エルディン・グラジオラス王子
クイーンアントがいた場所から通路を反対側にいった、暗くて何も見えない場所で、エルディン王子は震えていた。
「ここはどこだ……暗くて狭くて寒い。腹も減ってきた」
いくらダンジョン内を走り回っても、帰り道は見つからない。王子は宝に釣られて深入りしてしまったことを後悔した。
「情けない。王子である僕が、ダンジョンで遭難してしまうなんて。僕はこのまま餓死してしまうんだろうか」
そう思うと気が狂いそうになる。誰もいないダンジョンの底では、王子の地位も権力も通用しない。やがてその場にうずくまり、涙を流し始めた。
「誰か……助けてくれ。お願いだ」
虚しく哀願する王子の感覚に、何かの気配を感じる。その存在は、徐々に近づいてきた。
「まさか……妖蟲か?」
そう思った王子は、恐怖のあまり漏らしてしまう。
「嫌だ。死にたくない。僕は王子なんだ。いずれ王様になって、好き勝手に生きてやるんだ!こんな所で死んでいい人間じゃないんだ」
そう喚き続ける王子に、まぶしい光をまとった何かが近づいてきた。
「エルディン王子様。ご無事ですか?」
澄み切った声が聞こえてくる。
「君は……?」
「ああ、よかった。心配しました」
その言葉と共に、柔らかい何かが抱きついてくる。それは光をまとった金髪の少女だった。
「セーラ・ローゼフォンか?」
「はい。王子が行方不明になったと聞いて、いてもたってもいられなくなって探しにきてしまいました」
セーラはそういうと、甘えるように王子の胸に顔をうずめる。
「そうか……僕を助けるために、一人でこんな奥深くまで」
感動した王子は、ギュッとセーラを抱きしめる。その腕の中で、セーラは笑みを浮かべていた。
(よし。完璧ね。自分を救いに来たいじらしい美少女を拒否する男なんていないわ。これで王子との出会いはクリア。あとは……もう一押ししておきましょう)
そう思ったセーラは、上目遣いに王子を見上げる。
「王子様。本当にご無事でよかったです。ところで、ペアを組んでいたシャルロット様はどちらへ?」
「え?あっ、そ、その……」
「もしかして、王子を置いて逃げ出したのですか?」
そう聞かれて、王子は思わずうなずく。
「そ、そうだ。あいつは僕を置いて逃げたんだ。僕は勇敢にクイーンアントと戦ったのに……僕がこんな目になったのも、すべてあいつのせいだ」
本当に逃げ出したのは自分だが、そんなことが言える訳ない。王子はプライドを保つために、シャロルットに責任転嫁をした。
「かわいそうな王子様……あんな人を婚約者にしないといけないなんて」
セーラは王子に同情した風を装って目に涙を浮かべる。そして真剣な顔をして告げた。
「王子様。お慕い申し上げています」
いきなり告白されて、王子は動揺する。
「え?」
「わかっています。王子にはシャルロット様という親に決められた相手がいると。でも、お願いです。せめて学生の間だけでも、私を側に置いてください」
そういって目を閉じて、顔を上げる。
「……ああ。セーラ。僕は君を離さない」
王子とセーラの顔が近づき、やがて二人の影が重なる。王子の腕の中で、セーラは勝利を確信するのだつた。
ダンジョン訓練も終わり、リカルは学生生活に戻る。そんな中、急に周囲が騒がしくなりはじめた。
「俺と付き合ってください」
そこかしこで、男子生徒が女子生徒に告白するのを見かける。
「ふん!あんたなんかと付き合う気はないの!」
そして大体のケースは、振られて撃沈していた。それでもめげずに、男子生徒はアタックを続けている。
「いったい何が起こっているんだ?」
そう思ったリカルは、男子寮で、同室のアークという少年に聞いてみた。
「ダンジョンで男女ペアになっただろ?あれをきっかけにして、カップルになる奴が増えたんだ。だからみんな焦って婚活をはじめたんだな」
アークは当然のようにそう答えた。
「婚活だって?」
「そうさ。君はそのことを考えているのかい?俺たちはもうみんな動き出しているぞ」
栗色の髪をした美少年のアークは、この学園の事情を語り始めた。
「元々、この学園は嫁探し婿探しの出会いの場所も兼ねているのは知っているだろう?在地貴族は普段は各地に散らばって生活しているので、互いの交流が少ない。貴族同士で結婚しようと思ったら、ここしか出会える場所はないんだよ」
「……え?でも、その場合は地元の平民の有力者と結婚するんだろ?スムーズに領を支配できるようになるために」
リカルはローゼフォン男爵家に婿入りする前は漁師だった父ケイオスのことを思い浮かべる。それを聞いたアークは、やれやれと肩をすくめた。
「それは以前の話だよ。王から「法地婚姻法」が発布されて、すべておかしくなってしまったんだ」
アークによると、今後在地貴族は魔力を保つため、平民との結婚が禁止される。それだけではなく、法衣貴族から在地貴族へと結婚を申し込まれた場合、よほどのことがない限り断れないようになっているらしい。
