同衾
「あらあら。若いっていいわねえ。でも私はちょっと安心しているのよ。リカル君が現れてくれたから、次代の我が家の婿選びで家臣や傘下の貴族家から死人がでなくてすんだなって」
「死人?」
物騒な単語が聞こえてきたので、リカルはビクっとなる。
「ああ、思い出すなぁ。私も若いころはキャメリア公爵家の傘下にある子爵家の三男坊に過ぎなかった。ジュリエットとの結婚を認めてもらうために、どれだけ妖蟲や人間と戦ったのだろうか……」
そうつぶやくキャメリア公爵の目は、どこか虚ろだった。底知れない闇の存在を感じて、リカルは思わずつぶやく。
「お、俺はまだ婿になると決めたわけでは……」
「何かしら?」
ジュリエットはにっこりと笑いかけてくるが、一瞬その後ろに鬼のようなものが浮かんだ気がした。
「い、いえ、こ、これからも精進させていただきます」
「うふふ。頑張ってね」
ジュリエットは元の聖母のような笑みを浮かべていた。がっくりとうなだれるリカルの背中を、シャルロットがそっと撫でる。
(あきらめい。そなたがワラワのものになることは、10歳の時からきまっておったのじゃ)
シャルロットは所有権を主張するように、リカルの袖をしっかりとつかんで離さないのだった。
食事の後は豪華な風呂に入り、さっぱりして用意されたパジャマに着替える。なぜかあつらえたようにリカルにぴったりだった。
「では、若旦那様。寝室はこちらにご用意させていただいています」
なぜかメイドの格好をしている護衛騎士シャレードに連れられて、豪華な装飾がついたドアを開ける。
「リカル。夜にそなえて身は清めたか?」
なぜかその部屋には豪華なダブルベットがあり、その上にちょこんとパジャマのシャルロットが座っていた。
「……えーと、チェンジで」
くるりと後ろを向いたリカルに、クッションが投げつけられる。
「無礼者。チェンジとは何じゃ」
「何だは俺の台詞だよ。何で寝室にシャルロットがいるんだよ」
リカルにそう突っ込まれても、シャルロットは平然としていた。
「それは、ここがワラワの寝室だからじゃ」
「だから何で……」
リカルがそう言いかけた時、後ろで静かにドアが閉められる。
「シャレードさん?」
「頑張ってください。元気なお世継ぎを期待しております」
シャレードはドア越しにそういうと、静かに下がって言った。
残されたリカルとシャルロットの間に沈黙が下りる。
「こほん。では始めようかのぅ。こっちに来るがよい」
シャルロットは偉そうに言うと、リカルを手招きした。
「始めるって何を?」
「つまり、よい機会だから既成事実をつくってしまえ……という父上と母上の思惑じゃろうの」
シャルロットは落ち着き払って答えるが、リカルは慌ててしまった。
「いやだ!」
リカルは必死になってドアを開けようとするが、鍵がかかって開かない。それを見ると、シャルロットは悲しそうな顔をして俯いた。
「そんなにワラワが嫌いなのか?うっく、しくしく……」
下を向いてしゃくりあげるので、リカルは動揺してしまう。
「い、いや、別にお前が嫌いっていうわけではなくて、ただ覚悟ができてないというか……」
そこまで言った所で、シャルロットが笑っているのに気付く。
「冗談じゃ。さすがのワラワでも、学生の間に子供を産む気はない。魔法学園を中退しなければならなくなるからのう」
「冗談だったのか……」
それを聞いてほっとするが、ちょっと心の隅でもったいないという気がした。
「タチの悪いからかいはやめろよ」
「からかいではないぞ。ちゃんとそなたと寝所を共にする理由があるのじゃ。とりあえず、取って食ったりはせんからこっちに来い」
そういってシャルロットは自分の隣に招く。リカルはしぶしぶベットに上がった。
「それで、理由って?」
「うむ。今日になってようやく三権貴族から和平の使者が来ての。面白い提案をしてきたのじゃ」
そういってシャルロットは、婚約破棄を撤回する代わりに「法地婚姻法」が改正されて在地貴族に重婚が認められるようになるという話をした。
「重婚って……いいのかよ」
「あまり望ましい話ではない。が、ワラワたちはこの提案を受けることにした。今更王子たちとの婚約破棄が成立してしまうと、婚姻を強制された他の貴族間でも争いが起こり、最悪国が割れるかもしれんからのう」
それを聞いてリカルも同意する。すでに「法地婚姻法」は施行させて数年が経過しており、そのとばっちりで結婚できなくなった在地貴族の男子は多い。今になって国を代表する王家と三権貴族が婚約破棄なんてことになったら、大混乱になるだろう。
「でも、いいのか?それだと結局お前は王子と結婚することになるんだけど」
「何事も一気にはいかぬということじゃ。まあ、重婚を許可するということは、どちらの家庭に重きを置くかをワラワたちが決めることができるわけじゃ。つまり王子たちとの婚姻を有名無実化することができる」
リカルの隣で寝そべりながら、シャルロットはうれしそうにしている。
「先に既成事実を作ることで、お主とワラワの結婚こそ正当なものであると内外に示しておるのじゃ。というわけで、子作りするぞ」
「できるか!」
リカルは全力で突っ込むのだった。
「ふふ、まあよい。じゃが明日からは忙しくなるぞ。そなたは他の三人の屋敷にも行って、最低一夜は閨を共にしないといけないからのう」
「もう勘弁してくれよ……」
どんどん自分が見えない鎖につながれていくようで、リカルは悲鳴を上げるのだった。




