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02

視点 カスティーナ


 用意されていた桃色のドレスはあまりにもカスティーナの外見に合わなかったので却下し、水色のドレスに身を包む。これはこれで、誂えられたらしく、ぴったりだ。

「髪型はいかがなさいましょうか?」

「もう婚約も結んだのだし、12歳だし、無駄な可愛げはいらないでしょう」

「かしこまりました」

「というか髪を整えるの、あんた?」

「ええ、昔からそうでしたよ」

「男なのに?」

「男ですが?問題ありますでしょうか?」

「あるでしょう、それは……いや、ないのかな?男の美容師に切ってもらった方が、男ウケいいのに仕上がるか」

「……お嬢様……」

 鏡越しに執事を見る。この男の記憶はほとんどない。つまり、それだけカスティーナはこの男を見ていなかったのだろう。

「なあに?」

「今日はたくさんお話しされるのですね」

「そう?」

「ええ」

 そういえば、ゲーム内でもカスティーナにはほとんど台詞がない。入学式の挨拶ぐらいしか記憶に残っていないが、「私の前にひざまずけ」から始まってたし、外見が悪役だし、どうでもいいだろう、と内容は聞いていなかった。

「緊張されているのですね」

「緊張?」

「旦那様も、奥様も、きっと、褒めてくださいますよ」

「褒めて……」

「ええ、きっと」

 考える。

「何を?」

「……お嬢様、とても頑張ったじゃないですか」

 その言葉を聞くと、やはり、胸に何か広がる。それはやっぱり、穴なのだ。達成感でも、満足感でもなく、喪失感しか、この胸は感じない。

「……そうね」

「ええ、きっと」

 執事は私の髪を細かく編み上げた。そうして、白い宝石のついた髪飾りをいくつかつけた。

「雪の妖精みたい」

「ええ」

「冷やしているのはこの家の人間関係ね」

「お嬢様?!」

 最悪のタイミングでゲームのことを思い出したせいで、そっちばかりに頭がいっていたけれど、どうやらこの体にはちゃんと12年分の記憶が入っている。

 このカスティーナの境遇は、なかなかハードだ。主人公補正ならぬ悪役令嬢補正が入っているのではないだろうか。

「両親は娘の髪色が想定外で不仲……原因のカスティーナは別城に隔離……婚約の場にすらひとり……でも国の中での立場はトップ……」

「お嬢様、そのあたりで」

「実際、お母様は浮気したの?」

 振り返ると、執事はその瞳をまんまるにしていた。

「しているはずないでしょう!なんてことを!」

「じゃあ、なんでこんなに不仲なのよ、この家」

「それ、は……その……」

「私、どう見てもお父様似よねえ、このきつい顔」

「はい、……あっ違いますよ!」

「いいわよ、きついわよ、わかるわよ。なんでお父様はそれをわからないのかしら。色素ぐらい抜けたりするわよね?あ、いいこと思いついたわ!衣装係呼んで!」

「お嬢様、何を考えていらっしゃるのです?」

「男装しようかと!」

 私がにっこりと笑うと、執事もまた、にっこりと笑った。

「ダメです」

「えっ」

「ダメです、お嬢様、それだけはこの命潰えようと、許可ができません。お嬢様、……これはいつかお伝えしようと思っていましたが、……お嬢様は『奥様』の不義の子ではありません」

 考える。

「え」

「です」

「完全に地雷踏みに行くところだったわ、ありがとう」

「はい。……お食事会、いけますか?」

「……ガンバリマス」

 なんでこんな人生ハードモードなんだ、と思いつつ、立ち上がる。






「では、また……我が娘よ」

「はい、お父様」

「……」

「お母様……」

「……ええ、またね、カスティーナ」

「はい。いつ、いつでも、お声をかけてください、お母様。カスティーナは、待っておりますから……」

「っ……ええ」






 両親を玄関まで健気に見送り、その馬車の音すら消えるまで頭を下げ続けた。何の音も聞こえなくなってから、ゆっくりと、頭をあげて、哀れみに満ちた瞳でこちらを見ている使用人たちに片付けを頼み、ゆったりと歩き、自室に戻る。

