてしまったと知った使者は、青い顔をして引き下がる。
「三権貴族の方々にそうお伝えします……」
戻ってきた使者の話を聞いて、三権貴族たちは激怒した。
「なんだと!もう閨を共にしただと!節操なしめ」
そう怒っても、当の四武貴族たちが婿として公認しているのだから打つ手がない。
自分の息子たちと令嬢たちとの婚姻を事実上無効化された彼らは、リカルに怒りをぶつけた。
「あのリカルとかいう小僧、どこまでも祟りおる。奴さえいなければ、令嬢たちも政略結婚を受け入れていたかもしれぬのに」
「今回の件で在地貴族の間でも奴の評判が広まっておる。男子生徒たちの間でも信頼が厚いと聞く。このままでは、奴を中心として在地貴族たちが一つにまとまってしまうかもしれん」
「そうだ。奴がいなくなれば、令嬢たちも諦めて息子たちと子供を作る気になるかもしれぬ」
大神官の言葉に、大宰相と大将軍はハッとなった。
「奴を暗殺するということか?いや、それはまずい。陛下の逆鱗にふれてしまう」
わざわざ「傷つけるな」と釘を押された大将軍は、恐ろしそうな顔になった。
しかし、大宰相はいい考えだという風に頷く。
「だから、名誉の死を与えればよいのだ」
「とういうことだ」
大宰相が出した提案は、リカルと彼を信奉する在地貴族の男子たちを一掃してしまうものだった。
「しかし、陛下がお受けになるだろうか……?」
「いかに筋が通っていても、臣下たる奴が王子に反逆したのは紛れもない事実。未だ正式には婚約者である令嬢たちに手を出したのも王家をないがしろにする行為だ。このままにしておけば王家の権威が保てぬ。その罪を功により相殺すべしとすれば、陛下も嫌とはおっしゃらないだろう」
こうして、リカル抹殺の陰謀が進行するのだった。
王城
渋い顔をしている国王と三権貴族たちが集まって、今後の対応を協議していた。
「四武貴族たちの怒りは収まったか?」
「はっ。令嬢たちに『重婚』を認めるということで、婚約継続となりました」
それを聞いた王は、ほっと胸を撫で下ろす。
「この期に及んで婚約破棄となれば、在地貴族たちに深刻な不信感を与え、離反を招く危険がある。どうあれ、最悪の事態は免れたか」
王はそういうと、使者を出すように命じた。
「今回の件で、令嬢たちには迷惑を掛けた。余が直接謝罪しよう。彼女たちを呼べ」
「陛下、その前に片付けておかねばならない問題があります」
大神官はそう言って王を押しとどめた。
「問題とは?」
「リカル・ローゼフォンに対する賞罰でございます」
それを聞いた王は、不審な顔をした。
「賞はともかく罰とはなんじゃ。どの角度からみても、その者に罰せられるべき罪などないぞ」
「いえ、れっきとした罪があります」
大神官は卑しげな笑みを浮かべて、リカルが令嬢たちと一夜を共にしたという事実を告げた。
「くだらぬ。そもそも四武貴族の家において同衾したのなら、親の了承の元であろう。我らが口をだす話ではない」
「いえ。未だ婚約破棄が成立してない以上、令嬢たちは貞淑をまもる義務がございます」
大宰相は頑なに主張する。
「仮にそうだとしても、その責任を負うのは令嬢や四武貴族であってリカル・ローゼフォンではないぞ」
「法衣貴族たちはそうは思いません。リカルという少年が婚約破棄につけこんで令嬢たちをたぶらかしたと見られるのです」
大将軍がそう反論する。
「そうなれば、『法地婚姻法』を蔑ろにされていると、一気に不満が持ち上がるでしょう」
大神官の言葉に、王は困惑してしまった。
「……では、どうせよというのじゃ」
それを聞いて、大宰相の顔に笑みが浮かぶ。
「彼は四武貴族たちから婿にと望まれています。しかし、それに見合った功績を立ててはおりません。手柄を立てる機会を与えてやるのです」
そういって出された提案は、王の想像を超えるものだった。
「しかし、それは……」
反対しようとする王を、三権貴族たちは説得する。
「陛下、これは彼のためでもあるのです。今回の件で、彼は法衣貴族たちから恨まれておるでしょう。王国に混乱をもたらした罪を、功によって相殺するのです」
