03
視点 カスティーナ
誕生日から2週間。
つまり婚約から2週間経って、やっと、私は自分の婚約者に会えることになった。前回は書面が追いつかなかったから、実質、本日がちゃんとした婚約だ。
「んふっ」
「お嬢様、妙な笑いをしない」
「似合ってる?」
「もちろんお似合いです」
婚約からカスティーナの衣装は一新され、すべて青と金を基調としている。どちらもレオンの色だからだ。今日も金の髪飾りに、青のドレス。ゲームでは、バーバリの婚約者として、常に黒か赤だ。吸血鬼かよって話。似合うけどね!?そもそもカスティーナは顔自体は超整っているからどんな色でもどうにかなるけどね!?黒と赤は似合いすぎてダメだろ!という話。
この話をしたとき、執事は疲れた顔していたけど、知らない。
「じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ」
ドアを開けてもらい、ゆっくりと入る。
ゆっくりと、丁寧に、淑女らしく、ドレスをやわらかく広げ、目を伏せて、礼をする。
「お久しぶりでございます、レオン王子」
「……ああ、その、うん、久しぶり、カスティーナ」
ゆっくりと顔を上げると、レオンは部屋の真ん中で立って待っていてくれていた。頬を赤くし、その頬を照れ隠しにかきながら「入っておいで」と笑う。なんと、ベタなショタイケメン。ふあああああぺろぺろしたいよおおおおおおと思っていることは全力で隠しつつ、「お言葉に甘えて」と9歳のレオンに近づく。
「っかっ」
「ん?どした、カスティーナ」
可愛い。
金色の髪はふわふわと跳ね、その青く透き通った瞳はどこまでも真っ直ぐに私を見上げる。ああ、そうか、まだ小さいから、私の方が身長が高いのか。その手も、まだ、骨張っていない。ぷにぷにだ。爪も、丸々だ。
触りたい。
いや、だめだ、まだ、だめだ。イエスショタ!ノータッチ!
まずは、絶対に言わなくてはいけない用件から済ませなくては、と口を開く。
「レオン王子、先日は、いきなりの婚約、ご迷惑をおかけいたしました」
「あ、ああ、……驚いたけど……嬉しいよ!それだけ俺のこと好いてくれていたって聞いた!」
「はい!この上なく!!」
思わず、その手をとってしまった。あっやっぱりぷにぷにだっかわいい!
「一目見たそのときから!私はあなたのトリコです」
「えっあっ、手っ」
顔が真っ赤で、もう、天使でしかない。
「絶対口説き落とそうと、そう決めておりました!」
「く、くどくって……っ俺は男だからっ」
「はい、存じております!」
「だっだからー!」
きゅ、と手を握り返される。
「それは、男の仕事、でしょ?」
上目遣い、照れた頬、拗ねた唇、きゅっと握る手。
「は?」
膝から崩れ落ちた。
「え?どうしたんだよ、カスティーナ?……やっぱ、俺じゃ嫌とか?」
「は!?」
「うわっ」
萌えによって足に力が入らないので、ぺたんと床に足をついたまま、可愛らしい天使を見上げる。窓から溢れる光を浴びて、その金髪が小麦畑の波のように輝く。青い瞳が光を吸い込んで、ラムネ瓶の中のビー玉みたいにきらきらと瞬いている。その鼻はこの年にしてすでに整っているし、ぷるぷるとした唇はさくらんぼみたい。私の手を両手で握ってくれる、その姿勢も、まさに、王子様。
「絶対レオンがいい」
「俺、がいい?でも、……俺、兄さまみたいには、なれないよ」
「2つも年上の兄と比較してどうなさいます!」
「で、でも、俺、兄さまが俺と同い年にできていたことも、できないんだよ?ピアノも苦手だし、ダンスだって俺とじゃ様にならないだろ?勉強だって、頑張っているけど、……覚えられないことだってあるし……」
そういえばそうだった。
レオンは2つ上のバーバリと比較されることが多く、そのことに対してコンプレックスを抱いている。
「本当に、兄さまじゃなくていいのか?」
同時に、深く尊敬の念を持っているのだ。つまり、バーバリを悪く言えば、必然的にレオンの好感度も下がる。かといって、バーバリばかりよく言えば、レオンの好感度も下がるのだ。つまり、レオンの前でバーバリの話題は、禁句と言える。
というのに、私は元バーバリ婚約者という立場。
あれ、おかしいな、レオンは落としやすさに定評があるはずなのに、カスティーナからだとめっちゃハードモードじゃない?
