03
視点 レオン
「カスティーナ!」
「レオン!」
腕を広げると、カスティーナは花のように笑って、飛び込んでくる。軽く抱きしめてから、その細い腰を掴んで、くるり、と一度回る。
「あはっ力持ち!」
「カスティーナが小さくなったから!」
「私は小さくなってない!もう、こんなに早く抜かされてしまうとは思ってなかった!」
「やっと!だよ!」
本当に、やっとだ。3年かけて、やっと俺はこの婚約者よりも大きくなることができた。その銀色に輝く髪を梳いて、その背中を抱き寄せ、その白い額に額を合わせる。
「寂しかった」
「本当に?」
「カスティーナは?」
「毎日あなたに会いたかった!」
「……兄様に会っているのに?」
「バーバリ様に会うのは、疲れるばかり……本当にいや!」
「あははっ兄様にそんなこと言うのはカスティーナだけだ」
カスティーナの腕が俺の肩に回る。その温かい腕が首に触れると、何故か、背中に寒気が走る。
「もっと俺に会いに来てくれていいのに」
「本当?」
「俺が会いに行ったって、カスティーナ、いないじゃないか」
「んん、孤児院の方によくいるから……」
「その内、カスティーナを庶民に取られそうだ」
その星色の瞳に、俺が映る。その桜色の唇につい、口を寄せてしまう。でも触れる直前で、だめだ、と気がつき、ただ、抱きしめる。
「俺のものだよな、カスティーナ」
「ええ、私はあなたへの恋に、跪いている」
その細い腰に右手を当てたまま、左手で膝をすくう。
「きゃあ!」
「風にもさらわれちまいそうなぐらい、軽いなあ」
「もっもう!びっくりするっ」
「なあ、今ならちゃんとリードできる」
「……私はダンス苦手なの……」
「俺がいるのに?」
「だ、だって……」
「今度の、秋会には出て来てよ。俺が他の令嬢に囲まれていていいの?」
「っそ、その言い方はずるい……」
腕の中のカスティーナは顔を真っ赤にして、目の中に星を詰め込んで、俺を見上げる。ソファーに座り、その細い体を膝からおろして、ソファーに転がす。「あはは」と楽しそうに笑うその体の上にのしかかる。
「なあに、レオン」
「早く結婚しよう」
「……本当に思ってる?」
「うん」
「……うれしい」
「本当?」
「もちろん」
俺たちは何度もこの会話をしている。でも、お互いにお互いが、嘘をついていると思っているのだ。だから、何度も、何度も、この会話だけが滑っていく。
「なあ、カスティーナ、俺のこと、好き?」
「大好き」
「俺も、大好きだよ」
何度も、何度も、言葉を積み重ねても、心が噛み合わない。
「早く、俺も学校に行きたい。そしたら毎日会えるのに」
「……ええ、待ってるわ」
その細い首に手を当てて、このままくびり殺してしまったら、真実、俺のものになるのではないか、なんて考えていることも知らないで、可愛い俺の婚約者は、頬を赤く染めて、笑う。
このたった3年の間に、カスティーナはこの国でその名前を、良い意味で知らないものがいないほどに、実業家として実績を残して来た。孤児院を筆頭に、スラム街の開拓、教育の普及、他国とのコミュニケーションの強化、町ひとつを作り上げ国のブランドまで上げてみせた。
そうして、兄様が欲しがるほどのものになった。
「レオン」
「……なに?」
「私はあなたのもの」
「……俺は、……王子だよ、カスティーナ。俺のものになるものなんて、ないんだ」
「私は、何があっても、あなただけのもの」
「でもっ兄様が」
「手離さないで!」
その言葉に、思わず、手に力が入った。苦しそうにその眉間にシワがよる。泣きたくなる。苦しいのは俺ではないはずなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。
「俺が庶民なら、カスティーナ、もっと会いに来てくれた?」
「っれ、おん」
「俺が皇太子なら、俺のために踊ってくれるのか?」
「ひゅっ」
「俺が、レオン・ドールゴンでなければ」
柔らかな手が俺の手を撫でる。苦しいはずなのに、カスティーナは目で笑う。手から力が抜けて、やっと、手を広げることができた。
「ご、めん……」
「っげほっ」
「ごめん、カスティーナ……俺はなんてことを……」
「だき、しめて」
「っうん」
腰を上げて、カスティーナを抱き上げる。細くて、白い、俺の妖精を、抱きしめる。その白い髪に指を絡めて、ただ、力任せに抱きしめる。それでも、決して、俺の腕にこの人はおさまってくれないのだ。
「譲りたくないのに」
「譲らないで」
「どうしたらいいんだろう」
「心のままに。お願い、レオン。私はあなたのもの」
痛みが走る。その白い指が俺の髪を引っ張るように、抱きついてくれている。それが嬉しい。もっと痛くしてくれていいんだ。もっと苦しくていい。もっと、怖くてもいい。この人が俺の腕にいてくれるなら、なんだって、耐えらえる。
だから、この人だけは、俺のものにしたい。
「……じゃあ、今度の秋会には来てくれる?」
「……その言い方、ずるい……」
「俺はあと何人の、どうでもいい女と踊らなきゃいけないの?」
「っもう!わかった、いく!いくから!」
腕の力を抜いて、その顔を見る。困ったような顔をしている。その白い喉に痕が残っている。
「ごめんね」
軽く、その痕に唇を当てると「うれしいわ」と彼女は笑った。
「ねえ、執事、前世って信じる?」
「前世、ですか」
「うん、輪廻、とも言うかな……」
「私は、何度生まれ変わったとしても、あなたの為に生きていきます」
「ええー?なにそれ、重たい」
「私は、あなたの壁で、影で、剣で、盾で、クッションも兼ねているんですよ?重さぐらい許容してください」
「なにそれ、ふふ、わかった。あ、お願いがあるの」
「なんなりと」
「じゃあ、孤児院に向かって。そして、あなたは明日、孤児院待機」
「は?!」
おまけ執事




