決着
「……あれ?」
もう助からないと思っていたが、しばらくたっても何の痛みも襲ってこない。恐る恐る目を開けてみると、地上一メートルぐらいの所でとまっていた。
「なんてね。さすがに殺したりはしませんよ」
上の方から声が聞こえる。顔を上げてみると、リカルが王子の足を掴んでいた。
「お、お前……」
王子が何か言おうとすると、リカルはパッと手を離す。
「いてっ!」
王子は地面に激突して、叫び声を上げた。
リカルはリングの外に逃げていた教師に、冷たく告げる。
「ほら、場外に落ちましたよ。王子の負けです」
「は、はい」
教師は後ろめたそうな顔をしながらやってきて、リカルの右手を高く掲げた。
「勝負あり!勝者リカル・ローゼフォン」
教師がそう宣言すると、闘技場がワーッという歓声に包まれる。
「リカル!すごいぞ!」
「よくやってくれた!」
在地貴族の男子たちは、あらん限りの賞賛をリカルに浴びせた。
「リカル様。素敵……」
「やっぱり法衣貴族って駄目ね。貴族として威張っていても、所詮は下っ端役人じゃない。それより、自立していて王子とも堂々と渡り合える在地貴族のほうがいいかも……」
『闇蛾蟲』が作り出した闇の中で、王子とリカルが交わした会話は闘技場で観戦していた女生徒たちにも聞こえている。彼女たちは身分を盾に命乞いをした王子を軽蔑し、毅然とした態度を示したリカルに好意を抱いた。
リカルは地面に落ちた『風蜂のスピア』を回収すると、そんな生徒たちの歓声に手を振って答え、王子に向き直る。
「それじゃ、婚約破棄を撤回していただけますね」
「ひ、ひいっ!わ、わかった。婚約破棄は撤回する」
王子は死の一歩手前まで追い詰められてすっかり心が折れたのか、素直に撤回を認めた。
「あなたたちは?」
リカルは他の三人に聞くと、彼らはだまって頷いた。
「結構。今回の騒動はこれで終わりということで、後は令嬢やそのお父上たちともよく話し合って……」
「ちょっと待って」
王子たちとリカルの前に、四人の貴族令嬢が進み出る。彼女たちはリカルに笑いかけると、それぞれの婚約相手に向き直った。
「君は僕の運命の相手じゃない。僕のほうから婚約破棄を申し出るよ」
「あんたには愛想が尽きた。こっちからお断りだぜ!」
「すでにお父様には許可はもらっています。私を大切にしてくれない人と添い遂げる気はありません」
コロン、タハミーネ、マリーナが婚約破棄を突きつける。
「愚かな王子よ。われ等の後ろ盾なしで、貴様のような者が王位につけると思うならやってみるがよい。リカル。帰るぞ」
シャルロットはリカルのネクタイをつかんでその場を去ろうとする。残り三人の令嬢も彼らに従った。
「あー、すっきりしたよ。何か食べに行かないかい?」
「いいな。婚約破棄祝いだ。盛り上がろうぜ!」
「久しぶりにお魚を食べてみたいですわ」
「うむ。リカルよ。エスコートせい」
リカルは令嬢たちに連れられて、学園を後にするのだった。
王城では、今日の政務を終えた国王と大宰相が和やかに談笑していた。
「そういえば、今日は魔法学園の学期末パーティじゃったな。余も参列して、わが息子の晴れ姿を見たかったのじゃが」
「仕方ありません。我々は気楽な四武貴族とは違い、国を背負う立場なのですから」
大宰相はそういって、娘たちを見るためにパーティに参列した四武貴族たちを当てこする。
「四武貴族といえば、その娘たちと息子たちとの仲はうまくいっておるのじゃろうか?最近、王子からシャルロットたちの話を聞いていないが」
「……問題ありません。それに、令嬢方と我々の息子たちとの結婚は、法衣貴族と在地貴族とを結びつけるために必要なことなのです。本人の意思とは無関係です」
「その理屈はわかるのじゃが……」
王は飲んでいた紅茶のカップを置いて、深くため息をつく。
