領地占領
ローゼフォン男爵領はローデイン大陸の東、グラジオラス王国の辺境の地である。
男爵領とはいえ実態は田舎の漁村でしかなく、王都からかなり離れた地で人口も少なかった。
周囲には温泉が沸き出る山があり、豊かな自然を誇るが、人がすめる平野は沿岸部にわずかしかなく、農地がつくれないためそこの住人は漁業で生計を立てていた。
半ば孤立した領地では貨幣経済が浸透せず、金を使うのは山を越えてやってくる行商人が来たときのみ。そのような環境なので徴税も思うようには行かず、領主であるリカルの父も普通に漁に出て働いている。
そんな理由で、リカルも漁師の見習いとして船にのっていた。
「よし!網を引き上げろ!」
先輩漁師の指示に従い、リカルは小さな体で渾身の力をふりしぼって網を引く。
網の中には魚でいっぱいだった。
「よし!それじゃぼっちゃん頼みますぜ」
「わかったよ。『闇氷』」
リカルは氷魔法を使い、引き上げた魚を凍らせていった。
「いや、いつもながら見事ですね。坊ちゃんのおかげで魚が長持ちして、俺たちはいつも助かっています」
「そんな。たいしたことじゃないさ」
リカルは照れるが、彼が使える闇属性の魔法「氷」で取れた魚を保存できるおかげで、この領地では漁が不作の時でも食べるには困らなかった。
大量に魚を積んだ船が港に戻ると、父と漁師たちが話し合っているのが聞こえてきた。
「ケイオスさん、いやご領主様。やはり交易船をまわしていただけるわけにはいかないんですかい?ここの魚を王都や他の土地で売れば、高値で売れるのに」
「……私もそう思って、船を持つ大貴族や大商人に掛け合ってみたが、みな断られた。男爵家の正当な後継者であった妻が死んで以降、平民あがりの私には何の人脈もないから相手にされなかった」
父の言葉を聴いた漁師たちは、がっくりと肩を落とす。ケイオスはもともと彼らの仲間の漁師で、婿入りして男爵家を継いだ。領内をまとめる力はあるが、王都やほかの領地と交渉するには不利だった。
「それじゃ……」
「ああ、今までどおり山地を越えてくる行商人と取引するしかないだろう。王都や他領まで運んでも腐らないように、取れた魚は干物にしてくれ。この領で売れるものはそれしかないのだからな」
父たちの会話を聞きながら、リカルは疑問に思う。
(みんな、何でがっかりしているんだろう。俺は腹いっぱい食べられて、のんびりと暮らせるこの領が好きだけどな)
まだ幼いリカルにとっては、領の経済問題は難しく理解できなかった。
数日後
リカルが自室で勉強をしていると、急に屋敷の外が騒がしくなった。
「あれ?行商人が来たのかな?」
そう思って外を見てみると、いかめしい鎧をまとった騎士の一団が、大きな馬車を守って山道からやってくた。
「なんだあれ?」
リカルが首をかしげていると、正装に身を包んだ父がやってきた。
「リカル。すぐに着替えなさい。大事な客人がやってきたので迎えにいくぞ」
父にせかされて、リカルも正装に着替えて屋敷の外に出る。すると、騎士団の長しい男が威張った口調で告げた。
「卿がローゼフォン男爵か?」
「はい。私はケイオス・ローゼフォン。こちらは長男のリカル・ローゼフォンでございます」
いくら辺境の男爵とはいえ、ただの騎士に父がペコペコと頭を下げるので、リカルが不思議に思っていると、その騎士は傲慢に告げた。
「ワシはキャメリア公爵家の護衛騎士団の団長クロードである。我が家の姫であるシャルロット嬢とご友人の方々をお連れした。隣国のフリティラリア酋長国との戦争が終わるまで、お嬢様はここに逗留される。速やかに館を明け渡すがいい」
「そ、そんな……」
父が顔を真っ青にさせて抗議するも、クロードがつれてきた兵士たちに剣を突きつけられてしまう。
続いて、メイドたちに取り囲まれてリカルと同じような年頃の少女が馬車から降りてきた。