「うまくいけは、新たな領地として改めて与えてやればよい。彼ほどの男なら、きっと期待にこたえてくれるはずです」
「四武貴族たちもみすみす彼を見殺しにしたりはしないでしょう。彼らの協力を引き出しながら、我らの400年前の悲願達成を!」
そういわれて、王はしぶしぶ頷く。
「やむをえん。令嬢たちとリカル・ローゼフォンを呼べ」
彼らによって、リカルはさらなる苦境に追い込まれるのだった。
王城
玉座の間では、シャルロットたち四武貴族の令嬢と、リカルが跪いていた。
王の脇には三権貴族が侍り、シャルロットたちの後ろには四武貴族が控えている。その姿はまるで国内の対立を象徴するようなもので、リカルの胃がキリキリと痛んだ。
「一同、表を上げい」
王の言葉に、皆は顔を上げて王を見る。
「コロン、タハミーネ、マリーナ。そしてシャルロットよ。この度は余の息子たちが迷惑を掛けた」
王は玉座で軽く頭を下げる。それに対してシャルロットは微笑んだ。
「いえ、過ぎてしまえばパーティのよい余興。気にしておりませんわ」
「そうか。息子たちは謹慎室で再教育をしておる。二度と婚約破棄などという世迷言をほざかぬようにな」
王はそういうと、一枚の書類を取り出した。
「この度の不始末を詫びて、『法地婚姻法』の緩和を認める。在地においての婚姻も正式なものとして認められる」
そう告げながら、書類をそばに控えていた三権貴族たちに渡す、彼らは恭しく受け取った。
「さて、リカル・ローゼフォンよ」
「は、はい」
王にじろりと見られ、リカルは緊張した声で返事した。
「卿の王子への諫言、真に忠臣の行いである。本来なら賞すべきことではあるが……」
そこまで言ったところで、シャルロットたち四人の令嬢をちらりと見る。
「少々聞き流せぬ噂を聞いた。卿は令嬢たちと閨を共にしたそうだな」
「そ、それは!」
否定しようとしたリカルを抑えて、シャルロットが口を開く。
「さようでございますわ。陛下。在地においては、私たちはリカルを婿に迎えいれようと思っております」
シャルロットはしれっとした顔で肯定した。
「そなたたちもか?」
「は、はい」
「運命には逆らえませんから」
「彼は私を大切にしてくれます」
タハミーネ、コロン、マリーナも口々にリカルを婿として受け入れると宣言した。
「ふむ……四武貴族の令嬢たちの心を射止めるとは、なかなかもって天晴れなやつ。されど、少々勇み足であったな」
「勇み足……ですか?」
リカルが不安そうな顔をして聞き返すと、王は厳しい顔をした。
「令嬢たちと王子たちの婚約は、未だ正式には破棄されておらん。それにも関わらず閨を共にするのは、不貞といわれても仕方あるまい」
予想外の言葉に、リカルより四武貴族のおっさんたちが慌ててしまった。
「そ、それは、王子たちから婚約破棄を申し渡されたので、傷心の娘の心を慰めるために……そ、それに、彼はどうせ我が家に婿入りするのですから」
そう弁解しようとするキャメリア公爵に、王は冷たい目を向けた。
「下手な言い訳はよい。そななたちは既成事実を作ることで婚約破棄を確実なものにしようと画策したのであろうが、『法地婚姻法』は国内の貴族を纏めるための政策じゃ。それくらいで覆すことはできん。婚約破棄は認められぬ」
王はじろりと四武貴族たちを見渡すと、リカルに視線を向けた。
「リカル・ローゼフォン。そなたに命じる。暗黒大陸ノワールに赴き、かの地を我が国が征服するための根拠地をつくるのじゃ。四武貴族たちは彼に協力するように」
「……ご命令、謹んで承ります」
リカルは恭しく頭を下げ、追放にも等しい命令を受け入れるのだった。
その姿を痛ましそうに見ながら、王は内心で思う。
(済まぬ。王国に置いていたら、法衣貴族たちに命を狙われるであろう。ほとぼりが冷めるまで、四武貴族たちの庇護の下ノワールで生活せよ。いずれきっと取り立ててやろう)
リカルを追放するのは彼の為を思ってのことだったが、やがてこのことが王国を揺るがす騒乱につながっていくのだった。
これで第一部完結となります。続きは書き溜めてから更新しようと思います