「カスティーナ?どうした?」
背中に冷たい汗が流れているのを感じるが、それは、無視する。力の戻ってきた足でゆっくりと立ち上がり、両手できゅ、と、可愛いその手を握りなおす。
「……バーバリ様は、勿論、とても素敵な方です」
「……うん」
「とても優秀な方ですし、確かにピアノの腕前もすでに大人顔負け、ダンスのリードだって勿論、お勉強だって同学年の誰もついていけないでしょう。何より、次期国王はほぼ間違いなくバーバリ様です」
「うん!そうだろ!」
ぱっと、レオンが笑った。歯を見せて、あどけなく、笑った。
「でも、私はレオンがいい!」
「えっ」
「だってバーバリ様、笑い方がにやってしてんだもん!」
「えっ!?」
バーバリ・ドールゴン。
レオンルートしかやっていない私にとってはさして興味がない存在だが、このゲームの中で最も人気の高いキャラクター。次期国王にして、天が才を大盤振る舞いしているから弱点はない。最終的には、国王どころか、魔王、の名前さえ持っていく、戦闘力においても、明らかにゲームバランスを考えていないチートだ。
その外見は、レオンと対になるように作られている。
レオンはあどけなさ、バーバリは大人の色気を担当している。緩い巻き毛はレオン同様だが、その色は黒。涼しげな目元はレオン同様だが、瞳の色は赤。整った鼻は同じだが、口元が全く違う。
「レオンはにっこりだけど、バーバリはにやにやじゃん!」
「に、にやにや?」
「こう、片方だけ、くいって」
「格好いいじゃん!」
「格好よくないよ!レオンの方が格好いいよ!」
レオンは困惑したように眉を下げる。
「俺の方が、兄さまより格好いい?」
「うん!」
「……そ、そうかなあ……?」
「そうなの!私にはそうなの!」
「……カスティーナ、目が悪いんじゃない?」
「悪くないよ!!!」
「……でも、そっか、笑い方かあ……」
レオンはそう呟いた後、私を見上げて、にっこりと笑った。
「俺さ、今日、カスティーナの笑顔見たとき、好きだなって思ったよ!」
「え?」
「婚約の時はさ、なんかよくわからなくて、あんまり見れてなかったけど……今日、俺を見たときに、ぱって、お花が咲いたみたいにさ、ぱあって笑うから、ああ、俺の奥さんは妖精さんなんだな!って思った!」
「えっええ?おはな、えっ奥さんって……」
「え?婚約者って奥さんってことだろ?」
「いや、えと、でも、もうっ!そうです!!!」
そうしてしまうことにした。だってもう、この手を離したくない。と、コツン、と額に額が当たる。足元を見ると、レオンが爪先立ちをしていた。なにそれかわいい。少しだけ腰を折って、それに応える。
「俺、今は、これでもいい?」
「これでも?」
「うん、……みんな、カスティーナはすごいって教えてくれた……だから、絶対に嫌われたらダメだって」
こんな幼気な子に、この王宮の人間はなにを教え込んでいるんだ、今度殺す、と心に決める。
「でも、カスティーナのこと、好きになれるかわからないし、どうしようって、今日まで思ってたんだけど……」
こんな幼気な子に、そもそも無理やり婚約関係結んだのは私だった、今度誰か殺してくれ、と叫びたい。
「今はまだ、その笑顔が好きだってだけで、いい?」
「っそんな、もったいないぐらいですっ」
「……これから、もっと、教えてくれる?」
「っはいっもちろん、なんでも聞いてくださいっ!」
その鼻が甘えるように、私の鼻を撫でた。
「俺、いつか、カスティーナの旦那さんとして胸張れる男になるね」
「わ、私も頑張ります!」
「うん!がんばろ!」
そうして、私たちの婚約は、書面の上でも確定することになった。久しぶりに自分の名前を書いたので、やはり、写しがないと書ききれなかった。全部で100文字を軽く超える名前ってなんなのだろうか。
「婚約おめでとうございます!」
「ありがとう、執事!ところで魔力を完全になくす方法しらない?」
「ありません!」
「なきゃ困るのよ!!主人公の魔力チートなんだから!!ぽっと出に奪われてたまるものですか!!」
「はいはい……熱計りましょうね……」
「なんでちょっと呆れているの?!」