02
視点 レオン
「ラスベル孤児院?」
「はい、着工の目処が立ちましたのでご報告を」
「ふうん、……ねえ、カスティーナ」
「はい、なんでしょう」
「もっと気安く話してくれよ」
「えっ」
俺の婚約者は、ぱっと顔を赤らめた。
「いいの?」
「もちろん!」
「じゃあ、……レオン!」
「おう、どした?」
俺が笑うと、「呼んだだけ!」とにこにこと笑う。
初めて見たときは、兄さまの婚約のときだ。
兄さまはもともと肖像画でカスティーナの顔を見ていたから驚かなかったって言ってくれたけど、多分、俺は肖像画で見ていても、驚いていたと思う。そのぐらい、カスティーナは……怖かった。
白い髪に、白い目。
お化けだ、と思った。兄さまがお化けに取られてしまう。でも、兄さまがその書類に触る前に、カスティーナはそれを捨てた。不敬も不敬、俺の兄さまになんてことを!と殴ってやりたかった。でも、兄さまはそのとき、珍しく、本当に珍しく、ほっと息を吐いた。
きっと、ずっと、怖かったんだ。兄さまは、ずっと、怖かったのを、隠していたんだ。だったら、……俺が守らなきゃ。
「確かにラスベル家との縁は重要だが、こんなやり方で来るとは……」
「どうする?確かにレオンであれば」
「もともとは俺に来ていた話でしょう!レオンを巻き込まないでください……!」
「しかし、悪い話では……」
お父さまと兄さまはずっと暗い顔をしていた。この話が来た時から、ずっと。でも、それが、俺に振られた瞬間から、流れが変わった。そうだ、……俺の方が、いいのだ。だって、俺は、おまけだ。おまけのレオン。予備の、レオン。
だから、俺は、それでいい。兄さまを守れるなら、俺はそれでいい。
「いいよ!兄さま!俺が婚約する!ね、それでいいんでしょ?」
いつも通り、俺は笑う。
「しかし……」
「俺が、あの、お化けと結婚する!ね、だから兄さまはもっと可愛い女の子と結婚して!」
だから、怖いけど、俺でいい。
「俺が、頑張るからッ!兄さまは、だって、この国の王様になるんだ!」
「……、レオン……でも、お前はまだ、9歳だ。こんな婚約……お前を人質に取られるようなもので」
「俺を盾にとられたなら、俺なんか捨ててしまっていいんだ」
俺は何度も、兄さまにそう言っている。だから、今回も、そう言った。
「兄さまのために、俺は死にたい」
「……わかった、レオン。では、……この婚約、進めるぞ」
兄さまはいつもの笑顔を浮かべた。その笑顔は世界で一番格好良くて、俺は、一等好きだ。
「うん!」
でも二回目の時、お化けは初めて笑顔を見せた。俺にだけ向ける、花みたいな笑顔。
「ねえ、カスティーナ」
「はい!」
「俺との約束覚えている?」
「約束?婚約のこと?」
「違うよ!なんでも教えてくれるってこと」
「あ、ああ、はい!なんでも聞いて!」
この子は、もしかしたら、お化けじゃなくて、可愛い女の子なのかもしれない。
「カスティーナは俺のどこが好きなの?」
「顔」
「顔……」
はっきりと言い切られた。その星の色をした瞳は、まっすぐに俺の目を見ている。
「だ、ったら、俺と同じ顔をした違う人がいたら、その人を好きになるの?」
「レオンは双子なの?」
「そうじゃないけど……似ている人なんていくらでもいるだろ?兄さまだって、少しは俺に似ているし」
「私はレオンの笑顔が好きなの」
青いドレスは俺の瞳の色だ。その金色の耳飾りは俺の髪の色だ。
「それに、私はカスティーナ・ラスベルだから」
「……うん?」
「ラスベル家が結婚できるのは、……同じぐらいのお家だけ。ね、……わかった?」
それはとても寂しいような、嬉しいような、重たいような、うまく言えないけれど、怖い言葉だった。
「う……ん、カスティーナには俺しかいないんだね」
「そういうこと!」
「……わかった」
「でも、本当にレオンが好きなの。世界で唯一。それは信じてね」
その笑顔は、たしかに可愛いような気がした。