乙女ゲーに転生したんですが、破滅は嫌なので早々に逃げます
その子の姿を見た時、俺の脳内に電流が走った。
今まで感じていた自分の認識と、他人との認識のズレ。
行動のどこかで感じていた、いくつもの違和感の歯車達。
それらが全て、ガッチリとハマった音がどこかで聞こえた気がした。
「はじめまして、わたくしはジュリア。メルファリアこうしゃく家のジュリアですわ」
気の強そうな顔で、舌足らずな挨拶を初っ端からかましてくるご令嬢、ジュリア。
歳の頃は七、八くらいか、派手めの赤いドレスを身に纏った姿は、むしろ明るすぎて目に悪いくらいだった。
肩のあたりで切り揃えられた、ツインテールの眩しいシアンカラーの髪。
青紫っぽい、いつか商店で見かけたアメジストの宝石のような瞳は、今はこちらを値踏みするように細められている。
容姿はまだまだ子どもらしく幼さの主張が激しいが、将来は確実に美人に育つだろうことを予感させる綺麗さを備えていた。
ジュリア・メルファリア。
メルファリア侯爵家の一人娘であり、この世界『夜空に浮かぶ星に願いを』のヒロインのライバル、悪役令嬢に当たる人物の名前。
全部が全部、合点がいった。
ここは、俺が前世で気まぐれでプレイしていた乙女ゲームの世界だ。
「ふふっ、あまり表情を崩さないこの子がこんな顔をするなんて。母さん妬いちゃうわぁ」
すぐ傍から聞こえてきた声にギョッとして、素早く隣を見る。
そこにはたれ目がチャーミングで可愛らしい、メイド姿の女性が立っていた。
彼女は確か……。
「マリア、職務中ですよ。可愛い我が子が仕える主に見惚れているのを見て嬉しいのはわかりますが、しっかりなさい」
「はーい」
執事といったらこの人、みたいな格好の人に注意を促され、マリアと呼ばれた女性は嬉しそうに気の抜けた返事を返していた。
そう、マリア、この女性はメルファリア侯爵家に仕えるメイド長、マリア・エッセンシアだ。
そして隣の男性は……。
「でもユニエス、あなただって口元が緩んでるわよ」
「…………」
優雅な所作で口元に手を当てくすくすと笑うマリアさん。
言われたユニエスさん、執事長のユニエス・エッセンシアはというと、恥ずかしそうに少し顔を逸らす。
夫妻が隣にいて、目の前にはご令嬢。
今世での記憶を漁ると、どうやら俺はこの夫妻の息子で、今のこの状況は顔合わせ的なものだというのが理解できた。
こんなシーン見た事ないが、これについてもおおよそ考えはついている。
ストーリーの導入は学園への入学から、そして入学の最低年齢は十二歳。
対してジュリアちゃんは、どう見ても見た感じ小学生くらいのちびっ子だった。
視線が同じ高さなことから、俺も同じようなもんだろう。
ちょっと記憶を掘り起こしてみればわかる事だが、これらを踏まえて考えてみると、おそらく時期的にはメインストーリー前、それも少なくとも5年以上は前だろうという事がわかる。
肝心の俺の役職だが、この親にして子なら、悪役令嬢に付き従う、さしずめ悪役執事ってところかな?
なにそれ、めっちゃ嫌なんだが。
「ちょっとあなた」
だってこのお嬢さん、ヒロインにいちゃもんつけた上で恥の上塗りしまくって、最終的には一方的に決闘挑んで負けて、さらにさらに今までのヒロインイジめとか、決闘でのイカサマだとかがバレての悪事暴きのオンパレード。
攻略対象者にもよるが、良くて辺境行き、悪くて不正とかに関わった人間全員巻き込んで首締めと、破滅街道まっしぐらなやっこさんなんだぞ。
「ちょっと! 聞いていますの?」
そんな女に付き従って、俺も一緒に沈めと?
