騎士
「王子とシャルロットがまだ戻ってないって?」
「そうだよ。もしかして新しくできたダンジョンに迷い込んだかもしれない」
焦った様子のコロンが説明する。ごくまれに、古いダンジョンの近くに新しいダンジョンができて、何かの拍子につながって合流することがあるらしい。
「そうだとすると、まずいことになる。万が一深入りしてボスに遭遇したら、生きて帰ってこられなくなるかもしれん。全員で手分けして探すように!」
教師に言われて、りカルとセーラも再びダンジョンに戻る。なぜかセーラは確信を持った足取りで奥のほうに進んでいった。
しばらくいった所に、土の魔法でできた階段があり、暗い穴に続いている。
「もしかして、ここにいるのかも」
階段を下りたところは、細長い通路みたいになっていた。右と左に分かれている。
「あんたはそっちにいきなさいよ。私はこっち」
セーラは一方的に押し付けて、左の方に入っていく。
「しかたないな。ここで分かれるか」
リカルは右の通路に入っていく。その背中を振り返り、セーラは嫌な笑みを浮かべていた。
(うまくいったわ。本来なら王子を助けた後、私と協力してクイーンアントと戦うっていうイベントだけど、危険な目にあうのは真っ平。クイーンはリカルにおしつけて、私は王子を慰めにいきましょう)
腹の中で舌を出しながら、セーラは暗い通路を進んでいった。
たった一人の孤独な戦いの中で、シャルロットはこう思っていた。
(もしリカルがペアじゃったら、どうしていたじゃろうか?いや、考えるまでもない。ワラワと一緒に逃げ出すか、それがかなわぬなら共に戦ってくれるじゃろう)
初めて会った時、兵士たちに取り囲まれていたにもかかわらず、リカルは助けに来てくれたのである。
(あの時も、ワラワが頼みもしないのに救いにきてくれた。あのお人好しなら、きっと来てくれる)
そんな一縷の望みにかけて、勇敢に戦っていく。
「『地鉄槍』」
地面から飛び出た鉄の槍が、クイーンアントの柔らかい袋-下腹部を突き刺し、その場に縫いとめた。
「キュウ!」
クイーンアントの口から、苦痛の声が漏れる
「やったか?」
シャルロットがそう思ったとき、クイーンアントは自ら下腹部の袋を引き千切った。
「キュウ!」
怒ったクイーンアントは、超スピードで口から石を吐き出す。
「ぐふっ!」
シャルロットはよけきれず、硬い石に跳ね飛ばされて壁にたたきつけられた。
「ぐっ……アバラが折れたか……」
口から血を流しながらも、シャルロットは立ち上がろうとする。しかし、クイーンアントは大きな口をあけて、次の石を発射しようとしていた。
「くっ……」
シャルロットが観念して目をつぶったとき、すさまじい勢いで石が発射される。
しかし、石が直撃する寸前、硬い盾のようなものに防がれた。
「「包甲蟲招来」シャルロット!大丈夫か?」
「……遅いぞ。ワラワの騎士よ!」
シャルロットは口から血を流しながらも、気丈に助けに来てくれた少年に笑いかける。ボールアーマーの硬い外皮でつくった盾で石を防いだリカルは、慌ててシャルロットに駆け寄った。
「よかった。心配したぞ」
「ふっ。余計な心配じゃ」
強がりながらも、シャルロットは身を起こす。
「お、おい。怪我しているじゃないか。休んでいたほうが」
「騎士に戦わせて寝ているようじゃ、主君の権威が保てぬわ」
そう言いながら、クイーンアントに杖を向ける。
「さあ、リカルよ。アレを放っておいたら他の生徒たちにも危険が及ぶ。ワラワとそなたの二人で倒すぞ」
「……ついていきます。マイマスター」
シャルロットの持つ貴族の誇りに圧倒されてしまうリカルだった。
「地鉄槍」
鉄でできた槍が地面から飛び出し、クイーンアントの黒光りする体を突き刺そうとする。
しかし、その外骨格は鉄のように硬く、槍をものともしなかった。
「くっ。ワラワの魔法では、硬い体を突き破れぬか」
シャルロットが悔しげに唇をかむ。リカルは彼女を後ろにかばって
袋から本を取り出した。
「コロンから借りてきた『妖蟲大全』だ。これで奴の弱点を探ってくれ」
ボールアーマーの盾でクイーンアントの攻撃に耐えながら、リカルは叫ぶ。シャルロットは慌ててバッグアントのことが書かれているページを開いた。
「バッグアントは固い外皮を誇り、剣や槍では歯が立たないことがあります。その駆除は風魔法や秘薬を使って窒息させることが有効です……じゃと?くっ、王子の臆病者め!風魔法を使える奴が逃げずに残っていてくれれば、戦いようもあったものを!」
シャルロットは改めて自分だけ逃げ出した王子に怒りを募らせる。
「窒息か。なら油で攻めてみるか。『油蛙蟲招来』」