「これがどういうことかわかるかい?今、在地貴族の女たちは、王都の法衣貴族の坊ちゃんたちにどんどん奪われているってことだよ。そうなったら残る結婚対象は法衣貴族の娘だけど、彼女たちが田舎者の僕たちと結婚して王都から離れるとおもうかい?」
「そんな、それじゃあ……」
知らないうちに自分の結婚相手の選択が狭められていたことを知って、リカルは真っ青になる。
「ああ。しかも魔力をもたない平民との結婚まで禁止されているから、僕たちみたいな辺境の在地貴族の男は、深刻な嫁不足に陥るってことだよ」
アークはそういって乾いた笑みを浮かべた。
「というわけで、君の義妹のセーラを紹介してくれ」
「セーラかぁ。あいつ顔だけはいいけど、金にがめつい性悪女だぞ」
「かまわない。少しでも可能性があるなら、チャンスにかけるしかないんだ」
アークの顔には必死さがあふれていた。
断りきれなかったリカルは、授業前にセーラを呼び出す。すでに彼女には取り巻きができているみたいで、法衣貴族の令嬢と一緒にやってきた。
「何の用?私は忙しいだけど」
やってきたセーラは、ブスッとした顔でリカルとアークを見る。
「セーラさん。ベンガル子爵家のアークです。友達から初めてください」
アークはにこやかな笑みを浮かべて、手を差し出してきた。
(ベンガル子爵?聞いたことないわね。『フラワードリーム』にもでてこなかったモブってところかしら。顔だけはいいけど、この主人公のセーラ様の相手としてはふさわしくないわね)
そう思ったセーラは、ふんっと鼻で笑う。
「はあ?なんで私が田舎くさい在地貴族と付き合わないといけないのよ。せっかく王都にもどってこれたのに。私はモブや背景のキャラと結婚する気はないの!」
セーラはそういって、アークを手ひどく振った。
「そうよ。何考えているのよ」
「セーラちゃんは光魔法が使えて王子たちとも仲がいい、特別な存在なんだからね!」
セーラの取り巻きたちも、そういってアークを馬鹿にした。
「おい。そんな言い方はないだろ!」
落ち込むアークを見て怒りを感じたリカルが詰め寄ると、令嬢たちは大げさに騒ぎ立てる。
「きゃーこわーい」
「野蛮な在地貴族たちに、乱暴されちゃう。誰かぁ、助けてぇ」
その声を聞いて、Aクラスから王子と取り巻きたちが出てきた。
「これは何の騒ぎなんだ?」
「乱暴な在地貴族が、無理やり付き合えって襲い掛かってきたんです」
セーラは小刻みに体を震わせながら、王子にすがりついた。
「なんて野蛮なんだ。それでも貴族なのか?女性に乱暴するなんて。恥を知れ!」
王子たちはセーラを後ろにかばって、リカルとアークを睨み付ける。
「誤解ですよ。誰も暴力なんて振るってません」
リカルは弁解するも、王子は聞く耳をもたなかった。
「嘘をつくな!彼女たちは泣いているじゃないか」
王子は令嬢たちを見て義憤に駆られる。たしかに彼女たちは涙を流してしくしくと泣いていた。
「いいか!今度令嬢たちをいじめたら、僕が黙っていないからな!」
王子はそういうと、取り巻きたちと肩を怒らせて去っていった。彼を見送ったセーラたちは、勝ち誇った顔をして言い放つ。
「ふふ。この学園じゃおとなしくしていたほうがいいわよ。どうせあんたたち在地貴族なんて、相手にされないんだから。皆さん、いきましょう」
セーラは取り巻きたちを引き連れて、行ってしまった。
「やれやれ……だめだったか」
アークは残念そうに肩をすくめる。あまり怒った様子がなかったので、リカルは疑問に思った。
「あれだけ馬鹿にされて腹が立たないのか?」
「まあ予測の範囲内だしね。あれくらいで怒っていたら婚活なんてできないよ。もともと法衣貴族の令嬢に相手にされてないのはわかっていたしね」
寂しく笑って、アークはリカルの肩をポンとたたく。
「それより、君も大変じゃないか?Aクラスだと周りに法衣貴族しかいなくて、より女の子にアタックするのが大変になるぞ」
「そ、そうだった」
いまさらながらリカルは焦りだす。
「まあ、君は四武貴族の令嬢たちと仲がいいみたいだし、彼女たちの誰かの婿になればいいじゃないか」
「それが、あいつらには既に婚約者がいるんだよ!」
リカルがシャルロットたちが王子や法衣貴族たちに政略結婚を押し付けられている事実をいうと、アークはやれやれといった顔になった。
「四武貴族も『在地婚姻法』に逆らえないのか。考えてみたら、彼女たちは真っ先に狙われるよね。ご愁傷様だ。まあ、君もがんばっていい子をさがしなよ。おっ!かわいい子がいた。おーい!」
アークはそういってナンパにいってしまった。
「待てよ……俺って詰んでいるんじゃないか?」
幼馴染のシャルロットたちは既に婚約者がいる。そして数少ない在地貴族の女の子たちはBクラスで、大勢の同じクラスの男子からアプローチをかけられている状態である。
「……どうすればいいんだ」
リカルは頭を抱えて悩みこむのだった。




