三権貴族
リカルたちが王都観光を楽しんでいるころ
「三権の塔」では、それぞれの勢力を代表とするものたちが集まっていた。
大宰相・大将軍・大神官の三人である。
「まったく、王にもこまったものだ!」
「王宮騎士は我が軍の士官。法衣貴族のみに許された地位」
「このような例外を認めてしまうと、我らの地位が在地貴族に侵食されてしまいますぞ!」
三人は口々に王に対して不満を漏らす。領地を持たない彼らは、国の重要な役職を独占することで在地貴族に対抗していた。たとえ一人といえどもその役職を在地貴族に侵されることはあってはならない。それは法衣貴族の衰退につながるからである。
ひとしきり王への愚痴をもらした後は、具体的な対策を協議しはしめた。
「こうなったら、あの田舎男爵家を我らに取り込むしかあるまい」
「だが、どうやって?」
大宰相と大将軍が困った顔をすると、大神官がある提案をした。
「あのローゼフォン男爵には妻がいない。我が神殿ではこのたびの戦争で夫を亡くしたり、離縁されたりして行き場がなくなった貴族の女たちを匿っている。適当な者を送り込んで、父子ともども我ら法衣貴族に逆らえないようにするのです」
その提案に、大宰相と大将軍は諸手をあげて賛成する。
「なるほど。在地貴族の間では娘に婿を取って後を継がせるというのが一般的だ。うまくすれば、領を乗っ取れるかも」
「それはいいですぞ。早速手配しましょう」
こうして大神官は神殿に戻ると、匿っている女たちを集めた。
神殿
そこには、教会に匿われている女たちが集まっていた。
「私たちに何をさせるつもりでしょうか?」
「もしや、誰か貴族の方の妻が亡くなって、その代わりに私たちの誰かが選ばれるのでしょうか。でも、貧しい家ならお断りさせていただきますわ」
着飾った貴婦人が艶やかに笑いあっている。そこには夫に死別したり離縁された不幸な女性たちという雰囲気は全く無かった。
なぜなら、女性を大切にする風潮が強いオスマイヤー王国においては、彼女たちの生活も充分に保障されていて、神殿にいるのはただ単に実家に帰ると世間体が悪いからというだけである。
神殿に匿われながら、実家から充分な仕送りを受けて遊び暮らしているというのが実情だった。
彼女たちが噂話に花を咲かせていると、大神官がやってくる。
「皆さん。お集まりくださいましてありがとうございます。実は、この中からローゼフォン男爵家に降嫁していただく方を募ろうと思います」
大神官の言葉を聴いて、多くの貴婦人が首をかしげた。
「ローゼフォン男爵家?聞いたこともないわね」
「どこかの在地貴族かしら。まあ、王都に近い領地でお金もちなら、我慢して行ってあげてもよろしくてよ」
そんな彼女たちの前に地図が広げられ、ローゼフォン男爵領の場所がしめされる。そこは王家から遠く離れた辺境の地だった。
「まあ、なんて辺鄙な土地なんでしょう」
「漁村が一つしかないのですか?それじゃ貴族とは名ばかりの貧乏領主。なぜそんな所にいかなければならないの!」
たちまち非難の大合唱が巻き起こる。慌てた大神官は、まあまあと宥めながらその訳を話し始めた。
「実は、そこの男爵令息が王の目に留まりまして、将来王宮騎士として国に仕えることに決まったのです。我ら法衣貴族としては、今のうちに彼らを取り込んでおきたいと申しまして……」
汗びっしょりになって説明する。
「王のご寵愛を在地貴族の令息が受けたですって?」
「なら、将来立身出世は思いのままかも。数年田舎で我慢すれば、やがてはもっと王都に近い位置の領地を与えられるかも」
「……でも、果たして義理の家族として受け入れてもらえるかわからないですし、王都から離れるのも嫌ですし……」
貴婦人たちの間にさまざまな思惑が漂ったとき、澄んだ声が響き渡った。
「大神官様。ローゼフォン男爵領には、母上と私が赴きますわ」
そう声を上げたのは、いかにも貴族らしい金髪くるくるパーマの十歳くらいの美少女だった。
「セーラ!勝手なことをいうんじゃありません!」
慌てて隣にいた彼女の母親が押さえつけようとするが、セーラと呼ばれた少女はいたずらっぽい目付きで母親を見上げた。
「ミザリーお母様。これはチャンスですわ。ご存知のように、私には未来が見えるのです。ローゼフォン領はどこの貴族も手をつけてない土地。ここを押さえることで、私たちは金持ちになれるのです。そして私はそこを踏み台にして、将来の王妃に……」
「そ、そうなの?あなたがそういうのなら……」
母親は気が進まないようだったが、確かに娘の持つ不思議な力は信頼が置けた。なぜかフリティラリア国との戦争が起こることも、その戦争で大勢の騎士が死ぬことも予言していたのだ。
「決まりですな。では、ローゼフォン領に行かれるのはミザリー親子ということで……」
「大神官様。その前に一つだけお願いがあります」
セーラは大神官の前に進み出ると、堂々と要求した。
「ローゼフォン領は不便な土地。王都育ちの私たちでは生活に不自由するでしょう。今後王都と往復する行商人を増やし、取り扱う品物や価格も私たちが決めるようにしていただきたいのです」
10歳とは思えぬ口調で主張するセーラに大神官は眉をひそめるが、言っていることは最もである。
やむなく、赤字覚悟で受け入れることを決めた。
「仕方ありませんね。そう手配しましょう」
「やった。これでローゼフォン領を支配できますわ」
そう喜ぶセーラは、内心でこう思っていた。
(やっと物語が動いてきたわね。ここは乙女ゲーム『フラワードリーム』の世界。主人公の名前はプレイヤーが決める設定だけど、たしか姓はローゼフォンだったはず。なら、そこの義理の娘になる私こそが主人公なんだわ)
うまくゲーム世界の設定に滑り込めたと思った彼女はほくそ笑む。
(それに、たしかローゼフォンはお金もちの家で、そこの一人息子は攻略対象の一人だったはず。ま、最終的には王子を含めた逆ハーレムを目指すのだけど、それまでの遊び相手にしようかしら)
こうして、リカルの知らない所で運命の歯車は回るのだった。




