ユリシーズ・カーネィション大宰相令息
「嫌だ。ぼくは王子の側で剣をふるう戦士になりたいんだ」
「そんなこと言われてもね……」
タハミーネは困惑する。ユリシーズは小柄な少年で、どうみても大きな剣が振るえるようには見えない。
「もともとあんたの魔法属性である『水』って、どっちかといえば防御系だろ?大人しく盾術を学んだら?」
「うるさい!いいからぼくの言うことをきけ!ぼくは大宰相の息子なんだぞ。お前たちの家なんていつでも潰してやれるんだからな!こんな風に。『放水』」
子供の癇癪を起こしたユリシーズは、炉に向けて杖を振る。杖から放たれた水は、炉の火を消してしまった。
それを見たタハミーネは、怒って出口を指差した。
「何するんだ。帰れ。あんたみたいな我侭坊やに作ってやる剣はないよ」
その言葉とともに、金貨の入った袋をなげつけて返す。
「坊やだって!この!」
怒ったユリシーズが再び杖を振るおうとしたとき、何かが視界を遮。る。次の瞬間、巨大な球のようなものに全身を包み込まれた。
「え?なんだこれ!?ここから出せ」
目の前の壁をドンドンと叩くが、どうにもならない。
「こんな所で暴れるなよ。危ないだろ。『包甲蟲招来』」
ユリシーズをボールアーマーで包んだのは、リカルだった。
「リカル、助かったぜ。そいつをどこかに連れて行ってくれ」
「いいとも」
リカルはボールアーマーを転がしながら去っていった。
「ここでいいかな。ほら」
近くの公園でホールアーマーを解除し、ユリシーズを開放する。
「うう……いたいよぅ」
小柄な彼はボールの中で散々転んだり倒れたりしたらしく、泣きべそをかいていた。
「ママぁ。助けて。野蛮な在地貴族にいじめられたよう」
そういってへたり込むユリシーズに、リカルはちょっと引いてしまう。
「ママって、俺と同じ15歳だろ?」
「うるさい。ぼくをバカにするな!お前なんかパパにいいつけてやるからな」
泣きながら腕を振り回すユリシーズに、リカルはすっかり呆れてしまった。
(ママとかパパとか。やばい。こいつちょっと変な奴だ)
そう思ったリカルは、相手にせず去っていく。
「卑怯者!逃げる気か!」
そのリカルの背中に、負け惜しみをぶつけるユリシーズだった。
「くそ……あの生意気女め。ボクを馬鹿にしやがって」
ベンチに座って膝を抱えていると、金髪くるくるカールの美少女セーラが近づいてきた。
「ユリシーズ様?どうされたのですか?そんなに傷ついて」
そういいながら、擦り剥いて血がでている膝小僧にハンカチを当てる。介抱されたユリシーズは、顔を赤らめながら強がった。
「べ、別に大したことはないさ」
「いけません。治療いたしますから横になってください」
セーラはユリシーズをベンチに寝かせる。
「では、いきます。麻痺光」」
光魔法の初級である痛みを軽減させる魔法を使う。ユリシーズの体の痛みが消えていった。
「あ、ありがとう。もういいよ」
そう言って起き上がろうとするユリシーズを、セーラは優しくなだめる。
「だめですよ。痛みがなくなっただけで傷は治っていませんから。もう少しお休みください」
「は、はい」
ユリシーズはセーラに頭をなでられ、再び横になる。二人の間にゆつたりとした時間が流れた。
(セーラさんって優しい。まるでママみたいだ)
そう思うユリシーズをあやしながら、セーラは心の中で笑っていた。
(えっと……ユリシーズは幼いころに母親を亡くしてマザコ……もとい愛に飢えているという設定で、公園で泣いていたところを私に助けられるんだっけ。最後にダメ押しとして……)
そう思ったセーラは、あらかじめ用意していたお菓子を取り出す。
「ユリシーズ様。お一つどうぞ。水飴と練乳でつくった「ミルティー」というお菓子です。とっても美味しいのですよ」
「へえ。だったら一つもらおうかな」
ユリシーズは一粒口に含んでみる。濃厚なミルクと飴の風味がまざった優しい味がした。
「美味しい。まるでママが入れてくれたミルクみたいな味だ」
「ふふっ。ミルティーは母の味ともいわれているのです」
セーラは優し微笑むと、ベンチの端に座った。
「いらっしゃい。膝枕してあげます」
「ママー!」
ユリシーズはそう叫びながら、セーラに体を委ねていった。




