結末
次の日
「これはどういうことですか!」
怒りの表情を浮かべたメイドたちが、ミザリーとセーラを取り囲んでいる。行商人との交易が終わったら支払われることになっていた給料が支払われなかったのだった。
「う、うるさいわ。元はといえばお前たちが塩や海苔を用意できなかったことが原因でしょ!そのせいで行商人と取引できなかったのよ。だから今月は給料なしよ!」
ミザリーは頭ごなしに怒鳴りつけるが、メイドたちは収まらない。
「あなたたちに仕えたのが間違いでした。辞めさせていただきます!」
メイドたちはエプロンドレスを投げ捨てると、去っていた。
「ね、ねえセーラ。どうしましょうか?行商人がこなくなったら……。それに交易ができなくてお金が手に入らないので、メイドたちを雇い続けることもできなくなるわ」
ミザリーは娘に泣きつく。これまで娘の言うとおりにやってきて、順調に領地を支配できていたと思っていたが、歯車が狂ってきたのである。
こうなれば、ただの貴族の夫人であるミザリーには打つ手はない。
「お母様。これにはきっとカラクリがあるに決まっています。リカルを問い詰めてみます」
追い詰められたセーラは、リカルの倉庫に突撃した。
倉庫に入ったセーラは、目の前に広がる光景にポカンとする。そこでは漁師と元メイドたちが仲良く買い物をしていた。
「あなた、今までごめんなさい。あんな強欲女に仕えるなんて、どうかしていたの」
「お父さん。ごめんなさい」
「いいってことさ。さ、父ちゃんが何でも買ってやるぞ。好きなものを選べ」
父親の威厳を取り戻した漁師たちは、気前よくふるまうのだった。
呆然とするセーラに、リカルは皮肉っぼく話しかける。
「これはこれは、我が義妹のセーラじゃないか。どうしたんだ?お前も何か買うのか?安くしてやるぞ」
「こんな大量の商品をどこから盗んできたのよ!」
セーラはいつも被っている猫をかなぐりすてて、リカルを攻め立てた。
「盗んだとは人聞きの悪い。ちゃんと正当に仕入れた物さ。『転々蟲招来!」
平べったいナメクジが現れ、その背中に渦巻き状の空間が浮かぶ。リカルはそこに箱に入った魚や収穫物を投げ入れた。
しばらくすると、魚の代わりに日用品が入った箱が帰ってくる。
「よしよし。ちゃんと取引できているな」
リカルは取り出した日用品を、値札をつけて倉庫にならべる。それはミザリーの販売している値段よりはるかに安かった。
キャメリア公爵から資本の提供を受けた彼は、その金と転移術を使って新しい商会を起こしたのだった。
それを見ていたセーラは、怒り心頭に発する。
「ず、ずるい!チートよ!反則よ!私の内政がチートで邪魔されるって、ひどすぎるわ!」
「なんだよそのチートって。意味わからない」
リカルは笑って相手にしない。
しばらく喚いていたセーラは、あることに気づいて声を張り上げた。「みんな!リカルにだまされちゃだめ!こんな商売はいつまでも続かないわよ。リカルはいずれ魔法学園にいってここからいなくなるのよ。そうなったら交易もできなくなるわ!」
そういわれて何人かの領民が動揺するが、リカルは落ち着いていた。
「俺がいなくなっても交易が続けられるように、手は打っているよ」
「ふん!だったら言ってみなさいよ!」
そうセーラがリカルに詰め寄ったとき、外から漁師が走ってきた。
「船だーーー!交易船がきたぞーー!」
慌てて全員で外に出てみる。誇らしげにいっぱいに帆を広げた
大きな船が港に到着していた。
「リカル様。キャメリア公爵様の命により、これから半年に一度は寄港させていただきます。よろしくお願いします」
降りてきた海上商人は、恭しくリカルの前に跪いた。
「これからは大口取引は交易船で、小口取引は俺の転移で行う。お前たちの交易なんて、もう必要ないぞ」
完全にミザリーたちが握る行商人を介した陸の流通路がトドメを指された瞬間だった。
「そんな……私の内政が、ファンタジーに負けるなんて」
セーラは悔しそうに唇をかみ締める。
「覚えてなさい。もうこうなったらあんたなんて攻略してやらないんだから。むしろ王子に頼んで、やっつけてもらうんだからね。乙女ゲームの主人公を舐めないで!」
セーラは泣きながら走っていってしまう。
「乙女ゲーム?主人公?なんのことなんだ?」
リカルは去っていくセーラを見送りながら、首をかしげるのだった。
ローゼフォン男爵家
そこには、家族全員が集められていた。
「それで、せっかく内政に取り組んだのに、リカルにすべて奪われてしまったと言いたいのか?」
ケイオスは難しい顔をして考え込んでいる。
「そうです。あなた、リカルを叱ってください!」
「お義父様。ひどすぎます。何もなかったこの領を豊かにしたのは私たちです」
ミザリーとセーラは涙ながらに訴え出ている。それに対してリカルは平然としていた。
「リカルはどう思う?」
「何も悪いことはしていませんね。お義母様たちは単に競争に敗れただけかと」
そう開き直るリカルに、ケイオスは首をかしげた。
「競争だと?」
「そうです。彼女たちは自給自足をしていたこの領に、『貨幣経済』を導入することで競争を持ち込みました。金があるものが力をもち、無いものを従わせるという形で」
まず流通を握った上で女たちに金をばら撒き、今まで協力してきた男たちを従わせようとした。これはこの領の安定を損なうものとして見過ごせなかったとリカルは主張した。
「この領をふたたび安定させるためには、実際に重労働をしている漁師たちを下におくことなく、正当に評価して報酬を分配することだと思いました。そのためには、彼女たちが作ったシステムよりさらに優れた経済モデルを構築する必要があったのです」
そのため、公爵家の元で領地経営と経済学を学んで新しい商会を立ち上げたのだった。
「流通の手間が大幅に削られる私のやり方だと、漁師たちに過大な負担をかけることなく豊かな生活を与えることができます。今更陸路の行商に頼る必要はないでしょう」
話を聞き終えたケイオスは、大きくうなずいた。
「わかった。今後の交易はすべてリカルに任せる」
「そんな!」
「お義父様!」
ミザリーとセーラが悲鳴をあげるが、ケイオスは厳しい顔をして首を振った。
「領民は奴隷ではない。我ら領主の同胞、家族なのだ。新しい産業を興して領を発展させることも大切だが、彼らを酷使して苦しめることになるのなら本末転倒だ」
ケイオスはじろりとミザリーとセーラを睨み付ける。
「お前たちの内政の功績は認める。一定の生活は保障しよう。だが、この領の正当な跡継ぎはリカルなのだ。立場は弁えよ」
領主の威厳をもって言い渡す。ミザリーとセーラは何もいえなくなり、引き下がるのだった。




