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セーラ・ローゼフォン男爵令嬢

「なんですか!この有様は!」


館の財貨室に案内されたミザリーは、中を見て怒り狂う。財貨室とは名ばかりで、銅貨がわずかばかりしかなかったのである。


「私たちは基本的に自給自足で生活しています。お金を使う機会は王都から行商人が来た時だけ。なので魚の干物を売って得たお金はその場で使ってしまい、ほとんど残らないのです」


「そんな!それじゃ王都の貧民のほうがましじゃないの!キーーッ!」


頭をかきむしってヒステリーを起こす。彼女の娘だという少女も、ショックを受けたように立ち尽くしていた。


「……どういうことなのかしら。『フラワードリーム』の設定だと、ローゼフォン男爵家は辺境ながらお金持ちの家だっていう設定だったはず。いや、待てよ。もしかして私が前世知識を使ってこれからお金を稼ぐのかもしれない」


なにやらブツブツ言っていた少女は、ケイオスの前に進み出ると、厳しい顔で責め立てる。


「どうやら、貴方は辺境の地で王国の目が届かないことをいいことに、貴族としての義務も果たさず怠けてすごしていたようですね」


10歳とは思えないほどの凶悪な目つきに、思わずケイオスはひるんだ。


「これから、私たちが王都で学んだ『領地経営』というものをたっぷりと教えてあげます。まず、基本として領主というものは領民とは馴れ合っては駄目です。毅然とした態度をとって、彼らを従わせるのです」


