04
視点 ナイト
「まだ、孤児院にいるのかい?」
顧客にそう言われて、言葉に詰まる。
「……ああ」
「いつ店を出したってやっていけるだろう?」
「……、……そうだな」
「ラスベルのお嬢さんが、そんなに好きなのか?」
「うるせえ、じじい」
その腰を強めにおせば「いてて」と笑われた。
「……好きっていうのが、どういうもんかわからない。でも、俺はまだ、……あの人から離れて、やっていける道が見えないんだ」
「見えなくても進んでみりゃ、そこに道ができることだってあるさ」
「……はい、おわり」
「お?おー、ありがとう。いや、腰が軽いね」
「そうか……まいど」
「うん、また頼むよ」
金を受け取り、寒い冬の街を歩く。もう、俺は表通りを堂々と歩ける。この街の治安は随分と良くなった。体だって、子どもではない。もうひとりでも、十分に、生きていける。それでも、俺はまだ、あの人の手の中に帰るのだ。
孤児院の扉をあけて、部屋に戻る前に学習室をのぞく。思った通り、その銀色はあった。
「庶民だろうが、貴族だろうが、使える奴は使えるし、使えない奴は使えない。そこで明確に差をつけるものは、意欲よ。働く意味を見つけられるか、見つけられないか」
「意味?」
「そう、壮大なことでもいいし、そうじゃなくてもいい。ただ、全力を出せる、その理由が必要なの」
「じゃあ!俺は、お嬢のために働く!」
「……あら、嬉しい。じゃあ私が使ってあげる」
「うん!」
「じゃあ頑張って勉強できる?」
「頑張る!あのね、俺、国語ォ……ちょっと苦手ェ」
「計算は?」
「好き!」
「いいこ」
「頑張る!」
「はい、頑張ろうね」
お嬢が嬉しそうに笑いながら、俺が拾ってきた孤児を抱きしめる。その目が片方潰れていようが、その手が動かなかろうが、その心が壊れていようが、お嬢は抱きしめてくれる。それは別に、お嬢が慈悲深いわけではない。お嬢はここに連れてきた子どもを全員、使える武器にするために、その甘露をくれるのだ。
お嬢が求めているものは可愛い子どもじゃないことを、俺たちはよくわかっている。だから、俺たちはどんなに頭が痛くなっても、ついていく。そんな小さな兵士達が、ここにはもう、随分と増えてしまった。もう、いっぱいになってきている。俺は、いつまでも、ここにはいられない。もう、俺の体は子どもとは言い難い。
「ナイト」
それでも、その声を聞くと、離れたくないと思ってしまう。子供たちの間を歩きながら、お嬢がは、扉にもたれていた俺に微笑む。
「おかえりなさい」
「ん、ただいま」
「ちょっといい?」
「肩が凝ったか」
「それは大丈夫」
その腰に手を当てて、軽く骨をずらす。
「いててっ」
「姿勢が悪い」
「あ、ありがとう……通りすがりマッサージって……スリよりもすごくない?」
「お嬢が育ててくれたからだ」
「私はこんなものを育てた覚えはないのだけどなあ」
「それで、どうした?」
「明日なんだけど、ちょっと執事交代しない?」
「……は?」
孤児院だって、俺が生きてきた世界とは比べ物にならないほど美しかった。でも、ここは、そこすら、比べるのがおこがましいほどに美しい。床の模様、天井の模様だけでなく、廊下に並ぶ蝋燭立て、額縁の色や位置、細部まで計算された美の塊だ。
「お嬢はこんなところで勉強しているのか」
「そうよ、必然的に目が養われるってわけ」
「……これを孤児院に?」
「ええ、あの子たちは知識も意欲もある。あと必要なのは、目だわ」
「……目」
「あなたにもね」
「俺、にも?でもっ」
「ナイト」
お嬢は口元に人差し指をよせる。静かに、という意味だ。口を閉じて、お嬢の斜め後ろに侍る。
「この世界はね、どうしても一部にお金が集まっているの。そこから引きずり出せれば、……革命なんて起こさなくても、あなたたちはもっと自由になるわ。私たちだって、もっと、自由になれる」
「……お嬢」
「謀反を起こすつもりはない。むしろ、私は国を愛している方よ。長期的に、この国は、変わらなくてはいけない。人には順位なんてないのだから」
「お嬢はいつも、俺がついていけないところを見ている気がする」
「私はあなたの一歩前にいるわ」
「……うん」
「ナイト、あなたを信じている」
「俺を?」
「ええ、だからよく見ていて。執事が拗ねるから今日一日しか交換できない。今日一日で、よく、見てね」
「……わかった」
それは、まさに、夢のような時間だった。
どこを見ても美しい。なにを聞いても新しい。そうして一歩前に歩く、お嬢の堂々とした背中。誰よりも美しい、その姿。俺が選んだんだ道の先にいる、その背中。こんなに、誇らしい景色を映したことは、この目にはなかった。




