騎士任命
リカルたちの周囲では、クロードや兵士たちが倒れてうめき声をあげている。
「た、助けてくれ……!」
「俺たちが悪かった。お坊ちゃま、お嬢様、どうか医者呼んでくれ!」
彼らは大やけどを負って瀕死の状態だった。
「……しかたないな。『油蛙蟲招来』」
リカルはカエルを呼び出し、兵士たちに油を吹きかける。万能薬になる油のおかげで、兵士たちは一命を取り留めた。
「なせ、こやつらを救うのじゃ?ワラワたちを襲った敵じゃぞ」
それを見て、シャルロットが眉間にしわを寄せる。
「俺だって別に救いたくなんかないさ。ただ、ここで死なれたら厄介なことになるからだよ。こいつらは責任を持ってお前たちが連れて帰ってくれ」
リカルがそういったとき、漁師たちが海から帰ってきた。
「こ、これは何が起こったんだ」
ケイオスは、兵士たちが大怪我をして浜辺に横たわっているのをみて目を丸くした。
「ローゼフォン卿か。よい所に来た。ワラワたちに反逆したこの不埒者たちを捕らえて、牢に入れるのじゃ!」
シャルロットは浜辺で倒れている兵士たちを指差した。いきなりそんなことを言われて、ケイオスと漁師たちは困惑する。
「ええと……彼らはキャメリア家の兵士たちで、あなたの部下だったと思いますが」
「主たるワラワが命じておるのじゃ。遠慮せずともよいぞ」
シャルロットは薄い胸を張って命令する。
「そういうことなら……」
漁師たちは満面の笑みを浮かべて、クロードを始めとする兵士たちを縛りあげた。
「ですが、わが領にはそもそも牢屋というものが無いのですが」
「なんと。暢気な領じゃのう」
平和なローゼフォン領にあきれてしまう。
「なら、取り合えずあの洞窟にでも入れておくがよい」
シャルロットが指差したのは、エルミナが出てきた洞窟だった。
「あそこは干物の保管場所でして、暗くてじめじめしていて臭いのですが」
「まこと牢にぴったりの場所じゃ」
こうして、兵士たちは拘束されて洞窟に放り込まれるのだった。
次の日
「館に戻れですと?」
ケイオスはいきなりそういわれて困惑している。
「うむ。そなたの子息であるリカル殿は、わが兵士たちを打ち負かすほどの剛の者じゃ。臨時ではあるが、代わりの騎士団が来るまで我が騎士に任命する」
シャルロットは威張りなからそう命令した。
「おいリカル。いったい何をしたんだ?」
「ま、まあいろいろあったというか……」
リカルはそういって言葉を濁した。そんな彼に向かって、シャルロットはちょっと顔を赤らめながら告げる。
「ワ、ワラワもここにいる間に、庶民の生活を学ぼうと思ってな。そなたが我が友に教えている釣りとやらを教えてくれぬか?」
「なんだ?一緒に遊びたかったのか?」
リカルが意地悪く言うと、シャルロットは怒り出した。
「遊びではない。民を導く貴族はあらゆることを学んでおかなければならんのじゃ!」
「わかったわかった」
ひとつ肩をすくめて、リカルはシャルロットを受け入れる。それからは五人で遊ぶことになるのだった。
一ヶ月後
シャルロットの手紙を受け取ったキャメリア公爵が、新たな騎士団を派遣してきた。
リカルは貴族令嬢たちと共に、騎士団を出迎える。
「シャルロット様ぁ!ご無事でようございました!」
叫び声を挙げて抱きついてきたのは、ポニーテールの精悍な女騎士。
「し、心配かけたなシャレード、ワラワはこのとおり元気じゃ」
女騎士に抱きつかれたシャルロットは、苦笑しながらその頭を撫でた。
シャレードは続いてリカルに向き直り、完璧な騎士の礼儀作法を守って跪いた。
「ローゼフォン男爵令息。私の主を守ってくださいまして、本当にありがとうございました」
「い、いえ。俺だけの力じゃありません。皆にも協力してもらいましたし」
年上の美しい女性に見つめられて、リカルは照れてしまう。
「それから、我が公爵家の兵士たちが、領民の方々に迷惑をかけていたとお嬢様の手紙にありました。お館様に代わってお詫びいたします」
シャレードは漁師たちに向かっても、丁寧に頭を下げていった。
「なんか思っていたのと違うな。キャメリア公爵家ってヤクザみたいな人ばかりと思っていた」
「失敬な!我が公爵家をなんと心得る。グラジオラス王国一の大貴族じゃぞ!ヤクザとはなんじゃ!」
リカルの呟きを聞いたシャルロットが噛み付いてきた。
「でも、クロードたちの例があるからなぁ」
「ぐぬぬ。そう言われると困るのじゃが、シャレードは信頼できる騎士で、連れてきた兵たちも躾が行き届いた者たちばかりじゃ。以前のようなことは起こらぬから、安心するがいい」
その言葉どおり、新たにきた騎士団は村を占領することなく、近くの浜辺にテントを張って逗留する。
そして始まった宴の席で、リカルは思わぬことを告げられた。
「王都に同行せよ……ですか?」
「はっ。あのエルミナとかいう化け物の死体を確認して、お嬢様のおっしゃっていることが事実だと確認できました。王がぜひ会いたいと仰られまして」
そういわれてリカルは困ってしまう。
「……俺には荷が重いですよ。父上が代わりにいってください」
思わず隣にいたケイオスに押し付けてしまうが、彼は黙って首を振った。
「王様に謁見など、一生に一度あるかないかだぞ。見聞をひろめてきなさい」
こうして、リカルは貴族令嬢たちと共に王都に向かうのだった。




