03
視点 カスティーナ
&……?
「お父様」
理事長室を開けると、久しぶりに見た父が座っていた。
「こちらに、いてくださったのですね」
「我が娘の入学式だ。……代表挨拶も見事であった」
「お褒めいただき、まことにありがたく」
「ここでは挨拶はいらぬ」
父が立ち上がり、私を手招く。なので、少し駆け足で近寄る。
「生徒会の昨年度の予算だが、これではお前には遊びにもならんだろう」
その手元を覗き込む。たしかに、孤児院の運用費の100分の1にも満たない。本当に高校生のお小遣いのような価格だ。
「まあ、それでも子供の遊びだから、今までは問題なかったのだが、……私の娘だ」
「はい」
「結果を残せ」
「かしこまりました」
予算のうしろにゼロが3個つけられた。
「必ず、このラスベル家のために」
「ああ、無論、楽しめよ」
お父様から娘に向ける笑顔を見せてもらったことはない。けれど、この3年間で、部下に向ける笑顔を見せてもらえるようにはなった。
「あ、あの……」
「なんだ?」
それでも、やはり、この15歳の体の奥に眠る心が騒ぐ。だから、口を開く。
「お、お母様は……」
「元気だ」
「でしたら、何よりです」
「お前が男であれば、また話が別だったかもしれない」
「……」
このやろう。その言葉に対して、胸にまた、穴が空いた。この体は痛みを覚える。しかし、私の心には、怒りしかない。
「男は女親に似ると言いますから」
だから、口元に笑みを貼り付ける。
「私は女で良いのです」
「……15歳の令嬢とは思えないな」
「あなたの娘ですから」
「ふ、……まあ、年に一度は会わせてやる」
「……ありがとうございます」
そうして、金の話だけして、私は父の部屋を出た。おそらく、明日からあの人はこの場所には来ないだろう。他に、稼げる場所が、いくらだってあるのだから。
「……執事」
「はい、お嬢様」
「ちょっと聞いて」
「はい、何でも仰ってください」
だから、廊下をゆっくりと、人がいない方に歩きながら、壁に小声で吐き出す。
「あっんのッくっそ野郎ゥがァァアッ」
「お気持ちは察します」
「私で対応できるところで文句つけろやァッ上司としても親としてもっさいっっていだぞっ」
「予算は下りましたか?」
「ったりめェだろがよォ……仕事が1000倍だッ」
「おやおや……楽しくなってまいりましたね?」
ゆっくりと振り返り、壁を見る。いつの間にか、同じ目線にあったその顔は少し見上げる位置に来ていた。とはいえ、その顔はモブなので心には残らない。ただの壁、私の影だ。
「ええ、本当にィ」
「お嬢様、今日はもう帰りますか?」
「……そうね、荒ぶるわ」
「クッションを購入しておきますね」
「ちぎらないわよッ」
と口では言ったが多分帰ったらちぎる。校門に向かって歩き出せば、影は余計なことは言わずに、ついてきた。
「カスティーナ嬢」
突然、背後から、名前を呼ばれた。そんなことができるのは、ひとりしかいない。笑みを貼り付けて、ゆっくりと、振り返る。
「久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりでございます。バーバリ皇太子殿下」
ゆっくりとドレスの裾を広げ、頭を下げる。
「弟にばかり会いに来て、私には少しも声をかけてくれない。寂しくあったぞ」
まるで旧知の仲のような言葉が、足音と共に近づいてくる。ゆっくりと、顔を上げる。見上げる位置に、その、自信満々な笑みがある。
「おひとりですか?」
「ああ、……お前は常に取り巻きがいる」
「私もひとりでございます。ここには私と、私の影しかありません」
彼は執事を見た後、「そうだな」とつまらなそうに言った。
「これからは同窓生として、『気安く』、声をかけてくれ」
「……、ええ、……よろしく、お願いいたします」
「『カスティーナ』」
「っ」
「いいな?」
「……あなたのお望みであれば」
「俺のことは、バーバリ、と」
彼もまた、制服などに身を包むことはない。
それはそうだ。私たちには捨てることのできない家がすでにある。たかだか三年の学び舎に染まることなどできない。その王族の証である、バラの刺繍の入った黒い革手袋が私の顎をすくいあげる。
「それはさすがに、『不敬』では?」
「つれないことを言う」
「私はレオンの婚約者ですので」
「ククッ、俺の弟は俺が求めれば何でも譲るだろう」
「あなたは私など求めてはいない。あなたの、弟も」
「……やはり、賢いな」
その手が、私の顎から離れ、ただ、差し出される。
それは対等な握手の申し出だ。さすがに、ここが妥協点だろう。
「生徒会、手伝っていただきますからね……バーバリ」
「ははっやはり不本意か」
「私とて暇ではありません」
「知っている。だからお前がやった方が面白い」
その手を握る。痛いぐらい、強く、握り返された。
「お前には黒い服の方が似合う」
「私は吸血鬼ではありません」
「くくっ今、お前は何と呼ばれているか、聞いていないのか?」
「え?」
「幽霊、だ」
「……は?」
初耳である。
「言い出しっぺは俺の弟だがな」
「レオン……!!」
「ククッ」
ゆっくりと、手を離す。
「カスティーナ、お前とて気が付いているだろう。お前は、俺の妻になった方が、自由だ」
「自由とは、心にこそあり。身分も、立場も、関係がありません」
「お前と敵対するつもりはない。……言葉の通り、仲良くやろう」
そう言い残し、彼は踵を返し、去っていった。その背中を見送り、ひとつ息を吐く。
「レオンが入学するまでに、……この学校も整えておかないとね。黒すぎるのよ、ここ」
「……お嬢様、バーバリ皇太子殿下に会うのは」
「婚約破棄以来」
「……お互い、腹黒く成長されて……」
「お前にだけは言われたくないわ」
「私はいつもあなた様のことだけ考えております」
「……どういう意味?」
「ですから、それで腹が黒いのであれば、その」
「私が黒いってこと!?そんな責任転嫁ある!?クッション貸しなさい!」
子供の頃から、指先をこすり合わせると、火が起きるものだと思っていた。そんな俺が、今更、誰から、何を学ぶことがあると言うのか。
「時間の無駄だな」
あの女のいる家が経営している学校というから、少しのぞいてやったが、やはり、今日だけでつまらないことがわかった。その講義内容も、教師陣も、経営陣も、ありきたりだ。しかし、それでも、あの女だけは、少々期待できる。生徒会という名前の学校運営、……3年で何を変えるだろうか。
「この国はつまらない」
こんな国を継ぐなど、あまりにも小さくて、つまらない、明日だ。
「……魔王か」
その異名を過去に一度だけ持ったことがある人間がいたそうだ。それはどの国にも属することなく、属さなくてよく、自由に、どこまでも、孤立することができた、とされる。魔王とは、山を動かし、空を割るもの。俺は、今、指を動かせば、城を破壊するぐらいのことはできる。
「……その名前されあれば、俺は、自由か……」
俺は、この世界の唯一、絶対のものになりたい。なににも縛られることなく、なににもとらわれることなく、ただ、自分の力を試し続けていきたい。それが、俺の理想とする、生き方だ。
「ならばこの国のために、身代わりが必要だ」
今の所、その候補にあげられるのは、あの女だけ。
「しかし、……レオン、ねえ?あんなものに跪くとは、そこが女のわからないところだ」
バーバリ