リカルはクイーンアントの体に向けて油を放つ。しかし、体の側面の気孔がふさがれる前に、すばやく逃げられてしまった。
「これじゃだめだ。なんとかして奴の動きをとめないと」
リカルは悲鳴を上げる。シャルロットは焦りながらも、なんとか打開策を考えていた。
「バッグアントの天敵は……妖蟲アントイーターか。巨大なアリジゴクの妖蟲で、アントが作った通路に砂でできた罠を設置して通るのを待ち続ける。罠にかかったアントは這い上がれず、捕食されてしまうらしい」
そこまで読んだところで、シャルロットはクイーンアントを倒す方法
思いつく。
覚悟を決めて、リカルに呼びかけた。
「リカル、これから奴を倒すための罠を作るが、危険も大きい。ワラワを守ってくれるか?」
「ああ。任せておけ」
振り向きもせずにそう答えるリカル。シャルロットはリカルを信じて、地面に向けて杖を振るった。
「砂陣」
シャルロットの杖が触れた岩が、どんどん崩れて砂になっていく。あっという間にリカルとシャルロットが中心となったすり鉢上の穴ができた。
「ギュ?」
クイーンアントも巻き込まれて、閉じ込められてしまう。
「もしかすると、追い詰められた奴が暴れるかもれん。リカル、頼むぞ」
「任せておけ」
リカルは厚い外皮の盾を作ってクイーンアントに備えるが、アントは本能的な恐怖を感じたのか二人に背を向けて這い上がろうとしていた。
「今じゃ!」
「『油蛙蟲招来』」
リカルの手から放たれた油が、クイーンアントの体を覆っていく。すぐに気孔がふさがれて、窒息して死んでいった。
「ふう……手ごわい蟲だったな。『我に倒されし妖蟲よ、我が僕しなり我が身を護れ』」
クイーンアントの体に手を触れて契約の呪文を唱えるが、光の玉は現れない。
「あれ?なんでだ?」
「もしかして、死んでおらんのではないか?」
シャルロットと二人でクイーンアントの体を見てみると、その触覚から細い神経の線がつながっていた。
「なんだこれは?」
二人で線をたどってみると、先ほどクイーンアントに置き去りにされていた下腹部の袋が蠢いていた。
「もしかして、こっちが本体とか?」
「そうみたいじゃな。あの硬い外皮でできたアントの体は外敵を倒すためのゴーレムのようなものなのじゃろう。脳はこっちに宿っていたのじゃろうな」
シャルロットの言葉どおり、袋状の下腹部はモゾモゾと蠢いていて、必死に逃げようとしていた。
「そうか。『瞬撃蟲招来!』」
リカルのパンチであっさりと袋は破れ、その中から今までクイーンアントが食べた大量に宝石の原石や金銀の塊が転がり落ちた。
「やった!お宝だ」
「よかったのう。リカル、ワラワには分け前など不要じゃ。全部お主にやろう」
シャルロットは大貴族の子女らしく、太っ腹な所を見せる。しかし、ちょっと意地悪な顔をして問いただした。
「それで、どうやってこんな大量のお宝を持って帰るつもりじゃ?」
「そういわれると……」
リカルは困惑してしまう。確かにもっている袋には入れられそうになかった。
「残念じゃが、もっていけない分は諦めるしかないのぅ」
「そんなぁ」
諦めきれないリカルは、未練がましく宝の山を見つめる。すると、クイーンアントの本体であった袋が目に入った。
「待てよ。明らかにこの袋じゃ入りきれないほどの量が出てきたな。この妖蟲の能力ってもしかして」
一縷の望みを託して、リカルは袋に手を触れる。
『我に倒されし妖蟲よ、我が僕しなり我が身を護れ』」
袋から光の玉が出て、リカルの体に吸い込まれる。その右腕には。「袋蟻蟲」という文字が刻まれた。
試しに「袋蟻蟲」を呼び出してみる。大量のお宝は、すべて出現した袋に吸い込まれていった。
「やった!この妖蟲の能力は、何でも体内の袋に取り込めるというものだったんだ」
「リカル、よかったではないか。それを使えば、ここにあるお宝をすべて持って帰れるのう」
「ああ。これで俺も大金持ちだぜ」
リカルは笑うが、すぐにその顔がこわばる。シャルロットが力尽きたようにへたりこんだからである。
「だ、大丈夫か?」
「……心配するな。少しアバラの骨が折れただけじゃ」
「重傷じゃないか!」
慌てたリカルは、シャルロットの服を脱がして患部を確認する。
「大胆じゃのう。リカルよ。秘め事をするには時と場所を選ぶものじゃぞ」
「冗談言っている場合じゃないだろ」
万能油をシャルロットの体に塗っていく。その効果で苦痛は和らいだ。
「さあ、帰るぞ」
リカルはシャルロットをおんぶして、歩き出した。
「うむ。苦しゅうないぞ。その忠誠心褒めてとらす」
シャルロットは威張りながら、頼もしそうにリカルの背中に顔をうずめるのだった。




