綻び
その日、久しぶりにリカルが王都から帰ってきた。
喜んだ漁師たちは、リカルを囲んで次々に訴える。
「坊ちゃん。女たちをなんとかしてください!」
「毎日毎日安くこき使われて、もう限界です!」
大の大人が12歳の少年にすがり付いて、涙を流す。
リカルはその不満をやさしく聞いていたが、頃合を見て提案した。
「やつらを大人しくさせる方法はある。僕に協力してくれ」
リカルの提案した内容に、男たちは喜んで協力を約束した。
次の日、領から帰ってきた漁師は、取れた魚をメイドたちが管理している倉庫に入れず、その隣の空き倉庫にいれる。
「あんたたち、何しているのよ!」
抗議するメイドたちに、男たちは冷たく返した。
「坊ちゃんが帰って来たんだ。魚の管理は坊ちゃんに任せるべきだろう?」
「……なんですって!」
今まで何でも思い通りになっていたメイドたちは、漁師たちに反抗されて怒る。
「魚が欲しいなら、坊ちゃんに頼めよ。お前たちの大好きな金を出せば、譲ってくれるかもしれないぜ」
「……くっ。だったら次は塩と海苔よ!さっさと働きなさい!」
「へいへい」
漁師たちはメイドをあしらいながら、塩田と海苔場にいく。しかし、今までのように必死に働かず、休憩を入れながらのんびり作業しているので、できた収穫物はわずかな量だった。
「今日はみんなどうしたのよ!これだけしかできてないじゃない」
怒るメイドをほうっておいて、漁師たちは出来た塩や海苔を持ち出そうとする。
「ちょっと!どこにもって行くつもりよ!今から買取の査定をするんだから、そこに置きなさい!」
メイドたちに怒鳴られた漁師たちは、へらへらと笑った。
「はあ?誰がお前たちに売るっていったよ」
そういわれたメイドたちは、ポカンとした顔になった。
「え?私たち以外に買い取ってくれる所なんて……」
「それがあるんだな」
ニヤニヤ笑いを浮かべた漁師たちが収穫物を運んだのは、リカルが管理する倉庫だった。
「坊ちゃん。持ってきましたぜ」
「ご苦労さま。塩や海苔は王都で人気があるから高く売れるんだよ。塩は一キロ銅貨4枚、海苔は100枚あたり銅貨6枚で引き取るよ。あと、これは昼間の魚の代金だから」
漁師たちに銀貨と銅貨を渡す。その様子を見ていたメイドたちは動揺した。
「あ、あんたたち、ミザリー様に逆らってただで済むと思っているの?お金をもらっても使える所は他にはないのよ!」
「だから、あるって言っているだろうが」
漁師たちはお金をもって倉庫の奥に行く。そこには針や糸など漁に必要なものから、パンや果物、砂糖などぜいたく品まで山のように用意されていた。
「な、なんでこんなものが?行商人はまだ来ていないはず」
「ふふふ。僕には特別な交易ルートがあるんですよ。今日から『リカル商店』を開店します。今後よろしくお願いします」
リカルは頭を下げながら、薄く笑うのだった。
「最近、塩や海苔が手にはいらなくなっているみたいだけど、どうしたの!」
自分の倉庫を確認したミザリーとセーラは、怒りの表情を浮かべてメイドたちに詰め寄った。
「も、申し訳ありません。いくら夫たちに言い聞かせても、『リカル坊ちゃんのほうが高く買い取ってくれる」と聞く耳をもちません」
怒られたメイドたちは、恐怖に震えながら弁解した。
「次の行商人が来るのは三日後なのよ。どうにかしなさい!」
「そうおっしゃられても……」
メイドたちは困惑するだけで、いい考えが思いつかない。
「役立たずね!いい?何としてでも漁師たちに命令して塩と海苔を用意しなさい。さもなければ、メイドを首にしてやるからね!」
そう怒鳴りつけて去っていく。残されたメイドたちは、慌てて自分の家に帰ると漁師たちを説得した。
「あなた、お願いします。塩を作ってください」
「お父さん。このままじゃメイドを首になっちゃう。お願いだから海苔を売って!」
妻や娘からそう懇願されるも、漁師たちは相手にしなかった。
「知るか。今まで俺たちを散々馬鹿にしてこき使っていたくせに」
「もう俺たちは自分で稼げるんだから、お前たちのメイドの給金なんて当てにしないぜ。塩や海苔が欲しいなら、自分たちで苦労して作るんだな」
こうして、女性上位になっていたローゼフォン領のヒエラルキーが崩れ始めるのだった。
そして三日後。やってきた行商人は、最初から警戒していた。
「まず、先に収穫物を引き取りたいと思います」
勝手に商品を取り上げられないように、村の外でミザリーたちに交渉する。しかし、彼女たちは収穫物を出せなかった。
「塩や海苔どころか干物すら用意されてない?いったいどういう事ですかな?」
苦労してローゼフォン領まで長旅をしてきた行商人は、あてが外れてがっかりする。
「こ、今回はたまたま不作だったのですわ」
「……仕方ありませんな。では、今回は仕入れができなかった分の損も、販売価格に転嫁させていただきます」
そういって持ってきた商品に値札をつける。それは運送料が入っている分、リカルが販売する価格よりはるかに高いものだった。
「こ、こんな価格じゃ買い取れませんわ!もっと安くなさい!」
ヒステリーを起こして命令するミザリーに、行商人は見切りをつけた。
「では、購入されなくて結構。おそらく、私がここに来るのも最後になるでしょう。お世話になりました」
行商人は慇懃無礼に一礼して去っていく。後には呆然としたミザリーとセーラが残された。