胸を張って主張するセーラ。その隣でミザリーもうんうんと頷いていた。


「これからは、ちゃんと領民から税をお金で取り立てます」


「で、ですが、彼らはもともとお金など持ち合わせては……」


必死に言い訳するケイオスをセーラはあざ笑う。


「領民たちだって、自分たちが作った干物を売って日用品を買うときにはお金をつかうのでしょう?その際に、『取引税』を徴収させていただきます」


「そ、そんな!もともと高い日用品に、さらに税を掛けるですと?」


漁師たちの反発を予想して青くなるケイオスに、セーラはさらに追い討ちをかけた。


「あと、漁師たちに対する支配が緩すぎます。直接雇用している家臣の一人もいないなんて!これから、私たちに仕えるメイドも雇わせてもらいます。いいですね!」


「……はい」


その迫力におされたケイオスは、思わずうなずくのだった。


ミザリーとセーラが高笑いをあげつつ自室に向かったあと、リカルはたまりかねて父に迫った。


「父上、よろしいのですか?来たばかりの小娘にあんなことを言われて!」


「仕方ないのだ。彼女たちは行商人たちとの交渉権を握っておる。結婚するにあたり、大宰相様からそのように念おしされた。彼女たちを粗略にあつかうべからずとな」


大宰相からの手紙を見せて、怒るリカルをなだめる。


「それに、あのセーラとかいう子、幼いのにしっかりしているではないか。この停滞したローゼフォンに新しい変化をもたらしてくれるかもしれない。しばらく任せてみよう」


ケイオスは自分に言い聞かせるようにつぶやくのだった。




数日後、領の住人があつめられ、形だけの結婚式が行われる。


「私はミザリー。そしてこの子はセーラといいます。お前たちの上にたつ領主となったからは、これから厳しく指導します」


ドレスを着たミザリーとセーラは、台の上で胸を張った。村人は尊大な彼女たちに辟易しながらも、しぶしぶ拍手する。


「では、村の若い女は、私たちのメイドとして仕えなさい」


高飛車に命令するミザリーの前で、村の少女たちは顔を見合わせる。その中の一人が手を上げて、おずおずと聞き返した。


「あの、私たちは海女とか網を繕ったりとか、忙しいんですけど」


「なんですって!私の言葉に従えないの?」


額に血管を浮かべるミザリーを、セーラが抑える。


「まあまあ、お母様。メイドになれば、そのような辛い仕事から解放されますよ。ちゃんと報酬はお金で支払いますから」


「お金で?ふふっ」


それを聞いていた村娘や、漁師たちが笑った。


「何がおかしいのかしら?」


「お嬢様。残念だけどこの村には商店なんてありませんよ。お金なんてもらってもなんの意味もないわ」


「そうだぜ。娘っ子たちにメイドなんかさせる暇はねえ。結婚式も終わったことだし、仕事に戻ろうぜ」


ひとしきり笑った後は、村人たちは去っていく。あとはポツンとミザリーたちが残された。


「田舎ものの蛮人どもめ!メイドすら雇えないなんて!だったら家事は誰がするの?」


「あの……そう大きな館でもないし、家事は夫人であるミザリー殿の仕事ということで……」


「なんですって!」


ミザリーはヒステリーを起こしてケイオスを責めている。


「はあ……前途多難ね。メイドすら雇えないなんて。まあいいわ。とりあえず内政に勤めて、この領を豊かにしてみましょう」


そうつぶやくセーラを、リカルは不気味そうに見つめていた。




セーラのローゼフォン領内政は、暗礁に乗り上げていた。


「まったく、どういうことなの!前世で遊んだ『フラワードリーム』の内政パートでは、命令するだけで簡単にうまくいったのに!」


この言葉が示すように、彼女には前世の知識があった。日本で遊んでいた乙女ゲームのシナリオ通りに話を進めようとしたのだが、領民たちに相手にされなかったのだ。


「塩田をつくれって?別にそこまで塩が大量にいるわけでもねえし、砂浜を整備するのは重労働だしなぁ。漁も忙しいし」


「新商品『海苔』だって?海草なんか食べてどうするんだ?」


こんな感じで笑われるだけである。


「お義兄様。彼らに私に従うように命令してください」


上目遣いをしてリカルに協力を頼むが、すげなくあしらわれた。


「知らないよ。そもそも、領民に無駄なことをさせる意味がまったくわからない。このローゼフォン領は今までうまくやってきたんだ。塩を大量につくったり、変な海草を集める必要なんてない」


リカルはそういってそっぽを向く。ゲームでは攻略対象の一人として優しい兄キャラの設定だった彼だが、実際には保守的で漁にしか興味のないお子様だった。彼に内政のすばらしさを教えようとしても、教養がないので理解してくれない。


「仕方ないですね。それなら賃金を払いますから」


「だから、この領だと金は無意味なんだって。漁師たちに働いてもらいたいなら、金以外の報酬を考えるんだな」


リカルは冷たく突き放すと、漁に行ってしまう。そもそも、ゲームと違って無報酬で人を働かせようとしても、誰も動こうとしないのだった。


「このままじゃだめね。一体どうすればいいのかしら」


くじけそうになるが、前世の知識を思い返して心を奮い立たせる。


「いや、あきらめちゃ駄目。ここでお金を稼いで魔法学園にいかないと、王子やほかの攻略対象と会えなくなる。なんとかして領民たちを従わせないと」


セーラは必死に考えた結果、領民たちを従わせる方法を考えつくのだった。




数日後、ミザリーたちがローゼフォン領に来てから初めての行商人がやってくる。


「ご苦労様でした。それでは干物の買取と日用品の販売は私たちがやるので、貴方たちは村の外に出て待機していなさい」


なぜか着飾ったミザリーとセーラがしゃしゃり出て、王都から来た行商人に命令した。


「ですが……正当な取引をしないと、私たちもこの遠くこのローゼフォン領に来てまで赤字を出すわけには行かないので」


「品物の価格はすべて私たちが決めていいというのが、三権貴族様たちとの約束のはずです。赤字が出るようなら、彼らに補填してもらえばいいのです。わかったら、さっさと出て行きなさい!」


こうして、行商人は村からだされて、交易はミザリーとセーラの手に握られた。


まず、彼女たちはこの村の唯一の産業である干物の買取をはじめる。それはできるだけ安く買い叩こうとするものだった。


「干物が10束銅貨一枚だって?今までは銀貨一枚だったのに!今までの1/10じゃねえか!」


食ってかかる漁師たちに、セーラは冷たく告げる。


「不満があるならよそで買い取ってもらいなさい。もっとも、私たち以外に買取してくれる人はいないでしょうけどね」


「てめえ……」


思わず腕まくりする荒くれ漁師たちを見て、ミザリーは恐怖した顔になるが、セーラが高飛車に脅しつける。


「何?暴力を振るうつもりですか?いいですよ。そうなったら二度と行商人がこなくなる上に、王都から兵士を派遣してもらってこの村を焼き討ちしてあげるわ!」


「くっ……」


さすがの漁師たちも、国の権力をチラつかされれば従うしかない。しぶしぶ苦労して作った干物を最小限の量だけ安い値段で手放した。


「ふふ。次は販売ね」


ミザリーとセーラは自分たちで勝手につけた値段で、行商人たちが持ってきた日用品を売りさばく。それは今までの二倍もする価格だった。


「いくらなんでもひどすぎるだろうが!いらねえよ!」


怒った漁師たちは、網をつくろう針や糸など必要なものだけを買って去っていく。ミザリーとセーラの元には漁師から買い上げた干物と、砂糖や小麦粉、果物など大量の売れ残り品が残った。


「セーラ、これからどうするの?」


「ふふ。この売れ残りは全部私たちのものにして……ついでにお釣り用のお金も没収して……」


彼女たちに呼ばれて村に入った行商人はおどろく。持ってきた商品はきれいさっぱり無くなっているのに、残っているのは少しの干物だけだったからである。


「こ、これはどういうことですか?干物の量がいつもの半分もないではありませんか!これでは大赤字です!」


行商人は顔を真っ赤にして詰め寄るが、二人は完全に開き直っていた。


「今年は不漁で出来た干物の数が少なかったから、これだけしか


手にはいらなかったのです。高い値段でしか譲っていただけなくて……しくしく」


「はい。これ、残ったお釣りのお金です」


泣き真似をするミザリーと薄笑いを浮かべたセーラからは、銅貨が数枚はいっているだけの袋を渡された。


「ひどすぎる!領主様に訴えますからね!」


「ご自由にどうぞ。私の背後には三権貴族が控えていることもお忘れなく。次の取引は一ヵ月後ですね。お待ちしております」


セーラは手をひらひらさせて行商人を追い出すのだった

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