 ドレッサーの前に座ると、ついてきた執事が、またゆっくり、丁寧に、髪飾りをひとつひとつ取っていく。

 ちりちりと、蝋燭の芯が燃えていく、音。

「執事」

「はい、お嬢様」

 頑張って動かしていた表情筋が、完全に、死んだ。

「ダメだァあァッ!ありゃァ!」

「お、お嬢様……」

「改善の道がどこにも見えねェ!逆に何故こんな業の塊を生かしたンゥ!?潔く殺してくれたらよくねェえ!?」

「業って……お、お嬢様、私が悪うございました。ちゃんと説明をさせてくださいっ」

「どんな説明してもダメだろゥ!いちいち涙目になんだぞ、おかんがァ!おかん泣かせるのはダメだろ!この世の最も重い罪だぜェ!?おとんはおとんで、そんなおかん見て困った顔しやがって、よゥ!?困ってんのはこっちじゃァ!!!てめえの子種の管理が悪いからじゃろうがァ!!!」

「お嬢様!!!!!!」

 執事が涙目で止めにかかってきたので、さすがに黙る。

「ごめんね……荒ぶった……」

「い、いえ……お気持ちは、その……、私の説明が至らなかったばかりに……」

「いや、いいよ、……ちゃんと、聞かせてくれる?」

「はい」

 この後の、執事の説明を聞いて、カスティーナの人生は鬼モードであることがわかった。

「そんな、過去が……」

 ラスベル家は様々な家を取り込みながら、この国随一の貴族となった。そのため、現在はすべての方面に、ラスベル家の手がまわっている、要はM&Aしまくった大企業だ。その規模は政府よりも立場が強くなるほどの一族。

 しかし、あらゆる家を飲み込んできても、その長い歴史の中でかなり血が濃くなってしまっている。特に今の当主と奥様は記録上は従兄妹となっているが、実は腹ちがいの兄妹。そのせいか、何度子どもを作ろうとしても、できず、できても育ちきらずに、逆に奥様の体が壊れかける始末。

 仕方なしに、他の胎に作られたのがカスティーナ。一度きりと誓ったにも関わらずに生まれたのは、女、というこの、業。

「男になれないかな、今からでも」

「なれません」

「はあー……だから皇太子殿下との婚約になったのね」

「この国では最も良いご縁でございます……、でした」

「言い方」

 私が笑うと、執事は肩をすくめた。

「レオンもいいわよ、婿養子にできる」

「婿養子?!王子を!?」

「そうよ。バーバリと違って、二番目だし。お父様の今日の様子だと、そっちに話をもっていくでしょうね。それはそれでありかって顔だったもん。王様があんな暴挙を許すはずだわ……王様にとっても、一番目をやるよりも、二番目を人質にした方が良かったんでしょう……はあ」

「……お嬢様……」

「っていうかお父様が男孕ますまでやってくれてたらよかったのに……」

「お嬢様!」

 鏡越しに、めっ!とされた。ちぇ。

「旦那様は奥様を本当に愛されているのですよ」

「ていうかその辺の捨て子拾ってくればよくない?」

「犬や猫の子じゃないのですよ!」

「犬や猫も育てるの大変だから!!そうじゃなくて!!孤児院でもやればよくないっ!?ってこと!!」

 私の叫びに、執事は怒るのをやめて、こちらをまじまじと見た。

「だからー他の子ども育ててみたらさー、少しは実の子にも優しくできんじゃない?っていうか、その孤児の中で優秀な男の子いるならさー、適当に話でっちあげて、実はラスベル家の血を継いでました!ってことにしたらいいじゃん。この国にだって飢えた子どもはたくさんいるんだし、うちは金余ってんでしょ?子どもは将来なんだからさー……大事にしなきゃだめよー」

「……孤児院……なるほど……」

 執事は顎に手を当てて、考え込んでいる様子だ。なので、自分で髪飾りをぶちぶちと外していく。

「はあ、疲れた」

「っあ!お嬢様!何を!」

「あんたが遅いのが悪いんじゃん」

「あ、ああ……御髪がっ美しい御髪がっ」

「もう切っちゃっていい?」

「ダメです!!!」

 そうして、私の、カスティーナの12歳の誕生日は終わった。


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