領内分裂
「ミザリー殿。領民と行商人から訴えがあった。不当な取引をして暴利を貪ったらしいな」
ケイオスは怒りの表情を浮かべてミザリーとセーラに迫るが、二人はどこ吹く風だった。
「なんのことでしょうか?私たちはただ取引税を上乗せしただけのこと。貴方にもちゃんと言っているはずですわ」
「今までまともな徴税すらなされてなかったのです。この程度は当然ですわ」
反論されて、ケイオスは言葉に詰まる。
「し、しかし……」
「領民を甘やかせてはなりません。私たち領主が圧倒的な権力と財力を誇ってこそ、彼らを導けるのです。ケジメはつけないと」
そう言って開き直る。彼女たちに王都との交易権を握られているケイエスは、これ以上何も言えずに黙り込むのだった。
そんな彼をみて、セーラがしゃしゃり出てくる。
「お義父様。これからは私に領のことをお任せください。男爵家を継ぐのは私ということで」
「そ、それは無理だ。ローゼフォン家の正当な血を引いているのはリカルだけだ」
「あらあら。在地貴族の間では、娘に優秀な婿を取って家を継がせるのでは?家柄や血などにこだわっていれば、ローゼフォンはますます時代に取り残されてしまいますわよ」
セーラは笠にかかって言い放つ。
「リカルは優秀な後継者だ。漁師の間でも慕われている。よそ者であるお前に跡は継がせられない」
ケイオスがはそういって部屋を出て行く。
残されたミザリーとセーラは、顔を見合わせてにんまりとした。
「うまくいったわね。田舎の領主などちょろいものだわ」
二人の手元には、大量の商品と行商人からちょろまかしたお金が残っていた。
「でも、これからどうしましょう。今回の行商人の赤字は三権貴族様たちがなんとかしてくれるとして、次は商品を持ってこなくなるかもしれないわ」
ミザリーが抱いた不安に対して、セーラは自信をもって告げる。
「お母様、ご安心を。次に行商人がくるまでに、漁師に命じて塩や海苔をつくらせますわ。そうしたら行商人も機嫌を直して取引してくれるでしょう」
「でも、そんなことができるのかしら。それに、思った以上にリカルは信頼されているわ。私たちがこの領を支配するにはどうすればいいのかしら」
ミザリーは乱暴しようとしてきた漁師たちを思い出して、恐怖に震える。
「お任せください。領民たちの間に、私たちに従うシンパをつくればいいんですわ」
セーラの顔には自信があふれていた。
ローゼフォン領では、領民に不満が広がっていた。
「あんた!新しい服を作るための生地はどうしたんだい?今度の交易で買ってくれるといってただろ?」
「お父さん。どうしてパンや果物を買ってきてくれなかったの?」
そう責めてくる妻や娘に対して、漁師たちは決まり悪そうに説明する。
「新しく来た領主の嫁と娘が、俺たちが苦労して作った干物を安く買い叩こうとしやがった。だから頭に来て売らなかったんだ」
そういっても、妻子は納得しない。
「そんな!それじゃ、これからどうするのよ!ここは魚以外はなんにもないのよ!」
「心配するな。強欲女たちだって、俺たちが干物を売らないと金が手に入らないんだ。いずれ頭を下げにくるさ。結局のところ、俺たちがいないとこの領はやっていけないんだからな。しばらく我慢していてくれ」
そういって宥められるが、領内の女たちの不満は収まらない。
「いつまでボロボロの服をきていないといけないのよ」
「魚は飽きたよ。パンや果物を食べたい」
そう言っている彼女たちの前に、小さな女の子が現れた。
「皆さん。こんにちわ。私は領主の娘のセーラと申します。いつも働いてくれている漁師を支える女性たちを慰労したいので、お茶会を開こうとおもいます。皆様ふるってご参加ください」
「お茶会って?」
聞いたことのない言葉に、妻や娘たちは首をかしげた。
「女性だけで行われる秘密の会合ですわ。パンや果物も提供させていただきます」
それを聞いた女たちは、目を輝かせる。
「喜んで!」
こうして、男たちが漁でいない間に、領内の女性だけを集めたお茶会が開催されることになった。
