いじめの開始
一学期の終わりが近づき、生徒たちの人間関係も固定されてきたころ。
Aクラスの中に異変が起こっていた。
「ひどい。誰がこんなことをしたんですか?」
セーラが金髪を揺らして涙をながしている。彼女の机には、破かれた教科書やノートが置かれていた。
「ひどい!こんなことをする人に心当たりは?」
彼女の取り巻きが心配そうに尋ねる。
「わかりません。人に恨まれる心当たりはないんですけど……」
セーラは泣き真似をしながら、近くの席にいたコロンをちらっと見る。
「そういえば、コロンさんが私に言ってました。役立たずの光魔法しか使えないのに、特待生になるってズルだって」
それを聞いた取り巻きの女子生徒や、一部の男子生徒が血相を変えてコロンに詰め寄った。
「おい!こんなことをするなんて、ひどいじゃないか!」
「成績のいいセーラさんに嫉妬しているの?サイテー!」
いきなり責められたコロンは、やれやれと肩をすくめた。
「僕がそんなことをするわけないだろう。君なんてそもそも眼中にないよ。君程度の光魔法に嫉妬して嫌がらせをするほど、僕は暇じゃない」
そう言い放ち、さっさと行ってしまう。
「なんて奴だ。セーラさん。あいつには僕からきつく言っておく。これから何かあったら、僕に頼ってくれ」
男子生徒の中からクルーダが出てきて、セーラの頭を撫でて慰める。
「うれしい。クルーダ様」
セーラははにかむような笑みを浮かべるのだった。
次の日、タハミーネが廊下を歩いていると、いきなり後ろから叫び声があがった。
「いたっ!」
廊下で転んでいたのは、リカルの義妹であるセーラ。
「お、おい。大丈夫か?」
心配してタハミーネが駆け寄ったとき、いきなりセーラは騒ぎ出した。
「いや!乱暴しないで!助けてー!」
いきなり火がついたように泣き喚くので、何事かと生徒たちが集まってきた。
「ど、どうしたの?」
男子生徒の中からユリシーズが出てきて、セーラに手を伸ばす。
「いきなりタハミーネ様に足をひっかけられて、転ばされたんです。ユリシーズ様は私の婚約者だ。近寄るなって」
セーラは涙を流しながら訴えかける。それ聞いたユリシーズは真っ赤になって怒った。
「なんてやつだ!ぼくのママ……セーラに手をだすなんて!」
腕を振り回しながら殴りかかるが、タハミーネにあっさり羽交い絞めにされてしまった。
「く、くそ。離せ!」
「あのなあ。あたしがあんたみたいな弱っちい男のために、嫌がらせなんかするわけないだろ。とんだ濡れ衣だぜ」
タハミーネはニヤリと笑うと、ユリシーズをセーラに向けて突き飛ばす。
二人はもんどりうって廊下に倒れこんだ。
「あばよ。あたしはあんたたちの茶番に付き合う気はないんだ。勝手に二人でやっていろ」
タハミーネは冷たく一瞥して去っていく。ユリシーズとセーラは抱き合ったまま残された。
「許せない。セーラママをいじめるなんて……くそ。ぼくにもっと力があれば……」
怒りに震えるユリシーズをセーラは優しく慰める。
「いいえ。ユリシーズ様はそのままでいいのです。力をひけらかす乱暴な人よりも、心優しいあなたのほうが私は好きです」
「ありがとう。ぼくも君のことが大好きだよ!」
ユリシーズはセーラの胸の中で存分に甘えるのだった。
「最近、ひどい噂が広まっています。コロンさんやタハミーネさんがセーラさんをいじめたとか」
マリーナはプンスカと怒っていた。大切な友人たちを誹謗中傷する噂が、まことしやかにささやかれていたのである。
「気にしないでおくれ。僕は平気だから」
「そうだぜ。噂話なんて相手にしたほうが負けなんだから」
魔術にしか興味ないコロンと、男勝りでさっぱりした気質のタハミーネは気にしてないようだったが、マリーナは我慢できなかった。「でも、直接抗議するのは怖いですし……」
セーラは常に取り巻きを引き連れている。文句を言いに行くと、集団で返り討ちにあう危険性があった。
「……仕方ありません。お知り合いに事実を広めてもらいましょう」
そう思ったマリーナは、リリー辺境伯の傘下にある在地貴族の子女を集めてお茶会をした。
「マリーナ様。私たちにお話ってなんでしょうか?」
主君の娘に呼び出されたBクラスの女子生徒たちは、ちょっと警戒する顔をしていた。
「皆様に集まっていただいたのは他でもありません。私の大切なお友達であるコロンさんとタハミーネさんの噂についてです」
マリーナは集まった娘たちに、セーラが苛められたという噂は嘘だと伝えた。
「でも、私たちはBクラスです。弁解してもAクラスの法衣貴族には相手にされないのでは?」
「噂を否定せず放置することのほうが困るのです。それに、このままでは学園にまで話が伝わって、コロンさんたちが一方的に処罰されてしまうかもしれません。そうならないように、反論しておかねばなりません」
マリーナはそういってため息をつく。
「わかりました。私たちに任せてください」
在地貴族の令嬢たちはそう請け負うのだった。




