決着
「えい!『油蛙蟲招来!』」
リカルはカエルを呼び出し、浜辺に油を撒いて牽制する。
しかし、下半身がナメクジと同化したエルミナは、足をすべらすことなく油の上に乗って近づいてきた。
「触手縛!」
エルミナの下半身についているナメクジの頭から、二本の触手が伸びて、リカルを締め付けようとする。
「まずい!『包甲蟲招来!」
とっさに硬い外皮のボール体を覆うが、触手は何百もの細い糸に変化して、隙間から入り込んでリカルを締め上げた。
「く、苦しい!」
強い力で締め上げられ、リカルが苦痛の声を上げる。
「ふふふ。妖蟲と身も心も一体化することで、その強靭な身体能力も自分のものにできる。これが「蟲憑術」。偉大なる妖蟲王が使っていた力、思い知るのです」
エルミナは勝利を確信して、高笑いする。貴族令嬢たちはリカルを助けようと、彼女に杖を向けた。
「火矢!」
「風刃!」
「水槍!」
タハミーネ、コロン、マリーナが魔法を使うが、エルミナはナメクジの体を広げて上半身を守る。
「無駄ですよ。お嬢様たちの弱い魔法では、火でも風でも水でもナメクジの体に無力」
「そこの小僧はワラワたちとは何の関係もない。離してやるのじゃ」
シャルロットが出てきて高飛車に命令するが、エルミナにあしらわれた。
「残念ですが、この子の力には興味があります。姿を変えることなく妖蟲の力を利用できる魔術とはね。くくく、この力を応用できるようになれば、私たちのような実験体以外の一般兵士でも妖蟲の力を使えるようになるかもしれません。そうなったら、世界の征服もたやすいことです」
エルミナの言葉に、貴族令嬢たちは恐怖に震えた。
「お、おい、まずいぞ。あいつを倒さないと!お前は妖蟲の知識に詳しいんだろ!なんとかならないのかよ!」
タハミーネはコロンの肩をつかんで揺さぶる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!魔術師カオリが残したこの「妖蟲大全」に、リバークロッシングのことも乗っていたはず」
コロンはあわてて持っていた本をめくる。『転々蟲』と書かれたページに、この妖蟲のことが詳しく乗っていた。
「えっと、リバークロッシングの弱点は……塩とか砂糖を大量にかけたら、小さくなって死ぬみたいだね!」
「そんな!塩を作る魔法なんて、ありませんわ!」
マリーナが絶望の声を上げる。その間にも、エルミナの触手はリカルを締め上げ続けていた。
リカルを包むボール状の外皮が、崩れ始める。
「リカル!」
「ふふふ。可愛い坊や。あなたも私に取り込んであげましょう」
エルミナの体が、じわじわとリカルを包もうとしていた。
「いかん!」
それを見たシャルロットが、浜辺の砂を巻き上げて竜巻をつくる。
「いけ!「砂嵐」」
シャルロットが杖を振ると、無数の砂粒がエルミナに襲い掛かった。
「ふふふ。かわいらしいですね。砂かけごっこですか?残念ですが、お子様のお遊びでこの私が倒されるはずが……え?」
エルミナは動揺する。少しずつ、リバークロッシングの体が縮んできたからだった。
ナメクジに砂糖や塩をかければ小さくなって死ぬことはよく知られているが、それは浸透圧によって水分が奪われるからである。それは水分を吸い取る粒子状のものー乾いた砂でも代用できる。
「お、おい!効いているみたいだぞ!」
「わかっておる!」
シャルロットは全力を振り絞って、さらに大量の砂をかけ続ける。
リカルを拘束していた粘液の触手も、砂に触れたとたんに消えていった。
「ま、まさか乾いた砂に、私の体液が吸い取られて?いけない。早く逃げないと!」
エルミナは逃げようとするが、すでに砂でできた竜巻に囲われていて逃げられない。
「こ、こうなったら、転々蟲を切り捨ててあなたと同化して……」
「そうはさせるか!『瞬撃蟲』」
抱きついてこようとするエルミナの顎に、シャコの強烈な一撃を叩き込む。
「ぐはっ!」
エルミナは脳を揺らされて気絶する。そのまま砂に覆われて衰弱死していった。
「な、なあ、あいつは死んだかな?」
貴族令嬢たちは、エルミナが埋まった砂の柱を取り囲んでいる。
「わからない。だけどしばらく様子をみよう」
コロンがそういったとき、砂の柱の一部が壊れて、砂まみれの何かが這い出てきた。
「きゃーー!「放水」」
「ぶへっ!」
這い出てきた物体は、マリーナの出した噴水によって吹き飛ばされる。
「ま、待ってくれ。俺だよ!」
覆っていた砂が水によって洗い流されていく。中から現れたのは、リカルの姿だった。
「リカル!」
「無事だったんだね。さすが僕の運命のパートナー!」
「心配しましたわ!」
三人はリカルに飛びついて抱きしめる。美少女に抱きつかれて、リカルの顔が真っ赤に染まった。
「心配かけてごめんな。俺はこのとおり無事だよ」
リカルはそういいながら、砂の柱に手を触れる。
『わが手により倒されし妖蟲よ、わが僕となりてわが身を守れ』
エルミナの体から光の玉が出で、リカルの体に吸い込まれる。右腕に『転々蟲』という文字が浮かんだ。
「我が砂に埋もれても生きておったか。悪運が強い小僧じゃ」
そんなリカルを見て、シャルロットがフンッと鼻で笑った。
「そんな言い方はないだろ。助けに来てやったんだぞ」
「……わかっておる」
シャルロットはリカルの前に進み出る。
「わがキャメリア家の者たちが迷惑をかけたことを謝罪しよう。そしてワラワたちを助けてくれたことに深く感謝する」
リカルに対して、深く頭を下げるシャルロットだった。




