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使者

「貴様たち、なんじゃその様は!」

館の執務室に怒声が響き渡る。怒鳴り声を上げているのは、10歳くらいのツインテール美少女だった。

「シャルロットお嬢様、申し訳ありません。不甲斐ない部下に代わってお詫びいたします」

「ふん!」

騎士団長クロードが頭をさげるが、シャルロットはそっぽを向いた。

「この領にきてから、ワラワの友……取り巻きが全員ワラワをほっぽって、あの小僧と遊んでおる。なぜあんな小僧一人排除することもできんのじゃ。この無能どもめ!」

「ですが……あやつは奇妙な魔術を使います。我々が襲っても返り討ちにあうばかりで……」

言い訳を繰り返すクロードに、シャルロットの怒りが爆発する。

「もうよいわ!小僧一人に手を焼く兵士などいらぬ!父上に手紙をだして、貴様ら全員クビにしてやる!」

「そ、それだけはご勘弁ください。もしクビになったら、どうやって生きていけばいいか……」

あわてたクロードが土下座するも、シャルロットの怒りは収まらない。

「出て行け!もう顔もみたくないわ!」

クロードは執務室から追い出されてしまうのだった。


自室に戻ったクロードは、悶々と思い悩む。

「くそ……ワガママ小娘め。せっかくお館さまのいない土地に来て、すき放題に振舞えるとおもったのに。金を巻き上げようにも、この辺鄙な土地じゃそもそも誰も金をもってないし。行商人もめったにこないような土地だから、食べる物といえば魚しかないし」

さすがのクロードも、この田舎領ローゼフォンにうんざりしていた。

「あの小娘に、お館様へ手紙を出されたらまずいことになる。辺境の小領ひとつ支配できない無能者扱いされて、本当にクビになるかも」

そのことを考えると、クロードはシャルロットのことが疎ましくなってきた。

その時、窓から黒い影が忍び込んできて、クロードの前に跪く。

「な、何者だ!?」

「驚かせて申し訳ありません。私はフリティラリア酋長国からの使者でございます」

入ってきたのは、黒いローブをまとった女だった。フードを取ると、とがった耳が現れた。

「エルフなのか?」

「いかにも。我が国は、偉大なる妖蟲王を国祖とするエルフの国。私の名はエルミナ。お見知りおきを」

エルミナは胸を張って答えた。

フリティラリア酋長国は400年前、勇者が妖蟲王パグスを倒した時に、暗黒大陸ノワールからこのローデイン大陸に渡ってきたエルフたちが建てた国である。彼らは未だに自分たちが妖蟲王の正当後継者だという自負があり、このグラジオラス王国との争いが耐えなかった。

「そ、そのエルフがなぜこのような辺鄙な場所に!ま、まさかお嬢様たちを暗殺に?」

「残念ですが、小娘たちを殺しても四武貴族を怒らせるだけ。何のメリットもございません」

エルミナはニヤッと笑って答えた。

「クロード様は現在の戦況がどうなっているかをご存知でしょうか?」

「この辺鄙な土地に来てからは知らぬが……王国と激しい戦いが続いておる。たびたび王都近辺まで攻め入られておるとな」

クロードの言葉を聞いたエルミナは、ゆっくりと首をふる。

「確かに最初は我が国が優勢でしたが、この事態についに王国の四武貴族が重い腰を上げて参戦してきました。そのせいで、我が国軍は押し返されております」

四武貴族とは、勇者に付き従った四武英雄たちを祖先とするキャメリア公爵家をはじめとする四つの大貴族である。彼らは王国内では絶大な権勢を誇り、四つの貴族家を合わせた力は王家に匹敵するともいわれていた。

「我が国にとって、現在戦況は好ましくありませぬ。よって、停戦交渉をすることにしました」

「停戦だと?我が方が有利なのに、受け入れるわけがあるまい」

クロードが嘲るようにいうと、エルミナは怒りもせずに頷いた。

「ええ。停戦するには交渉材料というものが必要となります」

「ま、まさか?」

クロードは何かを思い付いて、ハッとする。

「我が長は、四武貴族の子女を人質にして軍を引かせ、停戦条約を結ぼうと考えております」

「おのれ!」

怒ったクロードが剣を抜こうとするのを、エルミナは押しとどめた。

「心を鎮めて聞いてください。もし小娘たちを引き渡していただければ、充分な報酬と酋長国においての高い地位を保障させていただきます」

「たわごとを!」

クロードは一笑に付すが、エルミナは説得を続けた。

「このままキャメリア公爵家にお仕えしても、クロード様に良いことは無いと思います。そもそも精悍な騎士でございますクロード様が、なぜ最前線に連れて行かれることもなく、辺境の地で小娘たちのお守りなどをさせられているのでしょうか」

「それは……お館様はワシを高く評価しておるから、大事な令嬢たちをお任せくださったのであって……」

クロードは必死に言い訳するが、心の底でそれは嘘だと自覚していた。このローゼフォン領に護衛として派遣された兵士は、自分を含めて実戦では役にたたず、素行も悪いものたちばかりだった。体のいい左遷のようなものである。

「この度の戦いでは、あなたの同僚の騎士たちは実戦で多くの手柄を挙げるでしょう。それにくらべれば、小娘の護衛など何の功績にもなりませぬ」

「ぐぬっ!」

エルミナの言葉は、正確にクロードの胸に突き刺さった。

「さらに、その護衛する小娘たちからも嫌われてしまったら、公爵家での将来を失ったも同然。ここは一生に一度のチャンスをつかむべきなのではないでしょうか?」

「……たしかに、一理ある。だが、ここでフリティラリア酋長国に寝返って高い地位を得たとしても、将来王国に滅ぼされることにでもなったら何の意味もないではないか」

「ご安心を。王国を打ち破る魔術はすでに研究中です。あと少しの時間を稼ぐだけで、我が国は王国を征服することができるでしょう。そうなった暁には、クロード様に旧キャメリア公爵家の広大な土地を治めてもらうことになるかもしれません」

そう告げて、エルミナはクロードに酋長国が開発した魔術を見せる。それを見て、ようやくクロードは決心した。

「こ、この力は……わかった。その賭けにワシも乗ろう」

こうして貴族令嬢たちは、護衛騎士によって敵国に売り渡されてしまうのだった。


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