お茶会では、美しく着飾った領主夫人ミザリーが主人となって、女たちをもてなす。食卓には色とりどりの果物と、食べ切れないほどのパンが並んでいた。
「これが「紅茶」というものですわよ」
王都から取り寄せた砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲んだ女たちは、そのおいしさに歓喜した。
「甘い!」
その味に、甘味といえば果物しか食べたことがない女たちは感動の声をもらす。
「皆さん。シフォンケーキを焼きました。どうぞご馳走になってください」
「美味しい!」
セーラが振舞ったケーキは、五臓六腑に染み渡るほどの感動を女たちに与えた。
ひとしきりご馳走を食べて気がゆるんだ女たちに、ミザリーは優しく声をかける。
「皆様。何か不満があれば、私に遠慮なく訴えてくださいね。乱暴な漁師たちに押さえつけられて、何もいえないということもあるでしょうから」
そのように水を向けられると、女たちの口から不満が続出した。
「男たちは自分の物は買ったくせに、私たちの物は買ってくれないんです!」
「私たちだって、いつも頑張っているのに!」
そう涙ながらに訴えてくる。
「夫は、ご領主様が暴利を貪っているから買えなかったと言ってました。どうして干物を高く買ってくれなかったんですか?」
中にはそう問い詰めるものもいた。
それを聞いたミザリーは、悲しそうな顔になって弁解を始める。
「それは誤解ですわ。あなた方は王都や他領で、干物がどれくらいの値段で取引されているのかご存知でしょうか?」
今まで考えたこともないことを言われて、女達は顔を見合わせる
「勇者が妖蟲王と戦っていた時代は、食料不足のため保存が効く干物は貴重品として高い値段で売れました。しかし、それから豊かな時代が続いたせいで、食料が余って味に劣る干物は売れなくなっているのです」
「たしかに……」
いつも新鮮な魚を食べられるローゼフォン領では、わざわざ干物など食べる者などいない。
「だから私たちは、時代の流れに取り残されたローゼフォン領をなんとか改革しようとしていました。高値で売れる塩を作ろうとしたり、『海苔』という新商品を開発して王都で売れるようにしたり。ですが、保守的な我が夫や息子、漁師たちには受け入れられませんでした」
涙を流しながら訴えるミザリーに、女たちは同情して男たちに怒りを募らせる。それと同時にこの領は衰退していくしかないのかと思って絶望した。
「私たちはどうすればいいのでしょうか?」
そうすがってくる女たちに、ミザリーは優しい笑顔を向けた。
「男たちに時代の流れを自覚させるためには、今まで自給自足ですべてを済ませていたこの領の価値観自体を変えなければなりません。皆様、こちらに来てください」
そういって、ミザリーとセーラは館の倉庫に案内する。そこには行商人からだましとった商品が山のように置かれていた。
「これは?」
「あなた達が困っていると知って、王都から取り寄せた品物です。お土産にお一人一つずつお分けしますわ」
ミザリーの言葉に、女たちは感謝して布の生地や雑貨を手に取った。
「ありがとうございます。慈悲深い領主夫人様!」
そう尊敬の目を向ける女たちに、ミザリーはさらに畳み掛ける。
「この領の価値観を変えるには「貨幣経済」を導入しなければなりません。皆様にご提案させていただきます。あなた達はメイドとして私たちに仕えていただけませんでしょうか。ちゃんと「金銭」で報酬はお支払いします。そのお金を使えば、ここにある商品を自由にお買い物できますわ」
その言葉に、女たちは歓声を上げてミザリーに群がった。
「ぜひ私たちを雇ってください。ご主人さま!お嬢様!」
自分たちに忠誠を誓う女たちを見ながら、セーラは心の中で黒い笑みを浮かべる。
(ふふふ……これで女たちを支配下に置けた。彼女たちをうまく使えば、やがてはこの領すべてを支配できるわ)
ローゼフォンは転生者であるセーラにより、さらなる混迷に導かれていくのだった。