「考えてみれば罪なことよのう。若者に人間らしく恋愛をして結婚をすることを許さず、我らのような老人の都合を押し付けるとは」
「ふっ。恋愛など馬鹿馬鹿しい。どうしても我慢できないとあれば、勝手に愛人でも作ればよいのです。ですが、政略結婚は貴族の義務。息子と令嬢たちには、最低でも両方の血を受け継ぐ子供を作ってもらわねば」
大宰相が冷たく笑ったとき、緊急の使者がやってきた。
「ご政務を終えられたようなので、申し上げます。魔法学園から使者が遣わされました」
「そうか。予定にはないが、会おう」
こうして使者は執務室に招き入れられるが、尋常ではなく焦った様子だったので王は首をかしげた。
「どうした?学園のパーティで何かあったのか?」
「失礼ながら申し上げます。お、王子と三権貴族の子弟が、学期末パーティの場で婚約破棄を申し出ました」
「なにっ!」
それを聞いた大宰相は真っ青な顔になった。
「馬鹿な!息子たちにはこの婚約が如何に国の利益に沿うものであるか、口を酸っぱくして言い聞かせておるはずじゃ!」
「で、ですが事実なのです。王子はシャルロット・キャメリア公爵令嬢との婚約を破棄して、セーラ・ローゼフォン男爵令嬢を王妃にすると宣言なされまして……」
「あのバカ!」
思わず口汚く罵ってしまい、大宰相は口を押さえて国王の方を向く。彼はなぜか面白そうな顔をしていた。
「し、失礼いたしました。バカといったのは王子に対してではなく」
「よい。ふふふ、面白いではないか。我が息子に親が決めた婚約に抗うほど強い意志があったとはのう。じゃが」
国王は厳しい顔をすると、使者に申し渡した。
「穏やかであるべきパーティの場を乱すような発言したのは許しがたい。即刻婚約破棄宣言を撤回させ、令嬢たちに失礼をした息子と三権貴族の子弟に丁重な謝罪をさせよ。後は余自身が言い聞かせる。彼らを連れてくるがよい」
国王はそういって手を振るが、使者はその場から動こうとしなかった。
「どうした?魔法学園に戻って余の命令を伝えるがよい」
「その……実はそれだけではなく、リカル・ローゼフォンという者が王子の言葉に異議を申し出まして」
「なんだと!王子に対してなんと不敬な!辺境の弱小貴族の分際で生意気な!即刻処刑してやる!」
「カーネーション卿!」
王は大宰相に向かって、姓で呼びかける。これは立場にそぐわない不適切な発言をした者をたしなめる時の王の言い方だった。
それに気づいた大宰相は、恐縮した顔になる。
「へ、陛下。失礼いたしました」
「卿の忠誠心はありがたい。じゃが、その者を責めるでない。むしろ我侭を言った我が息子を諌めるなど、褒めてやるべきではないか。それにしても、リカル・ローゼフォンか。やはり王宮騎士になるに相応しい少年みたいだな。これを機会に、我が息子の友となってもらえれば頼もしいのじゃが……」
「おそらく、それは難しいかと」
王のつぶやきに、使者はそう返す。
「なぜじゃ?」
「王子と三権貴族の子弟は、リカルに決闘を申し込みました。彼は四武貴族の令嬢たちの名誉のために、それを受けたのです」
それを聞いて、今度は国王が真っ青になった。
「バカな。決闘だと!王家と貴族が敵対など、わがグラジオラス王国の結束にヒビを入れる行為じゃ。断じて許さんぞ」
「しかし……今頃はもう決闘が終わっている頃でして……」
その言葉に、王と大宰相は頭を抱える。
「これは困ったことになったぞ……決闘の結果がどうなろうが、王家に不信感を持たれる原因になることは間違いない。どう収めるべきか。ええい。関係者全員を学園に留めよ。許可なく学園を離れることは許さん」
王の命令はすみやかに届けられるが、既にその頃には決闘が終わっており、拘束できたのは王子たちとセーラのみだった。




