メイドの反逆
「私たちは領主夫人にメイドとして仕えます!」
漁師たちはいきなり自分の妻や娘にそんなことを言われて、ひどく困惑した。
「馬鹿なことを言うな。家事や網の繕いや海女の仕事はどうするんだ?」
「そんな銅貨一枚もらえない仕事したって、なんにもならないわ」
妻や娘は、今まで見たこともない冷たい目で男たちを見つめた。
「金だって?それこそもらったってこの田舎領では使い道はないだろうが!」
「残念でした。領主夫人が必要な品を売ってくれるって」
彼女たちはもらった生地や雑貨をみせつける。
「こんな物、どこで……」
「彼女たちは王都にコネがあるの。行商人に命じていくらでも取り寄せられると仰っていたわ。なんの力もコネもないご領主様と違ってね!」
女たちは自慢そうに胸を張る。男たちは怒りを感じたが、実際にモノを手に入れられないので黙るしかなかった。
「……勝手にしろ!」
しぶしぶながら、男たちは妻や娘が領主夫人の下で働くことを認めるのだった。
そして一ヵ月後、再び行商人がやってきて、交易が行われる。
例のごとく干物を買い叩かれ、情けない顔をする男たちを尻目に、女たちはもらった給料で好きなだけ買い物をしていた。
「きゃー。この生地かわいい」
「砂糖と紅茶の葉をおくれ。家で飲みたいんだ」
女たちは男たちに見せ付けるように、贅沢品を購入していく。それだけではなく、彼女たちが作った新商品も売りつけていた。
「おい?それはなんだ?」
「食べられる海草を乾かしたものよ。『海苔』っていうの。セーラさまに商売になるって教えられて、みんなで必死につくったの。くっさい干物をつくるより、よっぽど楽で稼げるわ」
確かに、海苔は干物の数倍の値段でミザリーたちに買い取ってもらえていた。
「なんでこんなものが……」
「あんたたちの頭が遅れているのよ。いまどき干物なんて売れないの。高く買い取ってもらいたいなら、まず売れるものをつくらないとね」
正論を言われて、男たちは沈黙する。
「……干物は売れないのか……」
「俺たちはこれからどうすればいいんだ?漁をして干物を作っていれば安泰だと思っていたのに」
ようやく外の世界の実情を悟って暗い顔をする漁師たちに、ミザリーは甘くささやく。
「よかったら、あなた達も手伝ってもらえませんか?この領も時代に合わせて変化していくときなのです」
そういわれて、漁師たちもミザリーの話に耳を傾ける気になる。
「わかりました。よろしくお願いします」
こうして、ミザリーとセーラはローゼフォン領における発言力を強化していく。ケイオスとリカルはその間、手をこまねいてみていることしかできなかった。
「なぜ漁に出ないんだ!」
ケイオスは漁師たちに向けて怒鳴りつけるが、返ってきたのは嘲笑だった。
「ご領主さま。今どき漁なんて流行らないですぜ」
「そうだそうだ。魚なんてちょっと取るだけでいいんだ。これからの時代は売れるものをつくらなきゃなんねえ」
男たちはそう言って、塩田や海苔場に働きにいってしまう。
リカルはいつの間にかミザリーとセーラに支配されてしまったローゼフォン領を見て、どうしたらいいかわからなくなるのだった。
一年後
ローゼフォン領は、完全にミザリーとセーラ、その配下となった女たちに支配されていた。
「ほら!しっかり働くんだよ。このごくつぶしが!」
メイドとなった女たちは、監督官として塩場や海苔場に出向き、そこで働く男たちを怒鳴りつける。
男たちは反抗しようとしても、クビになったら生活できなくなるので、我慢して働いていた。
「なんでこんなことになったんだ……」
「最初は金を稼げて楽に生活できると思ったのに。今じゃまるで地獄だ……」
そう、最初はよかったのである。ミザリーたちはそれなりの金で収穫物を買い取ってくれたので辛い漁に出なくても生活できていた。
しかし、漁師たちが新しい仕事になれたころ、突然メイドたちが監督官として彼らの上にたつようになり、給料も削られ始めた。
「なぜだ。今までより急にきつくなった。休む暇もねえくらいに働かされている」
これは市場経済に取り込まれた農村漁村が陥るパラドックスである。今までは贅沢を知らなかったおかげで、食べる量だけを作り出せばよかった。しかし一度覚えた贅沢を満たすためには、より多くの労働に耐えなければならない。そして富の偏在が顕著に現れたことによって「階級」が生まれ、権力と富を持つ領主に媚を売るものが力をもつのである。
それに抗議したくても、いまさら元の生活には戻れない。男たちはおとなしく重労働に従事するしかなくなったのである。
たまりかねた男たちは、なんとか現状を打破する方法を考えた。
「ご領主さまに相談するというのは?」
「無駄だ。すっかりあの女の尻にしかれて、肩身が狭い思いをしているらしい」
ケイオスも漁師たちと同様、妻となったミザリーに領の実権を奪われていた。
「こうなったら……」
「ああ、ぼっちゃんに期待するしかねえ。なんとかあの強欲女と性悪小娘を掣肘してくださいってな」
漁師たちは集団でリカルに頼みこむのだった。




