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悪い噂

一週間後

コロンやタハミーネがセーラを苛めたという噂は、沈静化しつつあった。

「自分の婚約者と仲がいいセーラさんを嫉妬で苛めていたっていう噂は、嘘だってさ」

「そうだよなぁ。どう見ても嫉妬するほど仲がいいとは思えないしな。コロンさんもタハミーネさんもほとんど婚約者を無視しているし」

そんな会話を聞いたセーラは焦りを感じた。

(まずいわね……なんとかしないと)

そう思ったセーラはそのことを逆手に取ることにした。

マリーナの部屋でまたお茶会が開かれることを聞き出して、訓練場に向かう。そこではガイウスが汗を流していた。

「やあ。セーラ。いつも悪いな」

「いいえ。ガイウス様のお世話をするのは嬉しいです」

いつものように甲斐甲斐しく汗を拭きながら、耳元でそっと囁く。

「でも、私はこのままでは学園にいられなくなるかもしれません」

「え?どういうことだ?」

驚いた顔をするガイウスに、セーラは悲しそうな顔で告げた。

「どうやら、マリーナさんがお友達を使って、私の悪い噂を広めているようなのです」

セーラは涙ながらに訴えるが、ガイウスは半信半疑といった様子だった。

「まさか。俺はあいつの事を子供の頃から知っているけど、そんなことをする奴じゃないと思うがな」

セーラを疑うわけではないが、ガイウスにとってマリーナは未だ密かに心を寄せている婚約者である。そんな陰湿なことをしているとは信じられなかった。

「私の言葉だけでは信じられないと思いますので、一緒に確かめていただけませんでしょうか?」

「いいだろう」

こうして、ガイウスはセーラにつれられて女子寮に入る。二人はこっそりとマリーナの部屋に忍び込んだ。

「お、おい。もし見つかったら……」

「大丈夫ですわ。『光影』」

二人の周囲に光を屈折させる魔法を使い、姿を隠す。それからしばらくして、マリーナのお茶会が始まった。

「ありがとうございました。皆様が噂を流してくれたおかげで、コロンさんたちの名誉が回復されました」

マリーナは満面の笑みを浮かべて令嬢たちに紅茶やお菓子をふるまう。珍しいお菓子を食べて口が軽くなった令嬢たちは、セーラを非難し始めた。

「それにしても、あのローゼフォンという女は許せませんわね。身分も弁えず、四武貴族の方々を陥れようとするとは」

「そうです。彼女は法衣貴族の中でも下賎の出。しかも今では在地貴族なのに。何を勘違いして思い上がっているのか」

それを聞いたセーラはニヤリと笑う。隣にいるガイウスの顔がどんどん険しくなっていったからだった。

「あの女、王子や他の三権貴族の子息にもちょっかいをかけているようですよ。まさに害虫とよぶべき存在です」

令嬢たちはマリーナを置いて、ヒートアップしてしまう。

「あ、あの皆さん。私たちは別にそれはかまわないというか、大歓迎なのですが……」

やんわりと彼女たちを諌めようとしたが、興奮した令嬢たちをとめられなかった。

「こうなったら、あの悪女からマリーナ様たちの婚約者を守るために、悪い噂を流しましょう」

令嬢同士で勝手に盛り上がり、そんな話まで出てしまった。

それを聞いていたガイウスは、顔を真っ赤にして怒る。

「聞いたぞ。お前たちは最低だな!」

セーラが張った光の結界から飛び出て、マリーナに食ってかかった。

「きゃーーー!」

いきなり女子寮に男が乱入してきて、令嬢たちが叫び声を上げる。

「ガイウス様?なぜここに?」

「お前たちがセーラに関して悪い噂を流していると聞いて、問い詰めに来たんだよ」

ガイウスはマリーナに指を突きつけて怒鳴る。その後ろではセーラがニヤニヤと笑っていた。

「誤解ですわ。悪い噂ではなくて、真実の流布です」

「白々しい。お前には心底失望した。もう二度と話しかけるな!」

ガイウスはそういい捨てると、セーラの手を取って出て行く。後には呆然とする令嬢たちが残された。

「ど、どうしましょう。ガイウス様を怒らせてしまいました。もしマリーナ様が嫌われて、婚約破棄なんてことになったら……」

ひたすらうろたえる令嬢たちに、マリーナは余裕の笑みを向ける。

「別に嫌われてもかまいませんわ。悪い噂さえ打消しできればよろしかったのです。ガイウスさまが誰を信じようが、私には関係ありませんわ」

マリーナは平然とそういって、紅茶を飲むのだった。



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