ご冗談を、笑いを取るならもっとマシなもんにしてほしいもんだ。
てかまずなんで俺はこんなところにいんだよ。
死んでもいなきゃトラックに引かれた記憶もないんだけど、パードゥン?
「あなた!!!」
「ぐぇ」
考え事をしていたところをご令嬢に襟首掴まれて、変な声が出る。
え? なに、俺なんかした? めっちゃご令嬢怒ってんだけど。
そう思って隣に立ってた両親を見ると、仮のご両親からも叱るような視線を頂戴した……えぇ、どういうことぉ。
「あなた、あいさつもできませんの? ぐどんですわね」
「げほっ、げほっ!」
ようやく離してもらえたと思ったら、思いっきり突き飛ばされて尻餅をついた。
この歳にしては発達し過ぎた喉仏とピンと張ったケツが痛い。
つーかなんで人突き飛ばしておいてそんな態度ができんのよ、貴族だからか? 貴族だからだな。
「ゲホッ、ええ、自分は――ゾディア、ゾディア・エッセンシアと申します」
とりあえず、これ以上機嫌を損ねて仮親の首が飛んじゃあマズいので、立ち上がって当たり障りのない挨拶で一礼する。
これで溜飲が下がってくれるといいがと思い、顔は上げずに反応を伺う。
「じぶん? げんごのうりょくも足りていないようね。こういう場ではわたしと言うのよ!」
吐き出されたのは、侮蔑と嘲笑だった。
あーはいはいそういう事……だいたいご令嬢の性格はわかったわ、もういいや。
「わたくしのきょかもなしに面を上げるなんて、ずいぶんとえらいのね、あなた」
冷めた目付きでこちらを見下し、鼻で笑うご令じょ…ああもう敬称もいいや。
傲慢不遜がそのまま型にハマったかのような態度のせいで頭痛が起きそうだし、このアマはマジでいっぺん死んでみたらいいと思う。
どうせ破滅するんなら、それはもう悲惨な命運を辿る事を祈り期待しておこう。
もっとも、俺がそれを見れるかどうかは別の話だが。
「おいあんた、ちょっといいか」
「「!?」」
「………あんた?」
俺の言葉に、仮両親は驚き、ジュリアはこめかみに青筋を立てる。
その様子を見て更に気分が落ちた俺は、隠すことなくため息を吐ち散らした。
今は導入よりも前の時期、もしこの時期に性格が歪み始めたりして、あんな風になってしまったのなら、救いの兆しもあったかもしれない。
けど最初からこれなら諦めた方が早い。
主人公がどのルートを選ぶにせよ、このままの令嬢なら破滅するんだから、俺から直接なにかする必要もないし。
結局、なんだかんだとヒロインにいちゃもんつけて破滅する運命の上の人間だった、という事なんだろう。
かといって、これ以上関わってたら俺の精神が持たない、よって――――。
「今日この日この時をもって、私ゾディア・エッセンシアは、メルファリア侯爵家、及び私の両親、エッセンシア家との縁を絶ちます。今までお世話になりました」
バババッと勢いよく腰を曲げ、そのまま百八十度軽やかにターンを決めて元陸上部の経験を活かしたフォームで走り出す。
いやだって身勝手な破滅に巻き込まれたくないし?
喧嘩は不本意ながら得意だけど、訓練された本物の連中となんて無理無理。
ただでさえ頭の容量足りてないんじゃないの? って前世で弟にもバカにされてたのに、周囲の事に気配りしなきゃなんない貴族に付き合うなんてもっと無理。
なにより――――悪役執事なんてクソ面倒くさいのやってられんわ、アホくさい。
「ゾディー!?」
「ま、まちなさいよあなた!!」
「待てゾディア! どこへ行くつもりだ!?」
背後からの聞こえる三人の呼び止めには振り返らず、俺は未来ある明後日の方向に逃げ出すことを決めた。
さ、まずはここを出て手に職付けるところから始めよう。




